裏士官学校物語 班ごとに行動するのが、決まりであるが、ハーレムはうざったいと、草はらに寝転びながら、木の葉をかじり続けていた。 同じ班の者が探しに来ることもない。「あいつはすぐサボるから」などと陰口を叩いてでもいるのだろう。ハーレムにとって、興味はなかった。 ハーレムに近づく者もいるが、最初脅かしてやると、すぐに逃げる。 それでもなお、近づく者もいるが、利用しようとしているのが見え見えなのが、大半である。 (あーあ。やっぱり来るんじゃなかったかな) ハーレムは暇を弄びながら、思った。 確かに叢は気持ちいいが。それに、この林の広まった部分は、確かに絶好の休養地ではあったが。 何かが足りない。 何か充実してない思いが、ハーレムの中にあった。 兄達に、「林間学校に行ってきなさい」と言われ、この間のことでほんの少し(あくまでほんの少し)反省し、一寸は面白いことが、でなくても、気晴らしができるかと思ったのであるが、案に相違して、退屈であった。 「あー、くそ」 ハーレムは髪を掻き回した。 天気のいい、綺麗な風景まで、ありきたりに思えてくる。 さっきまでは、いいところを見つけた、と喜んでいたが、こういうことは、他の誰かと分かち合わないと、こんなにつまらないとは、初めて知った。 今頃、クラスメート達は、ご飯を用意していることだろう。手伝おうという判断は、ハーレムには持ち合わせてなかった。 もう少ししたら、飯を食いに行くか、ぐらいの考えでいる。 班の人々は、好き勝手言っているくせに、ハーレムに怯えているのである。だから、夕飯は、彼の分もとっておいているだろう。 (めんどくせぇけど、仕様がねぇな) ハーレムは、最低限、付き合ってやろうと思っていた。 「ハーレムくん」 ああ、またこいつだ。 予感はしていたけど、わざと別のことを考えていたのに。 それは、フレームレスの眼鏡と、少し長めの髪を持つ日本人、カワハラであった。 「んだよ。飯だったら手伝わねぇぞ」 「うん。僕も期待してない」 カワハラが、ふわりと笑った。 「おまえはいいのかよ。こんなところにいたりして」 「うん。僕の班の分は、君らの班の人達と合同で作ることにしたんだって。彼らの言い分がふるっていたよ。『困った時はお互い様だって』」 ハーレムは、それを聞いて、ふっと笑った。 「さしずめ、俺は、困った異端分子だな」 「僕もだよ。ハーレムくん」 カワハラは、笑顔で言った。 「トンプソン先生のところに遊びに行こうと思ってたけど、君も一緒に来ないかい?」 「なんで俺が先公のとこに行かなきゃなんねぇんだよ」 そうは言いつつも、ハーレムは乗り気でないこともなかった。 トンプソンは、先公ではマシな方だ。田葛の様に、ああだこうだ煩く言わない。高松やサービスは、楽しそうに、「いい先生だよ」なんて言っているが。からかい甲斐もあるし、と、これはニールの言。 「来る?」 「まぁ、しゃぁねぇな」 ここで暇を潰しているよりはいいだろうと、ハーレムは重い腰を上げた。 「トンプソン先生」 カワハラがテントの入口をめくった。 「入りなさい。カワハラ君。ハーレム君」 トーマス・トンプソンが中から言った。 「いいですね。ハーブティーですか?」 「そうじゃよ」 「トーマス。アンタ、じじぃのくせによくテント建てられたな」 「ハーレムくん!」 「皆が建ててくれたんじゃよ。わしには、もう、その体力はないからね」 トンプソンが皆に優しいように、生徒達も、トンプソンに敬意を払っている。 「さ、飲みなさい」 「ありがとうございます」 「…………」 礼を言うカワハラに、無言のハーレム。 三人は、トンプソンの淹れてくれたお茶を飲む。 しばらく、静かな時が流れた。 「ああ。こういうときが、一番ほっとするのぉ。生徒達に食事まで作ってもらって、わるいのだが」 「そんなことありませんよ。僕達だって、似たようなものですし。ねぇ、ハーレムくん」 「……まぁな」 「トンプソン先生」 田葛が入ってきた。 「ちょうど良かった。田葛君。ちょっとお茶でも飲んでいかんか?」 「もうご飯はできていますよ」 田葛が、厳しい表情をした。 「……でも、ちょっとだけ」 田葛の表情が和らいだので、ハーレム達は思わずずっこけた。 この先生が、憎めない理由である。 「トンプソン先生、越権行為かもしれないけど、私に質問させてください。ハーレム、君、どうして班行動をしないのだね?」 田葛が、ハーブティーを啜っているハーレムに訊いた。 「前に言ったはずだけど。つまらない奴らとつるむのはご免だと」 「カワハラとは仲が良いのかね」 「……最悪」 「じゃあ、どうして一緒にいるのかね?」 「何となく」 「ハーレム。カワハラにも友達がいないんだ。是非とも仲良くしてやってくれ」 「やなこった」 「…………」 「ハーレム君。田葛君は、君のことも心にかけているんじゃよ」 トンプソンがたしなめた。 「田葛、アンタは自分のクラスの生徒の心配でもしてろよ」 ハーレムがトンプソンを無視し、田葛に憎まれ口を叩く。 「その辺については大丈夫だ。みんな、いい子ばかりだ」 「人殺し学校のいい子かよ」 「確かにここは殺人の術も教える学校だ。だからこそ君達に当り前の学校生活を送って欲しかったんだが――カワハラにも同じこと言われたよ」 「へぇ。何やったんだ? おまえ」 ハーレムが、興味を持ち、見直した様にカワハラに言った。 「『兵士養成学校で普通の生徒として生活できると考えているなんて、間違っているんじゃないか』って、……確かそんなこと言ったなぁ」 「アンタ、泣いたってそのこと?」 ハーレムが、田葛に尋ねた。 「どこから聞いたか知らないが、確かにその通りだ」 「へぇ。先公泣かすなんて、やるじゃん、おまえ」 ハーレムが、カワハラの肩をどやした。 「今のは、褒められた、と考えていいのかな。――僕、ハーレムくんとは気が合いそうな気がする」 「俺はそうは考えないけどな」 「だって、僕達、似ているんだもの。この学校が、巨大な檻で、その中でいやいや生きているところなんてさ」 カワハラが、ハーレムが普段感じていたことを言い当てたので、少々驚いた。だが、それは口に出さずに、代わりにこんなことを話した。 「俺は人を殺したって平気だぜ。おまえはどうなんだ?」 「――僕は、人殺しはごめんだな」 「ほら。やっぱり俺とおまえは相容れないな」 「そうかな。僕は、医者になるのが夢なんだ。そのときは、君に殺されかけた人物だって助けるよ。そしたら、僕らはもう、無縁の人じゃないじゃない」 「ふん」 ハーレムとカワハラは、トンプソンが目を細めているのに気がつかなかった。 「ハーレム、君には、ジャンや高松だっているし、及ばずながら、私もいる。決して一人じゃないんだよ。いいね。それから、カワハラ君と云う友達も新たに加わったことだし」 「げっ! 勝手に決めんなよ! あいつらが友達なんて、冗談じゃない」 「そうかな。腐れ縁だって、縁の一つさ」 そう言って、田葛は、むふふと笑った。 「さぁ。たっのしいたっのし~いゆうごはん~♪ ハーレム、カワハラ、早く来いよ。トンプソン先生も」 田葛は、楽しそうにテントを出て行った。 「……どう思う?」 「俺に訊くなよ」 ハーレムとカワハラは、顔を見合わせた。 「なかなか愉快な先生じゃのぉ」 「そうかぁ」 ハーレムは思いっ切り嫌な顔をしてみせた。 「俺、あいつ苦手」 「うーん。僕も、思考パターンが読めないから、はっきり好き嫌いの判断は下せないな」 カワハラも苦笑いした。 「えーっ?! 僕のご飯、もう食べちゃったの?!」 「田葛先生、なかなか来ないんだもの。トンプソン先生のしか残ってないよ」 「贔屓だ! 差別だ! 教育委員会に訴えてやる!」 「この国にそんなものないってば。田葛先生。でも、B組の奴らは、ハーレムとカワハラの分も、作っておいたって」 「私だけが腹ぺこなのか。全く、神も仏もないものか」 「非常食で我慢してくださいよ」 田葛と生徒達のやり取りが、テントの中まで聞こえてくる。 「……うるせぇな、田葛」 「全く」 ハーレムとカワハラは愉快そうに、笑みを浮かべた。 「トンプソン先生! ハーブティーもう一杯ください。今度はお茶請けありで」 田葛が来たので、二人は、ぱっと口元を手で押さえた。 翌日―― ジャン、サービス、高松がずぶ濡れになって宿営地へ帰ってきた。幸い、荷物は無事だったが。 何があったか、サービスと高松は、「川遊びに行って来た」という意見で押し通そうとした。しかし、ジャンは、他の二人に助けてもらったことを告げた。そして、悪いのは自分であることも。(人工呼吸のことは伏せておいたが) 昨夜降った雨で、テントの学生達は、なかなか寝付けなかった。その雨のせいで、川は水嵩を増して危険を孕んでいたのだ。 ジャンが溺れたところを、サービスと高松が助けたと聞いて、ルネが、 「さすがサービス様」 と、目を輝かせた。 「まぁ、とりあえず無事でよかったよかった」 ニールがさして深刻でもなさそうに言った。 そのニュースは、ハーレムの耳にも入った。 「おい、ジャン。ちょっとツラ貸せ」 濡れた服を着替えたジャンが、ハーレムの後についていった。呼んでもいない野次馬達も。 「歯を食いしばれよ!」 言うなり、ハーレムは、平手でジャンの頬をぶった。 ギャラリーの中には、ひっと声を上げる者あり、掌で目を覆う者あり。 「――拳でなかったことに感謝するんだな。おまえは、俺の弟と、高松に迷惑かけたんだぞ」 「――……」 「じゃあな。俺が言いたいのはそのことだけだ」 ハーレムは背を向けた。 「――ハーレムッ!」 ジャンはがばっとハーレムに背中から抱きついた。 「――な、何だよッ!」 「俺、嬉しくって。だって、こんな風に本気で叱ってくれるのは、本当の友達だけだろ? ソネも、よく俺のこと叱ってくれたんだ。しかも、サービスと高松のことまで気にかけている。アンタ、やっぱりいい奴だよ」 「おまえ……怒られて嬉しいなんて、マゾかよ」 「あ、いつでも、怒られるのがいいって訳じゃないから。ただ、中身が大切なんだ」 「そのとおーり。よく言った!」 田葛が、仁王立ちで割って入った。 「ふふん。私のお株は取られたようだな。ハーレム、君がこういうことをしなければ、私がやっていたところだ。さぁ、来い、ジャン。説教タイムだ」 「うわぁ~、助けてくれ~」 「行ってこい行ってこい。叱られるのが好きなんだろ? 俺は嫌いだが」 「俺もそんなに好きじゃなーい」 ジャンは、ずるずると、田葛に引っ張られて行った。 「見直したな、あいつ」 「そうかね。俺は、前々からいいと思ってたんだ」 ハーレムは、野次馬に向かって、じろりと一瞥した。彼らは、すごすごと引き下がった。 裏士官学校物語 第十二話 BACK/HOME |