裏士官学校物語 開口一番、自分の部屋にハーレムを呼び出した長兄のマジックは、そう宣告した。 「なんだって? 何を今更」 「おまえも知っていただろう。今度、新しい寮ができるということを」 「関係ねぇと思ってたがな。大体、寮に入れなかったの、兄貴たちだろ?」 「お前達を、少しは引き離した方がいいと思ったのだ。そのときは」 「は?」 「まぁいい。ルーザーも忙しくなっておまえの監視ばかりはしてられないからな。無論、私もな」 「そうか。はぁ~、清々するな」 「それから、おまえにまだ言ってないことがある」 「なんだよ」 「『無憂宮』が、近々閉鎖されるぞ」 「何?!」 酒場『無憂宮』といえば、いい酒は置いてあるし、音楽も、ジャンとポールのおかげで聞きでがある。ジャンは、もうその店には行ってないが、ポールの歌声が素晴らしいから、評判になるだろうと思っていた。その矢先に。 「私の一存で、辞めさせることに決めた」 「なんでだよ!」 「おまえが事件に巻き込まれない為にだ。あの酒場は、益にはならん」 「俺のせいってわけか」 「おまえの為だ」 「おまえの為、おまえの為って、結局は自分の為じゃねぇか! おためごかしは止めてくれ!」 そう叫ぶと、ハーレムはバーンと部屋を飛び出した。 「ポール、ジョージ!」 ハーレムが行くと、酒場はがらんどうになっていた。つくりつけの棚やスツールがあるだけである。 「ハーレムか……」 髭もじゃのジョージが暗い顔をして、ハーレムの顔を見た。 「この店、もうすぐ閉めるって?」 「そうなんだよ。私はいいんだよ。これを機に、ヨーロッパへでも旅立ちたいと思っていたからねぇ。そのうち、念願の牧師にもなってさ。でも、ジョージがすっかり落ち込んでしまってね」 ゴマ塩頭のポールが、言った。 「無理もない。マジック兄貴は横暴なんだよ」 「君のことを心配してるんだよ」 「ポールまでそんなことを言うのか」 「とにかく、ジョージにとっては、この店は命だったからねぇ。この領土がガンマ団に占領される前から、この店をやってたんだ。人一倍愛着があるのさ」 「ジョージは、これからどうすんだよ」 ハーレムのジョージへの質問に、 「私が一緒に連れていくよ。昔から、『賢兄愚弟』という諺があるが、私達はずっと逆だったよ。これからは、私がジョージに恩を返す番さ」 と、ポールが代わりに答えた。 「大丈夫。おまえを恨んでなどいない。だが、ここにいると、色々なことを思い出すからな」 ジョージは、自分の毛深い顔を、両手で覆った。 「今だけは泣かせてくれ。この店の為に……俺の、為に……」 「ジョージ……」 ハーレムはジョージに同情したが、何と声をかければいいか、わからなかった。 「さぁ。二人とも元気出して。ハーレム。君には、いろいろと世話をかけてもらったし、かけられもしたねぇ。内緒でこの酒を送るよ」 ポールが取り出したのは、クリュグだった。 「こんないい酒を! 俺に?!」 「本当は、未成年にはいけないんだけどね、酒場だからこんなのしかなくて。ジャンと高松君と、分けなさい」 「はん! なんであんな奴らに。この酒は俺が一人で飲む」 「照れ隠しで言っても、君はあの子達に分けるさ」 「俺はケチだぜ」 「まぁまぁ、二人とも」 ジョージが割って入った。 「さんざん恩着せながら、クリュグを飲ませる。そういう仲だろう? おまえ達は」 「おや。少し、元気になってきたみたいだね、ジョージ」 ポールは、弟を慈しむような目で言った。酒のこととなると、ジョージは生気を取り戻す。 「Gには?」 ハーレムがポールに尋ねた。 「ああ、彼になら、もっと別の酒を用意しているよ」 「そうか。ならいいんだ」 「私達は今日の夕方、空港に行くよ。もし見送ってくれるなら嬉しいけど」 「ほんとか?! じゃあ、Gと行くよ」 「高松やジャンにも来てもらいたかったんだけどね」 「ムリムリ。あいつらはサービスが見張ってるから」 「君は?」 「俺? 俺のことは眼中にないみたいだけど」 「じゃ、四時頃来てくれ。待ってるよ」 空港―― ハーレムとGは、約束通り、そこに来ていた。 「それじゃ。ハーレム。ギデオン」 「また前のように……いや、前のよりもっと大きな店をかまえてやるさ」 ジョージは先程とは、うってかわって意気軒昂だ。 「私は牧師を目指すよ。ジョージとは、別れることになるかもしれないな」 「それも人生さ。別々の道を行くことになっても互いには忘れないからさ」 ジョージの台詞に、ハーレムも同調した。 (サービス……マジック……) いつか、彼らとも別れる日が来るのだろうか。ルーザーとは――これは、兄弟で生まれたのが不運だったとしか思えないけれど。 Gとは、不思議と、別離の予感は生まれなかった。かえって、この縁は、これから始まるのだと云う気がした。 「元気でな。ポール、ジョージ」 「…………」 ハーレムとGは、酒場のマスターだった二人と、それぞれに握手をした。 彼らの乗る飛行機が見えなくなると、ハーレムは、どこか爽やかな面持になった。 「行っちまったな」 「…………ああ」 これで、一つの時代が終わった確信したのは、ハーレムがもっとずっと成長した後のことだった。 裏士官学校物語 第十六話 BACK/HOME |