裏士官学校物語 目的は、ハーレムを探しているという不審者を見つけ出すこと。 手がかりはあった。あり過ぎて、困った。 この横丁にすっかり馴染んでしまった、浮浪者達など、結構いたのだから。 マジックの自称親友、ジョン・フォレストも、最初は浮浪者風の格好をしていたし。 ハーレムも、最初のうちは、「こいつか?」「こいつか?」とGに聞いていたが、その度に、Gは首を振った。 「あー、もう、めんどくせぇ。G、似顔絵とか描けるだろ?」 Gは、見かけによらず、手先が器用である。 玄関にすぐ通じている応接間は殺風景だが、私室には、自分で作ったテディベアや、誰に着せるのかわからないドレス等で埋まっている。 それに、料理も上手かった。 Gは、さらさらと似顔絵を描いた。 特徴を掴んでいる。これならば、すぐに見つかるかもしれない。 不精髭を生やした、六十がらみだろうか。既に老人ともいうべき年齢の男である。 「なるほど。サンキューな。G」 二人で行動すると、目立つし――獅子頭と、熊を思わせる体格の男、充分、人目を引く外見をした二人である――二手に分かれた方が見つけやすいと思ったので、彼らは、一旦別行動をとることにした。 ハーレムは、細い一本道を抜けようとしたところであった。 ところが―― 「あれぇ? ハーレムじゃありませんか」 暢気な、間延びした声。 (あいつがいるのか? まさか。いや、でも、あいつだったら、こんなところでも出入りしておかしくないな。何しろ、好奇心旺盛な奴だから――) ハーレムは、引き返そうか、どうか迷ったが、結局、見られたのは同じだったので、ここは口封じの一つでもしておくのが得策かと、咄嗟に考えた。 「高松」 日本人特有の黒い髪。垂れ目がちの黒い瞳。口元の黒子。いつもにやついている顔が、今は少し驚いた様子を見せていた。 「おまえ、何でここにいるんだ」 「いちゃ悪いですか?」 「悪い」 「どうしてです?」 「告げ口されると困るからだ」 「おや、アンタ、また何かやらかしたんですか?」 「そんなんじゃねぇ!」 ハーレムは叫んでから、「そんなんじゃねぇ」と口の中で呟いた。 「とにかく、兄貴達には、俺がここにいることは言うんじゃねぇぞ」 と、ハーレムは言った。 「ええ。わかりました。それ以上は追求しません」 高松は、答えた。 「あなたのトラブルには巻き込まれたくありませんから」 と、毒のある一言も忘れずに。 「おまえは、どうしてこんなところにいるんだ?」 自分のことは教えず、高松にこんなことを訊くのはアンフェアかと思ったが、もう、言葉がつるっと口から出ていた。 が、案に相違して、高松は気を悪くしたようでもなかった。 「私ですか? 有名な植物学の先生が、この近くにいましてね。いろいろ教わって、その帰りなんですよ」 「へぇ~、熱心なこって」 「もちろん、私も、この横丁には、いつも世話になってます。酒場もあるしね」 高松がウィンクした。 「ほぉ、おまえも酒場に通う口か」 「たまにね。あなたもでしょう?」 「まぁな。『無憂宮』か?」 「ええ。あそこには、いい酒が置いてありますからねぇ。いつもツケにしてもらってるし。私、今は貧乏ですが、将来は、立派な科学者になって、お金は返すつもりでいますよ。あそこのマスターは、気前がいいですよね」 「ああ」 「じゃ、時間を取らせてすみませんでした」 「誰にも言うなよ。特に、ルーザー兄貴にな」 ハーレムが釘を刺した。 「それは保障できかねます。アンタよりルーザー様の方が大事ですからね。それに、他の人にも、事情があったら喋ります」 「そうか……まぁいい。そんときゃそんときだ」 ハーレムは、高松とは別方向の道を行くことにした。 足は、酒場『無憂宮』へと向いていた。高松と話をしたからかもしれない。 だが、酒場のドアには鍵がかかっていた。明かりもついていない。 「ちっ、今日は休みか」 ハーレムがその場を離れようとすると、いつぞやこの店で声をかけられたので、かえってこてんぱんにのしてやった三人と遭遇した。あと三人いたが、その男共は、明らかに、彼らより、喧嘩の場数を踏んでいそうだった。 「あ、あいつですぜ。兄貴」 「そうか。こいつがおまえらを負かしたという男だな。まだガキじゃねぇか」 「油断しちゃなりませんぜ」 「俺達は、ここで帰っていいですか?」 「ああ、帰んな帰んな。こんな華奢なやつ、俺達だけで充分だ」 三下の三人組は、どこかへ走って行った。 (なんだ。人探ししているのは、俺だけじゃなかったんだな) ハーレムは冷静に、そう思った。 向こうも、三人。いずれも体格が良い。 「よくも俺らの舎弟を可愛がってくれたな」 「三下のくせに俺にちょっかい出そうとしたからな」 ハーレムが中指を立てた。 「そんなことはどうでもいい」 「どうでもいいなら、さっさと逃げな」 ハーレムは、ヒュンッと拳を突き出した。 葉っぱがぴっと破れた。 男は紙一重で、避けていた。 「面白い。喧嘩はこうでなくちゃな」 と、ハーレム。 格闘が始まった。こういうときのハーレムは、生き生きしてさえ見える。 だが――ハーレムは気づかなかった。真ん中の男は、囮だったということを。 「ハーレム!」 ジャンの声がした。 ハーレムは本日二度目の驚愕を味わった。彼の動きは止まった。 彼の腕は、物陰から飛び出した男に、切り裂かれた。 ハーレムの腕からは、大量の血が出た。 男達は、ジャンをも相手にしようとした。が、ジャンは、強かった。易々と男達にダメージを与えていくように見える。 (負けて――たまるか) ハーレムは、眼魔砲を撃った。 少しは骨があるかと思った相手方は、あっさり退散してしまった。 (ありがとう) え? ハーレムは、確かにそう言う自分の声を聞いた。空耳だったろうか。 「何か言った? ハーレム」 ジャンが訊いた。 (こいつにも、今の声が聞こえたのかな) 「いや、何でもねぇや」 ハーレムは、前髪をくしゃっと?きあげた。 「駄目じゃないか。ハーレム。大人しくしていないと」 病院の中の一室。ルーザーは、ハーレムに傷の手当てをしていた。 薬品の匂いが、そこら中に漂っている。 「僕に任せればいいよ。これぐらいだったら、綺麗に治るよ。跡も残らずにね」 ルーザーが得意そうに言った。 「傷は男の勲章さ」 ハーレムは、どこかで読んだことのある、漫画の台詞を口にした。 「喧嘩傷なんて、自慢にならないよ。さ、終わった」 ルーザーが明るく言った。 「ひとつ、約束してくれるかい?」 「なんだ?」 「今から一週間は、この部屋で過ごすこと」 「ちょっと待て。勝手に決めるな」 「じゃあ、もうこんな騒ぎは起こさないね」 困った。Gにも連絡をつけたいんだが――とハーレムは思った。 しかし、そんなことを言ったら、この兄は反発するだろうと、ハーレムは本能で悟った。 (自由行動ができるようになったら、こっそり行ってやる) ハーレムはそう決意し、今も探索を続けているであろうGに、密かに謝った。 「わかったよ。ルーザー兄貴。俺からも約束して欲しいことがあるんだが――」 「なんだい?」 ルーザーの、癖のない髪が、さらっと鳴った。 「俺を、俺の親父の代わりにするのをやめてくれ」 「なんだ。そんなことか。でも、どうしてだい? ハーレムは、父さんのことが嫌い?」 「嫌いとかなんとかじゃなくて――別々に見てほしいんだよ。俺は、親父の代わりじゃない」 「そうか。わかった」 ルーザーが何となく寂しそうに見えたのは、錯覚だったかもしれない。 その後――高松、サービス、ジャンが、見舞いに来てくれた。 高松からは花束を。ジャンからは果物籠を貰った。 ハーレムは、何となく、こそばゆかった。 もう少しで、危うくハーレムの果物の分は、バナナだけになりそうだったが、ルーザーは、ちゃんとメロンも切り分けてくれた。 (こういうのを、家族の幸せっていうんだろうな……) ハーレムは、少なからず、嬉しさを噛み締めたが、Gはどうであったのだろうと、気になりだした。彼とは、家族の話をしたことがない。 年若くガンマ団に入ったのだから、幸薄い人生だったのかもしれない。 後で、聞いてみようかと、ハーレムは思った。 「ハーレムくん」 ジャン達が帰った後、また見舞い客が来た。 「カワハラ……」 ハーレムは少し、頭痛がした。カワハラに会うときは、何となく頭痛がすることが多い。 「わぁ! すごいお見舞い品だね!」 カワハラは、驚嘆したように言った。 「おまえは、何か持ってきたのかよ」 「うん。君の休み中にとったノート」 ハーレムはがっくりと頭を垂れた。 「俺は、勉強は好きじゃねぇ」 「いい友達じゃないか。カワハラくんと言ったっけ? これからも、ハーレムをよろしくね」 ルーザーは、綺麗な笑顔で言った。 「はいっ!」 ハーレムはそれを聞いて舌打ちをした。 (どうせお綺麗な奴しか、友達と認めねえんだろ) 彼は、心の中で、ルーザーに毒づいた。 だが、カワハラがどういう人物なのか、未だによくわからない。ハーレムは、警戒していた。 (早く、ここを出たい) ハーレムは、そう切望した。 裏士官学校物語 第十話 BACK/HOME |