裏士官学校物語
15
「ハーレム、十月からおまえを寮に入れることにしたからな」
 開口一番、自分の部屋にハーレムを呼び出した長兄のマジックは、そう宣告した。
「なんだって? 何を今更」
「おまえも知っていただろう。今度、新しい寮ができるということを」
「関係ねぇと思ってたがな。大体、寮に入れなかったの、兄貴たちだろ?」
「お前達を、少しは引き離した方がいいと思ったのだ。そのときは」
「は?」
「まぁいい。ルーザーも忙しくなっておまえの監視ばかりはしてられないからな。無論、私もな」
「そうか。はぁ~、清々するな」
「それから、おまえにまだ言ってないことがある」
「なんだよ」
「『無憂宮』が、近々閉鎖されるぞ」
「何?!」
 酒場『無憂宮』といえば、いい酒は置いてあるし、音楽も、ジャンとポールのおかげで聞きでがある。ジャンは、もうその店には行ってないが、ポールの歌声が素晴らしいから、評判になるだろうと思っていた。その矢先に。
「私の一存で、辞めさせることに決めた」
「なんでだよ!」
「おまえが事件に巻き込まれない為にだ。あの酒場は、益にはならん」
「俺のせいってわけか」
「おまえの為だ」
「おまえの為、おまえの為って、結局は自分の為じゃねぇか! おためごかしは止めてくれ!」
 そう叫ぶと、ハーレムはバーンと部屋を飛び出した。

「ポール、ジョージ!」
 ハーレムが行くと、酒場はがらんどうになっていた。つくりつけの棚やスツールがあるだけである。
「ハーレムか……」
 髭もじゃのジョージが暗い顔をして、ハーレムの顔を見た。
「この店、もうすぐ閉めるって?」
「そうなんだよ。私はいいんだよ。これを機に、ヨーロッパへでも旅立ちたいと思っていたからねぇ。そのうち、念願の牧師にもなってさ。でも、ジョージがすっかり落ち込んでしまってね」
 ゴマ塩頭のポールが、言った。
「無理もない。マジック兄貴は横暴なんだよ」
「君のことを心配してるんだよ」
「ポールまでそんなことを言うのか」
「とにかく、ジョージにとっては、この店は命だったからねぇ。この領土がガンマ団に占領される前から、この店をやってたんだ。人一倍愛着があるのさ」
「ジョージは、これからどうすんだよ」
 ハーレムのジョージへの質問に、
「私が一緒に連れていくよ。昔から、『賢兄愚弟』という諺があるが、私達はずっと逆だったよ。これからは、私がジョージに恩を返す番さ」
と、ポールが代わりに答えた。
「大丈夫。おまえを恨んでなどいない。だが、ここにいると、色々なことを思い出すからな」
 ジョージは、自分の毛深い顔を、両手で覆った。
「今だけは泣かせてくれ。この店の為に……俺の、為に……」
「ジョージ……」
 ハーレムはジョージに同情したが、何と声をかければいいか、わからなかった。
「さぁ。二人とも元気出して。ハーレム。君には、いろいろと世話をかけてもらったし、かけられもしたねぇ。内緒でこの酒を送るよ」
 ポールが取り出したのは、クリュグだった。
「こんないい酒を! 俺に?!」
「本当は、未成年にはいけないんだけどね、酒場だからこんなのしかなくて。ジャンと高松君と、分けなさい」
「はん! なんであんな奴らに。この酒は俺が一人で飲む」
「照れ隠しで言っても、君はあの子達に分けるさ」
「俺はケチだぜ」
「まぁまぁ、二人とも」
 ジョージが割って入った。
「さんざん恩着せながら、クリュグを飲ませる。そういう仲だろう? おまえ達は」
「おや。少し、元気になってきたみたいだね、ジョージ」
 ポールは、弟を慈しむような目で言った。酒のこととなると、ジョージは生気を取り戻す。
「Gには?」
 ハーレムがポールに尋ねた。
「ああ、彼になら、もっと別の酒を用意しているよ」
「そうか。ならいいんだ」
「私達は今日の夕方、空港に行くよ。もし見送ってくれるなら嬉しいけど」
「ほんとか?! じゃあ、Gと行くよ」
「高松やジャンにも来てもらいたかったんだけどね」
「ムリムリ。あいつらはサービスが見張ってるから」
「君は?」
「俺? 俺のことは眼中にないみたいだけど」
「じゃ、四時頃来てくれ。待ってるよ」

 空港――
 ハーレムとGは、約束通り、そこに来ていた。
「それじゃ。ハーレム。ギデオン」
「また前のように……いや、前のよりもっと大きな店をかまえてやるさ」
 ジョージは先程とは、うってかわって意気軒昂だ。
「私は牧師を目指すよ。ジョージとは、別れることになるかもしれないな」
「それも人生さ。別々の道を行くことになっても互いには忘れないからさ」
 ジョージの台詞に、ハーレムも同調した。
(サービス……マジック……)
 いつか、彼らとも別れる日が来るのだろうか。ルーザーとは――これは、兄弟で生まれたのが不運だったとしか思えないけれど。
 Gとは、不思議と、別離の予感は生まれなかった。かえって、この縁は、これから始まるのだと云う気がした。
「元気でな。ポール、ジョージ」
「…………」
 ハーレムとGは、酒場のマスターだった二人と、それぞれに握手をした。
 彼らの乗る飛行機が見えなくなると、ハーレムは、どこか爽やかな面持になった。
「行っちまったな」
「…………ああ」
 これで、一つの時代が終わった確信したのは、ハーレムがもっとずっと成長した後のことだった。

裏士官学校物語 第十六話
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