Minto! 9

 明の家に帰った頃にはもう、すっかり遅くなっていた。
 千春さんは面白い人だった。高野くんも、一目置いているようだった。
 岡村くんと高野くんが言い合いしても、千春さんはあたしを気遣ってあたしの話を聞いてくれた。
 うーん。やっぱり千春さんて素敵な人だなぁ……。
 岡村くんがシスコンになるの、ちょっとわかった気がする。
「あ、ゆうだ」
 明が自分の弟を指さした。ほんとだ、ゆうくんだ。
「よ……よぉ」
「なーに、アンタ、まだミントのこと待ってたの?」
「わ……悪いかよ」
「悪かないけどぉ」
 声の調子から言って、明の表情は、多分いたずらっぽいものだったと思う。
「ゆうくん、ご飯よ。あら、明、美都ちゃん、帰ってたのね」
「ど……どうも……」
「さぁさ。夕ご飯よ。今日も私が腕をふるったからね」
 へぇ……何だろ。
 明のママはお料理が得意みたい。明ママの作るご飯はとっても美味しいんだもん。
 家の中に入る。ダイニングには、ポタージュスープの匂いがした。
「ミント、モテますねぇ」
「は? 何言ってるの?」
 あたしには明の言ってることがわからない。
「鈍いわね。ゆうは……」
「おい、明、こっち来い!」
「わかったわよ」
「明。並べるの手伝ってね」
「あ、あたしがやります」
 あたしが手を上げた。
 明ママがくすくすと笑った。
「いい子ね。美都ちゃん。じゃあ、手伝ってくれるかな?」
「もちろんです」
「おい、明も見習え」
 と、ゆうくん。
「何よ、ゆう。えらそうに。アンタの秘密、バラしちゃおっかなぁ」
 な……何かしら。ゆうくんの秘密って。野次馬根性はいけないと思っても、つい気になってしまう。
「な……何だよ」
「ミント、あのね……ゆうはアンタのことが……」
「わーっ! それはオレが言うからいいの!」
 明が忍び笑いをしながらこう言った。
「ませガキ」
「うるせぇな」
 ゆうくんとあたしの目が合った。ゆうくんが顔を伏せた。
 何だろ……あたしに言いたいことでもあるのかな。
 どうもゆうくんのことはわからない。あたしがこの家に来たこと、面白く思ってないのかな。
「ねぇ、明……」
「ふふ……心配しないの。ゆうにはゆうの事情があるんだから」
 ゆうくんの事情ねぇ……。
 あたしが知りたいのはその辺だけど、そんなことに顔を突っ込んじゃいけないよね、やっぱり。新参者のあたしが。
「ミント、また隣に座っていいか?」
 ゆうくんはちょっと怒っているみたいだ。怖いんだけど。
「……うん。わかった」
 あたしはうなずいた。
 みんなで『いただきます』を言う。
「岡村ん家行ったんだろ? 千春姉ちゃん、元気だった?」
「うん」
「いい人だろ? あの姉ちゃん。弟と違ってさ」
「あら。岡村くんもとってもいい人よ」
「……ミントにとってはそうだろうけどさ」
 ゆうくんがぶすくれた。
 千春さんの学校は、今日は創立記念日だから休みだったらしい。
 それにしても、あたしが明達の学校に来たのも中途半端な時期だと思う。親達の事情はよくわからないけど。それに、転校生はたいがい突然来るものだけど。
 ……ま、いっか。
「なぁ、岡村のこと、好きなのか?」
 ゆうくんが訊いてくる。
 えー……? 言うの、恥ずかしいなぁ……。
「まぁ……好きよ」
「オレよりもか?」
「……うーん、比較することは難しいわね」
「ヒカク? ヒカクって何だ?」
 そう訊かれて、あたしは思わず、非核三原則を思い出してしまった。えーとあれは、『作らず持たず、持ちこませず』だったかな?
 作るのがいけないんだったら、原発はどうなのよ、という話だが。
 ちなみに、あたしは原発に大反対! 放射能とか、やっぱり怖いもん!
「比べるってことよね。ミントちゃん」
 明ママが割って入る。
「は、はい。その通りです!」
「ふぅん……正直に言ってくれよ。オレ、ガキだから」
 ゆうくんはすねているようだった。
「ゆうくんも岡村くんも大好きよ」
「……そっか」
 茶色がかったゆうくんの髪がさらりと鳴る。思わず撫でてしまう。
「ありがと……ミント」
 ゆうくんも……優しい。
 何で、あたしの周りには、優しい人が多いのだろう。
 うちのパパとママも優しかったっけ……。
「ミントちゃん。冷めないうちに食べて」
 あ、そうだった。
 ミートソーススパゲッティーにポタージュ、サラダ。みんなあたしの大好物だ。
 明ママはにこにこと笑っている。
 あたしの好物、ママから聞いたのかな……。
 そういえば、昔、明ママとあたしのお母さんは親友同士だったって……あたしはちっとも知らなかったけど。
 あたしのお母さんも、スパゲティーが好きだった。
「す……すみません、ありがとうございますっ! 夕ご飯作っていただいて!」
「いいのよ。そんな他人行儀にしなくても。あなたは私の家族なんだからね」
 家族……。
 お父さんとお母さんも、今頃食卓を囲んでいるのかな……。
 いや、時差も考えないと。お父さん達のところでは、今、何時かなぁ……。
 お父さんもお母さんもいなくても、寂しいと感じる暇がなくなっていた。
 今日はいろいろあったから……。
 いきなり友達が何人かできたこと。クラスでちょっぴり意地を張ったこと。岡村くん家に行ったこと……。
 そして……スパゲティーがおいしいこと。
 おいしい――そう言ったら、明ママが嬉しそうにウィンクした。

2011.8.3

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