裏士官学校物語
9
 ハーレムとGの、奇妙な探索行が始まった。
 目的は、ハーレムを探しているという不審者を見つけ出すこと。
 手がかりはあった。あり過ぎて、困った。
 この横丁にすっかり馴染んでしまった、浮浪者達など、結構いたのだから。
 マジックの自称親友、ジョン・フォレストも、最初は浮浪者風の格好をしていたし。
 ハーレムも、最初のうちは、「こいつか?」「こいつか?」とGに聞いていたが、その度に、Gは首を振った。
「あー、もう、めんどくせぇ。G、似顔絵とか描けるだろ?」
 Gは、見かけによらず、手先が器用である。
 玄関にすぐ通じている応接間は殺風景だが、私室には、自分で作ったテディベアや、誰に着せるのかわからないドレス等で埋まっている。
 それに、料理も上手かった。
 Gは、さらさらと似顔絵を描いた。
 特徴を掴んでいる。これならば、すぐに見つかるかもしれない。
 不精髭を生やした、六十がらみだろうか。既に老人ともいうべき年齢の男である。
「なるほど。サンキューな。G」
 二人で行動すると、目立つし――獅子頭と、熊を思わせる体格の男、充分、人目を引く外見をした二人である――二手に分かれた方が見つけやすいと思ったので、彼らは、一旦別行動をとることにした。
 ハーレムは、細い一本道を抜けようとしたところであった。
 ところが――
「あれぇ? ハーレムじゃありませんか」
 暢気な、間延びした声。
(あいつがいるのか? まさか。いや、でも、あいつだったら、こんなところでも出入りしておかしくないな。何しろ、好奇心旺盛な奴だから――)
 ハーレムは、引き返そうか、どうか迷ったが、結局、見られたのは同じだったので、ここは口封じの一つでもしておくのが得策かと、咄嗟に考えた。
「高松」
 日本人特有の黒い髪。垂れ目がちの黒い瞳。口元の黒子。いつもにやついている顔が、今は少し驚いた様子を見せていた。
「おまえ、何でここにいるんだ」
「いちゃ悪いですか?」
「悪い」
「どうしてです?」
「告げ口されると困るからだ」
「おや、アンタ、また何かやらかしたんですか?」
「そんなんじゃねぇ!」
 ハーレムは叫んでから、「そんなんじゃねぇ」と口の中で呟いた。
「とにかく、兄貴達には、俺がここにいることは言うんじゃねぇぞ」
と、ハーレムは言った。
「ええ。わかりました。それ以上は追求しません」
 高松は、答えた。
「あなたのトラブルには巻き込まれたくありませんから」
と、毒のある一言も忘れずに。
「おまえは、どうしてこんなところにいるんだ?」
 自分のことは教えず、高松にこんなことを訊くのはアンフェアかと思ったが、もう、言葉がつるっと口から出ていた。
 が、案に相違して、高松は気を悪くしたようでもなかった。
「私ですか? 有名な植物学の先生が、この近くにいましてね。いろいろ教わって、その帰りなんですよ」
「へぇ~、熱心なこって」
「もちろん、私も、この横丁には、いつも世話になってます。酒場もあるしね」
 高松がウィンクした。
「ほぉ、おまえも酒場に通う口か」
「たまにね。あなたもでしょう?」
「まぁな。『無憂宮』か?」
「ええ。あそこには、いい酒が置いてありますからねぇ。いつもツケにしてもらってるし。私、今は貧乏ですが、将来は、立派な科学者になって、お金は返すつもりでいますよ。あそこのマスターは、気前がいいですよね」
「ああ」
「じゃ、時間を取らせてすみませんでした」
「誰にも言うなよ。特に、ルーザー兄貴にな」
 ハーレムが釘を刺した。
「それは保障できかねます。アンタよりルーザー様の方が大事ですからね。それに、他の人にも、事情があったら喋ります」
「そうか……まぁいい。そんときゃそんときだ」
 ハーレムは、高松とは別方向の道を行くことにした。
 足は、酒場『無憂宮』へと向いていた。高松と話をしたからかもしれない。
 だが、酒場のドアには鍵がかかっていた。明かりもついていない。
「ちっ、今日は休みか」
 ハーレムがその場を離れようとすると、いつぞやこの店で声をかけられたので、かえってこてんぱんにのしてやった三人と遭遇した。あと三人いたが、その男共は、明らかに、彼らより、喧嘩の場数を踏んでいそうだった。
「あ、あいつですぜ。兄貴」
「そうか。こいつがおまえらを負かしたという男だな。まだガキじゃねぇか」
「油断しちゃなりませんぜ」
「俺達は、ここで帰っていいですか?」
「ああ、帰んな帰んな。こんな華奢なやつ、俺達だけで充分だ」
 三下の三人組は、どこかへ走って行った。
(なんだ。人探ししているのは、俺だけじゃなかったんだな)
 ハーレムは冷静に、そう思った。
 向こうも、三人。いずれも体格が良い。
「よくも俺らの舎弟を可愛がってくれたな」
「三下のくせに俺にちょっかい出そうとしたからな」
 ハーレムが中指を立てた。
「そんなことはどうでもいい」
「どうでもいいなら、さっさと逃げな」
 ハーレムは、ヒュンッと拳を突き出した。
 葉っぱがぴっと破れた。
 男は紙一重で、避けていた。
「面白い。喧嘩はこうでなくちゃな」
と、ハーレム。
 格闘が始まった。こういうときのハーレムは、生き生きしてさえ見える。
 だが――ハーレムは気づかなかった。真ん中の男は、囮だったということを。
「ハーレム!」
 ジャンの声がした。
 ハーレムは本日二度目の驚愕を味わった。彼の動きは止まった。
 彼の腕は、物陰から飛び出した男に、切り裂かれた。

 ハーレムの腕からは、大量の血が出た。
 男達は、ジャンをも相手にしようとした。が、ジャンは、強かった。易々と男達にダメージを与えていくように見える。
(負けて――たまるか)
 ハーレムは、眼魔砲を撃った。
 少しは骨があるかと思った相手方は、あっさり退散してしまった。

(ありがとう)
 え?
 ハーレムは、確かにそう言う自分の声を聞いた。空耳だったろうか。
「何か言った? ハーレム」
 ジャンが訊いた。
(こいつにも、今の声が聞こえたのかな) 
「いや、何でもねぇや」
 ハーレムは、前髪をくしゃっと?きあげた。

「駄目じゃないか。ハーレム。大人しくしていないと」
 病院の中の一室。ルーザーは、ハーレムに傷の手当てをしていた。
 薬品の匂いが、そこら中に漂っている。
「僕に任せればいいよ。これぐらいだったら、綺麗に治るよ。跡も残らずにね」
 ルーザーが得意そうに言った。
「傷は男の勲章さ」
 ハーレムは、どこかで読んだことのある、漫画の台詞を口にした。
「喧嘩傷なんて、自慢にならないよ。さ、終わった」
 ルーザーが明るく言った。
「ひとつ、約束してくれるかい?」
「なんだ?」
「今から一週間は、この部屋で過ごすこと」
「ちょっと待て。勝手に決めるな」
「じゃあ、もうこんな騒ぎは起こさないね」
 困った。Gにも連絡をつけたいんだが――とハーレムは思った。
 しかし、そんなことを言ったら、この兄は反発するだろうと、ハーレムは本能で悟った。
(自由行動ができるようになったら、こっそり行ってやる)
 ハーレムはそう決意し、今も探索を続けているであろうGに、密かに謝った。
「わかったよ。ルーザー兄貴。俺からも約束して欲しいことがあるんだが――」
「なんだい?」
 ルーザーの、癖のない髪が、さらっと鳴った。
「俺を、俺の親父の代わりにするのをやめてくれ」
「なんだ。そんなことか。でも、どうしてだい? ハーレムは、父さんのことが嫌い?」
「嫌いとかなんとかじゃなくて――別々に見てほしいんだよ。俺は、親父の代わりじゃない」
「そうか。わかった」
 ルーザーが何となく寂しそうに見えたのは、錯覚だったかもしれない。

 その後――高松、サービス、ジャンが、見舞いに来てくれた。
 高松からは花束を。ジャンからは果物籠を貰った。
 ハーレムは、何となく、こそばゆかった。
 もう少しで、危うくハーレムの果物の分は、バナナだけになりそうだったが、ルーザーは、ちゃんとメロンも切り分けてくれた。
(こういうのを、家族の幸せっていうんだろうな……)
 ハーレムは、少なからず、嬉しさを噛み締めたが、Gはどうであったのだろうと、気になりだした。彼とは、家族の話をしたことがない。
 年若くガンマ団に入ったのだから、幸薄い人生だったのかもしれない。
 後で、聞いてみようかと、ハーレムは思った。

「ハーレムくん」
 ジャン達が帰った後、また見舞い客が来た。
「カワハラ……」
 ハーレムは少し、頭痛がした。カワハラに会うときは、何となく頭痛がすることが多い。
「わぁ! すごいお見舞い品だね!」
 カワハラは、驚嘆したように言った。
「おまえは、何か持ってきたのかよ」
「うん。君の休み中にとったノート」
 ハーレムはがっくりと頭を垂れた。
「俺は、勉強は好きじゃねぇ」
「いい友達じゃないか。カワハラくんと言ったっけ? これからも、ハーレムをよろしくね」
 ルーザーは、綺麗な笑顔で言った。
「はいっ!」
 ハーレムはそれを聞いて舌打ちをした。
(どうせお綺麗な奴しか、友達と認めねえんだろ)
 彼は、心の中で、ルーザーに毒づいた。
 だが、カワハラがどういう人物なのか、未だによくわからない。ハーレムは、警戒していた。
(早く、ここを出たい)
 ハーレムは、そう切望した。

裏士官学校物語 第十話
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