裏士官学校物語
20
 ここで、話は一気に飛ぶ。

 三学期の終業式が終わった。
 ここ数日、何のかのと人々に取り巻かれたハーレムとカワハラは、周囲からの質問に答えるのに大忙しだった。
 それにしても、せっかちな級友達だった。終業式まではいるつもりだったのに、その前にさよならコールをやるとは。確かに学校を辞めることは決まっていたのだが、たくさんの「さようならー」と言う響きが、ハーレムには「早く辞めろ」という意味に聞こえて、嫌がらせかと多少思った。恥ずかしくもあった。――初めに「さようならー」と叫び出したのが、ジャンだということもある。その後、どんな顔をしたらいいかわからなくなって、気まずい思いもした。
 クラスメート達はそんなことにはお構いなしに、二人にいろいろ良くしてくれ、贈り物も手渡した。びっくり箱やマフラー、水鉄砲、様々な手紙など。
 ハーレムは誤解を解いた。

「LHRには出ないの?」
 校門の近くで、カワハラがハーレムに言った。黒いコートを着て、そうすると、ハーレムには威厳が出る。
「行く必要ねぇだろ。おまえだって、そう思ってるんじゃないか?」
「そうだね」
 カワハラがふわりと笑った。
 北方の春である。天候が穏やかになり、春のうららかな陽気が差しても、どこか底ごもった寒さが存在している。油断していると、ぶるっと冷えが来る。
 だが、カワハラの笑みは暖かく、冬将軍が支配していた頃の名残も、この少年には何の影響も与えぬかのようだった。
「ハーレムくん……いろいろありがとう」
「あ、ああ……」
 カワハラが礼を言ったのは、多分、養子の件だろう、とハーレムは悟った。
 アツシの霊を見た(と、ハーレムは今でも信じている)後、ハーレムはアツシの両親に電話をした。
 そこから、カワハラの話が出てきて、息子を亡くした両親達は、戦災孤児だったこの少年を、是非引き取りたいと願った。カワハラも、その話に応じた。
「これでやっと……人を生かせる勉強ができる」
 カワハラは溜息と共に呟いた。吐く息が白い。
 アツシの両親は、カワハラの、「医者になりたい」という希望に大賛成であった。
 ハーレムは、カワハラの内心の複雑さは如何ばかりであったろうと思った。多分、己より悩んだ時期もあったのではあるまいか。
 野沢も殺し屋にはなりたくないと言っていたが、仕方がない。奴は自分で決着をつけるだろう。カワハラのように、運命が拾い上げてくれないかどうかもわからない。
 二、三言、会話を交わした後、カワハラは言った。
「ハーレムくん……僕は人を傷つけるつもりはないけど、知らないうちに傷つけるところがあると思うんだ。それで――もし、君が、僕の言葉や行動で傷ついたことがあったとしたら――……ごめん」
「何で謝るんだよ」
 ハーレムは靴底で雪の塊を踏みつけた。
「もう、滅多に会うことはないと思うから――」
「はっ。もしそうだったらいいと思うが、俺はアツシの親が好きだしな」
 ハーレムは、先程とはうってかわって笑顔になった。
「――おまえのこと、うっとうしいとは思ったけど、傷ついたことはなかったぜ」

「ハーレム様」
「よぉ、G」
「お迎えに上がりました」
「荷物運んでくれるんだって? カワハラの分も。入りきれるかな」
「入りきらなかった分は、何度でも往復いたします」
「……あのなぁ、G。それは新しい遊びか?」
「何がでしょう」
「その喋り方だよ。気持ち悪いったらありゃしねぇ」
「今日から、私はあなたの僕ですから」
「……しもべ?」
「はい」
「何でだよ」
「あなたがガンマ団に入団なさるからです。私の上司はあなたしかいないと、ずっと以前から考えておりました」
「けっ。青の一族だろうとなんだろうと、今の俺は一匹狼だぜ。ま、おまえと二人で暴れ回るのも悪くねぇかもしれんがな。俺には組織というものがない。それでもついてくるか?」
「ついていきます」
「よし、じゃあ、その口調を直せ」
「無理です!」
「なにぃ!」
 ハーレムの眉がぴんと上がった。
「上司の命令がきけないってことかよ」
「私にも、私なりの覚悟がございます。この口調も変えません」
「あー、そうかい。わかったよ。カワハラ、先に乗って行け。俺は寄るところがあるからな」
 Gは眉を寄せたが、すぐに運転席に座った。いつか――この想いがハーレムにも通じるであろうことを信じて。

「アツシ……」
 ハーレムは、アツシの墓の前にいた。歩いても、なかなか遠い距離である。
「おまえが導いてくれなかったら、カワハラはずっとガンマ団員のままだったぜ。人も殺したかもしれねぇ。それがあいつには……耐えられなかったかもしれねぇんだ」
 そして、墓の前に花束を置いた。
「全然来れなくて、悪かったな。これは俺の――気持ちだ」
 ハーレムは手を組み合わせて、心の中で祈った。何を祈ったかは、ハーレム以外、誰も知らない。

「ハーレム!」
 ハーレムが自分の部屋に入ると、サービスが叫んだ。
 自分の癖のある髪とは違う、金色の真っ直ぐな髪。いつでも慕わしいと思えた、美しい、双子の弟。
 てっきり寮に帰ったものとばかり思っていたのに。
「どうした、電気もつけずに」
「あ、つけないでくれ」
 サービスは泣いていたのだろうと、ハーレムは察した。
「つい、足がこっちに向いてしまってね」
 サービスは、言い訳するように述べた。
「ガンマ団には、いつ入団するんだ?」
「――四月からだ」
「戦場へ行く?」
「行くさ。俺が今までどれだけその日を待ち焦がれていたか」
「やめてくれ!」
 サービスはハーレムにしがみついた。
「行くな! 死に急ぐな!」
 サービスにも、こんな激しいところがあったのだ。いや、それは昔からわかっていた。クールぶっているが、実は激情家のこの弟が、どうにもならないことで、災難に巻き込まれないことを願う。
 いつでも、どんなときでも、この弟を見守ることができたら――。
 アツシ――。
 おまえも、俺と同じ気持ちを味わったことがあるかい?
 なんとなく、アツシの心がわかるように、ハーレムは思った。中学時代、ハーレムはアツシの些かやんちゃな弟分であったと思う。
 そして、Gにとっても――
(G――)
 あの口調は、ハーレムに責任を思い起こさせる。だから、嫌だったのかもしれない。忠実な部下は得たが、代わりに話のわかる友人を失ってしまった。
 これからは、あの男の上司としてふさわしく、立ち居ふるまいをせねばならぬのだ。
 背負い込まねばならぬ使命はたくさんある。それを、ハーレムは自分の十字架として担ぐ覚悟ができた。
 サービスがいたから――サービスが泣いてくれたから――。
「心配するな。生きて――帰ってくるから」
 ハーレムは目をつむり、サービスの背中を、まるで子供をあやすように、ぽんぽんと叩いた。

後書き
ようやっと終わったーっ!! 『裏士官学校物語』、またの名を『士官学校物語 ハーレム編』!
ハレサビ、苦手と言う割には書いてしまいましたが、両想いなら、それでもいいかな?と思うようになりました。あ、でも、それでは今度は、ジャンの立場が……。それに、私はサビハレの方が好き。
いやぁ、それにしても、いろいろありました。そのいろいろの中のひとつを、紹介します。
アツシと言う名前、他の同人誌にもありました。しかも、同ジャンルで。

どうしよう、忘れてたよ、私……。

両親に訊いてみたところ、
「いいんじゃないの? アツシなんてどこにでも転がってるような名前だし」
とのお答えでした。
苦情が来たらまた考えます。今はアツシで通しますが。
私は名前をぽんぽんとつけるため、他のキャラや、実在の人物と被ることがあります。大抵は悪気はないので、許してもらえたら幸いです。
2008.9.29


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