裏士官学校物語
19
 ハーレムは、職員室に挨拶もなしに入って来た。
「ハーレム、また呼び出されたのか?」
 先生の一人がそう言うと、ハーレムはぎろりとそちらを睨んだ。
「アンタらが俺を不良扱いするのは勝手だが、そいつは少々皮相な考え方と言うもんだぜ」
「悪かった」
「トンプソンはどこだ?」
「自分の部屋にいると思うよ。ハーブティーでも飲んでさ」
「わかった。奴の部屋はどこにある?」
「右の角を行ってすぐさ。社会科準備室ってプレートがあるから」
「おう」
 ハーレムは礼とも挨拶ともつかぬ返事をしてから、部屋を出て行った。

「ここか」
 社会科準備室――今まで何度も通り過ぎながら、入ったことはなかった。
「おーい。トンプソン」
「やあ、ハーレム君」
 片手を上げたのは、B組の担任トーマス・トンプソンだ。
「君も来たのかい?」
 そう言ったのは――トンプソンと向かい合って座っていたカワハラだった。
「なんでおまえがいんだよ」
「いいじゃないか。一度見てみたかったんだ。トンプソン先生の部屋。自由に出入りしていいって言ってたし」
 トンプソンの部屋は、飛行機の模型や世界地図、描きかけの絵などがごたごたと置いてあった。窓からは柔らかい日差し。とても居心地が良さそうだと、ハーレムは思った。
(ふん。どうせスノッブしか入れない部屋だと思ったが、なかなかどうして)
 男の子なら憧れることもあるアイテムが沢山揃っていた。
「ジャンくんは来ていない? 僕達、招待されたでしょ?」
「とんちき。ジャンはあんとき席を立っていただろうが」
 カワハラの疑問に、ハーレムが悪態を吐く。
「へぇ~、ハーレムくんて、たまに記憶力が良くなるんだね」
「『たまに』は余計だ」
「ジャン君は来たことがないなぁ」
 トンプソンは、髭を捻りながら口を挟んだ。
「是非とも来て欲しいもんじゃが」
「だって。ハーレムくん連れて来てよ」
「なんで俺が」
「まぁまぁ。機会があったら招じ入れるから。それよりも君達、喉が乾いてないかい?」
「別に――」
「僕は乾いたな」
「じゃあ、紫蘇ジュースをあげよう。さっぱりしててなかなか美味じゃよ」
 ほどなくして、トンプソンは、赤紫色の液体の入ったコップを三つ、持ってきた。氷も入っている。この部屋には冷蔵庫や水道も完備されているのだ。
「美味しい」
 カワハラが嬉しそうに言った。ほどよい酸っぱさが、舌に広がった。
「まぁ、まずくはねぇな」
 ハーレムも気に入ったようだった。
「だけど、今日は寒いよな。暖房も入ってる」
「それがどうかしたかね」
「暖房入れて氷入りの飲み物を飲む――資源の無駄なんじゃないか?」
「無駄ではないと思うけど。ハーレムくんはそう思うの?」
 カワハラが訊いた。
「まぁね。――俺はエコ人間なんだ」
「エゴ人間?」
「誰がエゴイストだ! エコロジーのことだよ!」
「殺し屋になる人にエコロジーを説かれてもねぇ」
「それところとは話が別だろ」
「だって、ハーレムくんは将校になるんだろ」
「そんなもんにはならねぇ。俺は、もうすぐこの学校を辞める」
「本気かい?」
「ああ。本気だとも」
「僕もほんとは辞めたいんだけどね」
「辞めればいいじゃねぇか」
「でも、奨学金が出てるしねぇ」
「はっ、結局金か」
「その通り。君は正直に感情をぶつけてくれるんで嬉しいよ」
「変わった奴だ」
 二人のじゃれ合いを、トンプソンはにこにこしながら眺めていた。

「あ、あんなところにギターがある!」
 カワハラが指さしたところには、埃をかぶって立てかけてあったギターがあった。
「先生、弾くの?」
「ああ、ちょっとな」
「弾いてみせてよ、ねぇ、ハーレムくんも聴きたいよね」
 カワハラの押し付けがましい台詞に、ハーレムは眉を寄せたが、その実、彼も同じ意見だった。それで、しょうことなしに、
「ああ」
と溜め息のように息を吐き出した。
「じゃあ、ちょっと……これを弾くのは久しぶりじゃな」
 トンプソンは、古いアイルランドの民謡を鳴らした。
「わぁ、すごいです! 学園祭でも披露すればよかったのに!」
 カワハラは惜しみなく拍手を送った。ハーレムも、立てた膝の上に乗せた手の上に顎を乗せ、そっぽを向いていたが、かなり満足していた。
「ははは。わしはそんなところで発表するまでの腕は持っちゃおらんよ」
 トンプソンは、照れたように、薄くなった髪を撫でた。この先生の、生れながらの含羞と謙遜から来た台詞と仕草だったのだろう。ちなみに、ジャンとサービスは学園祭でもピアノの連弾を披露した。
 チャイムが鳴った。
「おお。昼休みも終わりじゃな。ハーレム君。君、授業に出んかね」
「ついでだから行ってやるよ」
 ハーレムは相変わらず憎まれ口を叩いた。

 ここからは、少し裏話的になる。カワハラとハーレムの会話である。
「この話って、本当はなくても良かったんだよね」
「この話?」
「製作者はちょうど二十話で終わらせるつもりでいたから、つまり、この回は、つなぎの回ってわけ」
「なるほどな。裏士官学校物語も、次回で最終回か」
「そう。めいっぱい盛り上げたいって、製作者は言ってたけど」
「あいつがめいっぱい盛り上げようとして、盛り上がった試しがねぇ」
「うーん」
「ま、最後だからな。もう少し付き合ってやるとするか」
「やっぱり、ハーレムくんは優しいね。それとも、お人良しと言うべきかな?」
「うるせぇ」
 裏話終わり。次回に続く。

裏士官学校物語 第二十話
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