裏士官学校物語 「ハーレム、また呼び出されたのか?」 先生の一人がそう言うと、ハーレムはぎろりとそちらを睨んだ。 「アンタらが俺を不良扱いするのは勝手だが、そいつは少々皮相な考え方と言うもんだぜ」 「悪かった」 「トンプソンはどこだ?」 「自分の部屋にいると思うよ。ハーブティーでも飲んでさ」 「わかった。奴の部屋はどこにある?」 「右の角を行ってすぐさ。社会科準備室ってプレートがあるから」 「おう」 ハーレムは礼とも挨拶ともつかぬ返事をしてから、部屋を出て行った。 「ここか」 社会科準備室――今まで何度も通り過ぎながら、入ったことはなかった。 「おーい。トンプソン」 「やあ、ハーレム君」 片手を上げたのは、B組の担任トーマス・トンプソンだ。 「君も来たのかい?」 そう言ったのは――トンプソンと向かい合って座っていたカワハラだった。 「なんでおまえがいんだよ」 「いいじゃないか。一度見てみたかったんだ。トンプソン先生の部屋。自由に出入りしていいって言ってたし」 トンプソンの部屋は、飛行機の模型や世界地図、描きかけの絵などがごたごたと置いてあった。窓からは柔らかい日差し。とても居心地が良さそうだと、ハーレムは思った。 (ふん。どうせスノッブしか入れない部屋だと思ったが、なかなかどうして) 男の子なら憧れることもあるアイテムが沢山揃っていた。 「ジャンくんは来ていない? 僕達、招待されたでしょ?」 「とんちき。ジャンはあんとき席を立っていただろうが」 カワハラの疑問に、ハーレムが悪態を吐く。 「へぇ~、ハーレムくんて、たまに記憶力が良くなるんだね」 「『たまに』は余計だ」 「ジャン君は来たことがないなぁ」 トンプソンは、髭を捻りながら口を挟んだ。 「是非とも来て欲しいもんじゃが」 「だって。ハーレムくん連れて来てよ」 「なんで俺が」 「まぁまぁ。機会があったら招じ入れるから。それよりも君達、喉が乾いてないかい?」 「別に――」 「僕は乾いたな」 「じゃあ、紫蘇ジュースをあげよう。さっぱりしててなかなか美味じゃよ」 ほどなくして、トンプソンは、赤紫色の液体の入ったコップを三つ、持ってきた。氷も入っている。この部屋には冷蔵庫や水道も完備されているのだ。 「美味しい」 カワハラが嬉しそうに言った。ほどよい酸っぱさが、舌に広がった。 「まぁ、まずくはねぇな」 ハーレムも気に入ったようだった。 「だけど、今日は寒いよな。暖房も入ってる」 「それがどうかしたかね」 「暖房入れて氷入りの飲み物を飲む――資源の無駄なんじゃないか?」 「無駄ではないと思うけど。ハーレムくんはそう思うの?」 カワハラが訊いた。 「まぁね。――俺はエコ人間なんだ」 「エゴ人間?」 「誰がエゴイストだ! エコロジーのことだよ!」 「殺し屋になる人にエコロジーを説かれてもねぇ」 「それところとは話が別だろ」 「だって、ハーレムくんは将校になるんだろ」 「そんなもんにはならねぇ。俺は、もうすぐこの学校を辞める」 「本気かい?」 「ああ。本気だとも」 「僕もほんとは辞めたいんだけどね」 「辞めればいいじゃねぇか」 「でも、奨学金が出てるしねぇ」 「はっ、結局金か」 「その通り。君は正直に感情をぶつけてくれるんで嬉しいよ」 「変わった奴だ」 二人のじゃれ合いを、トンプソンはにこにこしながら眺めていた。 「あ、あんなところにギターがある!」 カワハラが指さしたところには、埃をかぶって立てかけてあったギターがあった。 「先生、弾くの?」 「ああ、ちょっとな」 「弾いてみせてよ、ねぇ、ハーレムくんも聴きたいよね」 カワハラの押し付けがましい台詞に、ハーレムは眉を寄せたが、その実、彼も同じ意見だった。それで、しょうことなしに、 「ああ」 と溜め息のように息を吐き出した。 「じゃあ、ちょっと……これを弾くのは久しぶりじゃな」 トンプソンは、古いアイルランドの民謡を鳴らした。 「わぁ、すごいです! 学園祭でも披露すればよかったのに!」 カワハラは惜しみなく拍手を送った。ハーレムも、立てた膝の上に乗せた手の上に顎を乗せ、そっぽを向いていたが、かなり満足していた。 「ははは。わしはそんなところで発表するまでの腕は持っちゃおらんよ」 トンプソンは、照れたように、薄くなった髪を撫でた。この先生の、生れながらの含羞と謙遜から来た台詞と仕草だったのだろう。ちなみに、ジャンとサービスは学園祭でもピアノの連弾を披露した。 チャイムが鳴った。 「おお。昼休みも終わりじゃな。ハーレム君。君、授業に出んかね」 「ついでだから行ってやるよ」 ハーレムは相変わらず憎まれ口を叩いた。 ここからは、少し裏話的になる。カワハラとハーレムの会話である。 「この話って、本当はなくても良かったんだよね」 「この話?」 「製作者はちょうど二十話で終わらせるつもりでいたから、つまり、この回は、つなぎの回ってわけ」 「なるほどな。裏士官学校物語も、次回で最終回か」 「そう。めいっぱい盛り上げたいって、製作者は言ってたけど」 「あいつがめいっぱい盛り上げようとして、盛り上がった試しがねぇ」 「うーん」 「ま、最後だからな。もう少し付き合ってやるとするか」 「やっぱり、ハーレムくんは優しいね。それとも、お人良しと言うべきかな?」 「うるせぇ」 裏話終わり。次回に続く。 裏士官学校物語 第二十話 BACK/HOME |