裏士官学校物語 三学期の終業式が終わった。 ここ数日、何のかのと人々に取り巻かれたハーレムとカワハラは、周囲からの質問に答えるのに大忙しだった。 それにしても、せっかちな級友達だった。終業式まではいるつもりだったのに、その前にさよならコールをやるとは。確かに学校を辞めることは決まっていたのだが、たくさんの「さようならー」と言う響きが、ハーレムには「早く辞めろ」という意味に聞こえて、嫌がらせかと多少思った。恥ずかしくもあった。――初めに「さようならー」と叫び出したのが、ジャンだということもある。その後、どんな顔をしたらいいかわからなくなって、気まずい思いもした。 クラスメート達はそんなことにはお構いなしに、二人にいろいろ良くしてくれ、贈り物も手渡した。びっくり箱やマフラー、水鉄砲、様々な手紙など。 ハーレムは誤解を解いた。 「LHRには出ないの?」 校門の近くで、カワハラがハーレムに言った。黒いコートを着て、そうすると、ハーレムには威厳が出る。 「行く必要ねぇだろ。おまえだって、そう思ってるんじゃないか?」 「そうだね」 カワハラがふわりと笑った。 北方の春である。天候が穏やかになり、春のうららかな陽気が差しても、どこか底ごもった寒さが存在している。油断していると、ぶるっと冷えが来る。 だが、カワハラの笑みは暖かく、冬将軍が支配していた頃の名残も、この少年には何の影響も与えぬかのようだった。 「ハーレムくん……いろいろありがとう」 「あ、ああ……」 カワハラが礼を言ったのは、多分、養子の件だろう、とハーレムは悟った。 アツシの霊を見た(と、ハーレムは今でも信じている)後、ハーレムはアツシの両親に電話をした。 そこから、カワハラの話が出てきて、息子を亡くした両親達は、戦災孤児だったこの少年を、是非引き取りたいと願った。カワハラも、その話に応じた。 「これでやっと……人を生かせる勉強ができる」 カワハラは溜息と共に呟いた。吐く息が白い。 アツシの両親は、カワハラの、「医者になりたい」という希望に大賛成であった。 ハーレムは、カワハラの内心の複雑さは如何ばかりであったろうと思った。多分、己より悩んだ時期もあったのではあるまいか。 野沢も殺し屋にはなりたくないと言っていたが、仕方がない。奴は自分で決着をつけるだろう。カワハラのように、運命が拾い上げてくれないかどうかもわからない。 二、三言、会話を交わした後、カワハラは言った。 「ハーレムくん……僕は人を傷つけるつもりはないけど、知らないうちに傷つけるところがあると思うんだ。それで――もし、君が、僕の言葉や行動で傷ついたことがあったとしたら――……ごめん」 「何で謝るんだよ」 ハーレムは靴底で雪の塊を踏みつけた。 「もう、滅多に会うことはないと思うから――」 「はっ。もしそうだったらいいと思うが、俺はアツシの親が好きだしな」 ハーレムは、先程とはうってかわって笑顔になった。 「――おまえのこと、うっとうしいとは思ったけど、傷ついたことはなかったぜ」 「ハーレム様」 「よぉ、G」 「お迎えに上がりました」 「荷物運んでくれるんだって? カワハラの分も。入りきれるかな」 「入りきらなかった分は、何度でも往復いたします」 「……あのなぁ、G。それは新しい遊びか?」 「何がでしょう」 「その喋り方だよ。気持ち悪いったらありゃしねぇ」 「今日から、私はあなたの僕ですから」 「……しもべ?」 「はい」 「何でだよ」 「あなたがガンマ団に入団なさるからです。私の上司はあなたしかいないと、ずっと以前から考えておりました」 「けっ。青の一族だろうとなんだろうと、今の俺は一匹狼だぜ。ま、おまえと二人で暴れ回るのも悪くねぇかもしれんがな。俺には組織というものがない。それでもついてくるか?」 「ついていきます」 「よし、じゃあ、その口調を直せ」 「無理です!」 「なにぃ!」 ハーレムの眉がぴんと上がった。 「上司の命令がきけないってことかよ」 「私にも、私なりの覚悟がございます。この口調も変えません」 「あー、そうかい。わかったよ。カワハラ、先に乗って行け。俺は寄るところがあるからな」 Gは眉を寄せたが、すぐに運転席に座った。いつか――この想いがハーレムにも通じるであろうことを信じて。 「アツシ……」 ハーレムは、アツシの墓の前にいた。歩いても、なかなか遠い距離である。 「おまえが導いてくれなかったら、カワハラはずっとガンマ団員のままだったぜ。人も殺したかもしれねぇ。それがあいつには……耐えられなかったかもしれねぇんだ」 そして、墓の前に花束を置いた。 「全然来れなくて、悪かったな。これは俺の――気持ちだ」 ハーレムは手を組み合わせて、心の中で祈った。何を祈ったかは、ハーレム以外、誰も知らない。 「ハーレム!」 ハーレムが自分の部屋に入ると、サービスが叫んだ。 自分の癖のある髪とは違う、金色の真っ直ぐな髪。いつでも慕わしいと思えた、美しい、双子の弟。 てっきり寮に帰ったものとばかり思っていたのに。 「どうした、電気もつけずに」 「あ、つけないでくれ」 サービスは泣いていたのだろうと、ハーレムは察した。 「つい、足がこっちに向いてしまってね」 サービスは、言い訳するように述べた。 「ガンマ団には、いつ入団するんだ?」 「――四月からだ」 「戦場へ行く?」 「行くさ。俺が今までどれだけその日を待ち焦がれていたか」 「やめてくれ!」 サービスはハーレムにしがみついた。 「行くな! 死に急ぐな!」 サービスにも、こんな激しいところがあったのだ。いや、それは昔からわかっていた。クールぶっているが、実は激情家のこの弟が、どうにもならないことで、災難に巻き込まれないことを願う。 いつでも、どんなときでも、この弟を見守ることができたら――。 アツシ――。 おまえも、俺と同じ気持ちを味わったことがあるかい? なんとなく、アツシの心がわかるように、ハーレムは思った。中学時代、ハーレムはアツシの些かやんちゃな弟分であったと思う。 そして、Gにとっても―― (G――) あの口調は、ハーレムに責任を思い起こさせる。だから、嫌だったのかもしれない。忠実な部下は得たが、代わりに話のわかる友人を失ってしまった。 これからは、あの男の上司としてふさわしく、立ち居ふるまいをせねばならぬのだ。 背負い込まねばならぬ使命はたくさんある。それを、ハーレムは自分の十字架として担ぐ覚悟ができた。 サービスがいたから――サービスが泣いてくれたから――。 「心配するな。生きて――帰ってくるから」 ハーレムは目をつむり、サービスの背中を、まるで子供をあやすように、ぽんぽんと叩いた。 後書き ようやっと終わったーっ!! 『裏士官学校物語』、またの名を『士官学校物語 ハーレム編』! ハレサビ、苦手と言う割には書いてしまいましたが、両想いなら、それでもいいかな?と思うようになりました。あ、でも、それでは今度は、ジャンの立場が……。それに、私はサビハレの方が好き。 いやぁ、それにしても、いろいろありました。そのいろいろの中のひとつを、紹介します。 アツシと言う名前、他の同人誌にもありました。しかも、同ジャンルで。 どうしよう、忘れてたよ、私……。 両親に訊いてみたところ、 「いいんじゃないの? アツシなんてどこにでも転がってるような名前だし」 とのお答えでした。 苦情が来たらまた考えます。今はアツシで通しますが。 私は名前をぽんぽんとつけるため、他のキャラや、実在の人物と被ることがあります。大抵は悪気はないので、許してもらえたら幸いです。 2008.9.29 |