裏士官学校物語 ハーレムがジャンを二度目に見、初の対面をした時から、少し時間は戻る。 なんてここは植物が多いのだろう。兄貴のサンルームもいい加減ジャングルだが――そう思いながら、ハーレムは所内に足を踏み入れる。 ルーザーが忘れていったのは、携帯用食料――つまり、お弁当のことであった。 「わざわざありがとう。これから空腹で作業に取りかからなくちゃいけないとこだったよ。お礼をしなくちゃね」 お礼と聞いて、ハーレムの心は、少し、期待で弾んだ。 「なんだ? 礼って」 ルーザーはハーレムをぐいと引き寄せると、その額にキスをした。 「な……やめろよ。なんなんだよこれは」 ハーレムは唇の痕を手の甲で拭った。 「なにって、ごほうび」 「あのなぁ、兄貴。ごほうびってのは、相手が貰って嬉しいものをやるもんだぜ。嬉しくねぇよ。こんなもん」 「こんなもん? 僕のキスを欲しがる人は、男でも女でもたくさんいるんだけどなぁ」 「気が知れねぇぜ」 「じゃあ、君は何が欲しいんだい」 「金」 「却下」 ルーザーは言下にいなした。 「ご褒美のキスと相手の役に立ったという満足感――それで我慢なさい」 「うまく誤魔化されたような気がするぜ」 「じゃ、もう一つキスしてあげよう」 「たくさんだよもう。何もいらねぇ。金もいらねぇ。俺帰る」 「まぁ待ちなよ。珍しい物見せてあげるから。友人に貰った物なんだ」 『珍しい物』その言葉に好奇心が刺激され、ハーレムはぴたりと立ち止まる。あまり懲りるということを知らない質のようである。 「さぁこちらへ」 ルーザーはハーレムの手を取って、ある鉱物――石――の前に誘う。 「何だよこれ。ただの石じゃねぇか」 「と、思うだろ。ところが違うんだ。……明かりを消すよ」 パチリ、とスイッチが押され、蛍光灯の明かりは消える。 今まで、表面にでこぼこのあるだけに見えたただの鉱岩から、青い光が漏れ出す。岩に開いてあった全ての穴から。まるでライトの様に辺りを照らす。 「ルーザー兄貴……これ……」 「ああ、綺麗だろう」 「これも研究対象なのか?」 「いいや。僕は鉱物学者じゃないからね。下手にいじくって、光らなくなってしまったら困るだろう。だからこれは、ロマンの一つとして、そっとしておくんだ。オパールなんかだと、照明を当てると光るけど、これは自ら光るんだ」 「へぇ……」 「もう一つ、不思議なことがある。これは他人に見せる度に、少しずつ、光の強度を失っていくんだよ。友人が初めて見た時は、それこそ直視もできないくらい眩しかったんだ。僕が見た時も、もうちょっと明るかったよ」 「俺に見せたの、勿体なかったんじゃねぇの?」 「……少しね。あれ、こんなに光が弱まっちゃったよ。大丈夫かな。あと三人には見せたいのに」 「三人って?」 「サービスに高松君。それにマジック兄さんだよ。ああ、マジック兄さんは必要ないかな。世界最高の秘宝を持っているんだものね」 「そんなことないさ。見せてあげれば喜ぶぜ」 「いや、こんな物、秘石に比べれば、どうってことないよ」 こころもち、声のトーンが落ちる。 ハーレムの肩に手が置かれた。 「……兄貴?」 「……ハーレム。すぐに帰った方がいい」 「あ、ああ。そうするつもりだったけど、兄貴が引き止めたんじゃないか」 「そうだね。悪かったよ。とにかく、これから研究があるんだ。なんなら、その石は持って行ってもいいから」 「え? でも、これ、兄貴のだろ?」 「いいから! 行ってくれ! 早く!」 ハーレムは訝しんだが、ルーザー兄貴の気の変わりやすいのはいつものことだと、あまり気に止めずに出ていった。石は、置いていった。 裏士官学校物語 第四話 BACK/HOME |