裏士官学校物語 「……ハーレム」 隣のスツールに腰掛けたのは、G――ギデオンであった。 相変わらず、妙な迫力のある男だ。それは、体格の逞しさだけではあるまい。本当は、気は優しくて力持ちなのだが。 口下手だが、言わんとしていることはわかる。ハーレムとの距離が、それだけ縮まったということか。この酒場で、ハーレムとGは、何度も会っている。 (ギデオン――聖書からか?) (ああ。士師記からだ) (親がつけたのか?) (ああ) (不満そうだな。もっとも、おまえはいつもそうか) (少し、恥ずかしくてな) (何が) (この名前が) (いい名前だと思うんだがなぁ――じゃあ、俺は、これからは、ギデオンの頭文字を取って、Gと呼ぶことにするよ。それで、文句ないだろ?) (ああ) (あ、笑った。おまえでも、笑うことあるんだなぁ) そういった会話を交わしたことを、ハーレムもGも覚えている。その日から、ハーレムにとって、ギデオンはGになった。 「どうした? 元気ねぇな」 ハーレムの言葉に、Gは溜息をつく。 「実は、変な奴が現れてな――」 「へぇ。どういう風に」 「おまえを探し回っている奴がいる」 「この間の野郎どもか?」 「いや、違う。老人だった」 「どんな?」 「どことなく、おかしな感じだったな――写真を出しながら、人相、風体を尋ねられたので、適当に誤魔化しておいたが――」 「ふぅん。誰だろうな」 「――その、友人として忠告するが……これ以上、ここに深入りしない方がいい」 「ふん」 ハーレムは、マジックの言ったことを思い出していた。 (人を信用するな。徒党は組むな。友は――作るな) 「悪いが、滅多なことで友は作らん主義でな。友人なんて、一人二人ぐらいしかいねぇよ。それも、殺されても死なねぇような奴さ」 「では、陰ながらおまえのことを心配する者からの忠告と取っていい」 「断る」 ハーレムはきっぱりと答えた。 「誰であろうと、俺の行動の自由を奪う権限はない」 「だったら……俺が離れたところからでも守ってやろう」 「俺は、一人でも、じゅうぶん強い」 「――だが、一人で飲む酒は、うまくないだろう」 「…………」 ハーレムは考え込んだ。そして、言った。 「そうだな。おまえ、結構信用できそうだし、酒飲み友達としてなら、つきあってやるよ」 「――どうも」 Gは、この頃、よく喋るようになった、とハーレムは思った。自分に心を開いているからかもしれない。 それに――ハーレムも、Gのことは嫌いではない。少し思いが計りかねるところがあるが、充分、いい男だ。 「――おまえの友達というのは、誰なんだ?」 「知りたいか?」 「――ああ」 「レナード・オルセンって奴でさ。世界中を飛び回ってるよ。結構、有名なんじゃないかな。ルーザーとも仲が良いのは、気に入らんけど」 「そのルーザーというのは、確か……」 「俺の二番目の兄貴。レナードより有名だけど、どこか、ズレてる奴。っつーか、偽善者だな。サービスは騙されてるけど、俺は騙されないぜ。怒ると、暴れて怖いんだ。俺も酷い目に合って――笑顔が綺麗なくせに、めちゃめちゃ残酷だもんな。マジック兄貴も、ルーザーには、あまり注意しないし、そもそも、遠慮しているようなところがあるもんな。ルーザーも、俺のことばっか怒って、マジック兄貴やサービスの前では、猫かぶってるんだ――なんだよ」 「よく喋るな、と思って。ルーザーというのは、おまえにとっては、特別な存在なんだな」 「よしてくれよ。あんな奴」 「会ってみたいな」 「ルーザー兄貴にか」 「ああ」 「物好きな奴もいたもんだぜ。もっとも、他にも物好きな奴はたくさんいるけどな。よし! せっかくだから、これから研究所に行くか」 「ルーザーに会わせる気か」 「そうだ」 ハーレムには、ある試みがあった。 弟が優等生であることを願い、学友もまた、同じようであることを望むルーザーは、Gを見たら、どんな反応をするだろう。 優しいが、それが表に出てこない、一見やくざな、ヒラのガンマ団員を、紹介してみれば――。 だが、Gにとってはいい面の皮である。 研究所―― Gは予想通り、警備員に止められた。だが、ハーレムが口利きで、通してもらえた。 ハーレムは、ルーザーにGを紹介した。 ルーザーは、一目で相手に好意を抱かせるような笑顔で「よろしく」と言った。 「よろしく」 Gは、低い声で、ぼそっと挨拶した。 当然のことながら、話は弾まない。ハーレムは、わざと無口でいたからだ。 Gは、この後、家に帰る予定だそうだ。 Gがいなくなると、ルーザーは、ハーレムに訊いた。 「今のが、君の友達?」 「悪いかよ」 ハーレムは、特に肯定も否定もしなかった。 「兄さんは、もう少し、いい友達と付き合ってもらいたいんだけどな」 ほら来た。 「いい友達って、何だよ」 「たとえば、もう少し、真面目――いや、今の男性が真面目ではない、というわけではないけど。一緒に勉学に励めるような友の方がいいんじゃないかな。サービスに対する、高松のような」 「レナードだって、世界中ふらふらしているフーテンじゃねぇか」 「レナードとあの男の人は違うよ。レナードは、立派な鉱物学者だし」 「それに、高松は、おまえに夢中だぜ」 「ハーレム。からかうもんじゃないよ」 「からかってなんかいねぇよ」 「君には、学校には友達いないのかい?」 「友達ねぇ……」 (そういえば、俺に近づく変な奴がいたっけ) カワハラと言ったな。あいつとだったら、ルーザーとも、話が合うだろうか。 (ハーレムくん) 不意に、カワハラのソフトな口調と、柔らかい笑顔を思い出した。 (はん。あんな奴――) ハーレムは、脳裏を過ぎったカワハラの面影を消そうとした。 裏士官学校物語 第八話 BACK/HOME |