裏士官学校物語
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「ああ、今、私は非常に嘆かわしく思っている」
 田葛が、ジャンとハーレムとカワハラの前をうろうろしながら、ときに、芝居がかった仕草で天を仰いだ。
「学校内での暴力沙汰! その中にA組の生徒もいたとは! 私は自分の教育方法を疑う! あー嘆かわし嘆かわし」
「田葛君。節までつけて歌わんでくれ」
 田葛をじっと傍らで見守っていたトンプソンが、口を開いた。
「え? ああ、この『嘆かわし嘆かわし』ですか? こういうときこそユーモアで頭を冷やそうと思って」
「君自身がユーモラスだとは思うがね。田葛君、少し席を外してくれないか」
「は、はぁ……わかりました」
「後で知らせるからな」
「わかりました!」
 そして、私のユーモアは、常人にはわからないんだとかなんとか、ぶつぶつ呟きながら、田葛は、職員室を出て行った。
「さて、と。どうして喧嘩が起ったのかね」
「さ、さぁ……」
 トンプソンの質問に。ジャンは戸惑っている。
「こいつの態度が気に食わなかったからだよ」
 ハーレムが親指でジャンを指差した。
「僕が来たときには、ちょうど二人は争ってました。いい機会だと思ったので、竹刀を渡して、二人に決闘させました」
「ふぅむ……」
 トンプソンは白い髭を撫でた。
「では、張本人は君かね。ハーレム君」
「ああ。そう思ってもらって構わねぇよ」
「どうしてそういうことをしたんだね」
「こいつが、俺の機嫌が悪いときに、声をかけたから、殴ろうとしたんだ。奇襲攻撃なら、一発でもヒットするかと思ってな。そしたら、生意気にもこいつが避けやがって――」
「花瓶が割れたから、怒った方がいいんだろうな、と拳固を振ったら、ハーレムの顔面に当たっちゃてさ」
 ハーレムの台詞を引き継いで、ジャンが言った。話を聞いたトンプソンは呆れたようだった。
「それは……それはまぁ、きっかけに過ぎんのだろうな。君達のことは聞いている。仲がいいのか悪いのかわからんとさ」
「俺達、仲いいよな。な、ハーレム」
 ジャンが、ハーレムの肩を抱いた。
「俺はそうは思わない。俺はおまえのこと大っ嫌いだ!!」
「一緒に酒酌み交わした仲じゃないか!」
「それとこれとは話が別だ!」
「――田葛先生に座を外してもらってよかったな。飲酒のことでも、また改めて説教食らうところだったぞ、君達は。喉が乾いたら、職員室に来てくれ。コーヒーぐらい出してあげよう」
「やなこった」
「…………」
 トンプソンの提案は、一蹴された。
「だが、今ならお茶ぐらい、いいんじゃないかね。どうかね」
 ジャン達は顔を見合わせた。無論、それには異論はなかった。悪態をついていたハーレムさえも。

 トンプソンの淹れたお茶で世間話をする。それは、暖かな陽だまりの中にいることに似ていた。三人は、楽しい時間を送った。
 ジャンが立ち上がった。
「俺、茶椀洗ってきます」
「いやいや。そんなことはわしがするから」
「それぐらいさせてください。ついでに、他の人の分も洗ってきまーす」
 ジャンは、お盆の上に、茶椀を集めて、水道へと向かって行った。
「今度、わしの部屋に遊びに来んかね。ちょっと狭いがな」
 トンプソンがキセルをくわえながら言った。
「へぇ~。アンタの部屋って、気に入った人しか入れないんじゃなかったの?」
「誰がそういう噂を流したか知らんが、誰でも来てくれるなら、大切なお客様じゃよ」
(ふぅん。じゃあ、いつか押しかけて行ったれ)
と、ハーレムは思った。
「それにしても、君達の仲は、決して悪いようには見えないね、本当に」
「ジャンくんとハーレムくんとは、どこかがずれているんですよ。きっぱり決着をつけさせようとしたんですが、やっぱりダメでしたね」
「そういうことは、学校の外でやってくれ」
「俺、あいつ嫌いだ」
 ハーレムがぶすっと言った。
「みんな、あいつの正体がわかってねぇんだ」
「正体って?」
 カワハラが、ハーレムの台詞を繰り返すように問う。
「ついでに言うと、おまえも嫌いだ。何考えてんのかわかんねぇ」
「ひどいなぁ。ルームメイトじゃないか。僕達」
「そうじゃなくて。ここは基本的に俺には合わねぇんだよ。――俺は、早くこんな檻脱出して、戦場へ行きたい」
 瞬間、ハーレムが遠い目をした。
「ここで流行っている友達ごっこなんて、俺には興味ない。俺は――喧嘩し合っても縁の切れない、そんな奴らがいい」
「僕らだって、縁があると思うけど?」
「安穏とした世界で一緒になるやつと、背中を預けられる戦友とは違うんだよ」
「おまたせ~」
 ジャンが戻ってきた。
「遅かったな」
「ついでに他の洗い物も片付けてきたから」
「ふぅん」
 ハーレムは、それ以上ジャンには構わずに、そっぽを向いた。
「――どうしたの?」
 ジャンの言葉に、
「ハーレムくんは、この学校が気に入らないんだってさ。僕もだけど。ハーレムくんとは正反対の意味で」
と、カワハラが答えた。
(そう。いつか、出て行ってやる。この学校からも。――ガンマ団からも)
 空飛ぶ鳥を見つめながら、ハーレムは考えた。
(そしたら、あのときの問いも見つけられるだろうか。俺の小鳥も、見つかるだろうか)
 兄ルーザーに、自分の好きだった小鳥を殺されてから、ハーレムは幾度となくそう思った。
 あの小鳥は、どこかで生きているに違いない。たとえ姿を変えていても。そう、ハーレムは儚い夢を未来に託していた。

 トンプソンから話を聞いて、マジックに報告をしに行った田葛が帰ってきた。
「今回のことは、マジック理事長の耳にも入っている。三人とも、一週間の停学だそうだ」
「おー。固っ苦しい授業が大っぴらに休めるぜー」
 ちなみに、ハーレムは、何度か停学処分になったことがある。一度目は春に、二度目はまた性懲りもなく酒場に通っていたことを知られた上、サービスに危害を加えられそうになったとき。そのときは、高松とジャンもまた、停学になった。
 だから、ハーレムにとっては三度目、ジャンにとっては、これが二度目の停学である。
「ハーレムくん、君ったら」
 カワハラがくすっと笑った。
「勉強が遅れないように、僕がしっかり見張っているからね」
「なんだよ。おい、こいつ、どうにかしてくれよ」
 ハーレムが泣きごとを言った。ふざけるようにだが。
「だいたい、おまえだって学校嫌いなんだろ?」
「勉強は別。僕が嫌いなのは、人殺しの訓練の方。さ、一週間がんばろうね。僕は厳しいよ」
 カワハラが、非情な宣告を下した。
「良かったね。ハーレム」
「まぁ、カワハラに一任した方が、いいのかもな」
「わしからも、よろしく頼む」
 ジャン、田葛、トンプソンが、それぞれ続けて言う。
「勘弁してくれ」
 ハーレムは、冗談ではないと、頭を振った。

裏士官学校物語 第十八話
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