裏士官学校物語
1
「なんだ。サービス。こんな大荷物まとめて。近々旅行にでも行く予定でもあるのか?」
 サービスは訝しげに振り向いたが、相手が、どうやら本気で云っているらしいことを知って、深々と溜息をついた。
「ハーレム。云ってなかったっけ。僕、学校が始まったら寮に移るんだよ」
 ハーレムはしばし呆然とした。
「……そんな話は聞いてない」
「聞いてないんじゃなくて、聞かなかったんだろ。とにかく、もう決まったことだから、君が何と云おうと無駄だよ」

 ハーレムがルーザーの部屋に押し掛けてくるまで、時間はかからなかった。
「兄貴。サービスが寮に行くって、知ってたか?」
「知ってるよ」
 ロッキングチェアーに腰掛けていたルーザーは、今まで読んでいた本から目を離さず、冷ややかに答えた。
「――どうしてもっと早く俺に云わなかった」
 もっと早ければ、手続きは間に合ったかもしれない。さっき電話で問い合わせてみて、昨日入寮受け付けは打ち切られたことを知った。
 総帥の身内なんだから――というのはこの場合通用しない。身内と云えども特別扱いはしない。それがガンマ団現総帥――つまりマジックの方針であるのだから。
「あれ?君知らなかったの?」
 その時初めてルーザーは顔を上げた。
「ああ。俺は一言も聞いてなかったぜ。そんな大事な話、聞いてたら、覚えているはずだからな」
「じゃあ聞いてなかったんだ」
「……兄貴までそういうこというか」
「――ああ、そうか。一週間前、サービスが僕達の前で寮に行くって云った時、お前はその場にいなかったんだな。――怒るなよ。僕もマジック兄さんも、君に伝えるのをついうっかり忘れていたんだよ」
「つい、うっかり、だぁ? ……嘘臭いな。そんな風に説明できる所が特に」
「君にどう思われようと構わないのだけれど」
 ルーザーは薬指と小指を顎の下に引き込んだ。
「サービスにくっついて入寮でもするつもりだった? 君、サービスにうるさがられてるんだよ。少しは自覚したらどう?」
 もはや反論を封じられたハーレムは、バン!と勢い良く扉を閉めて、部屋を後にした。
(なんて奴だ! 二人っきりになった途端、本性現しやがる)
 怒りのあまり、口を開けばそんなことを、声に出しそうだった。
 こんなことなら、マジック兄貴が帰るのを待てば良かった、とハーレムは思った。結果は同じだろうが、少なくともこんな嫌な気分は味わわなくて済んだ。
 また静けさが戻ってきた部屋で、読書を再開したルーザーの顔には、何故か満足げな笑みが浮かんでいた。

裏士官学校物語 第二話
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