ゴーストタウンに流れて2 蒸気機関車が煙を上げながら走っている。 「あれだね?」 ロッドが振り向いてきくと、Gが重々しく頷く。 「ヴィヌロンからバーセルまで行く汽車だ。メイスン駅で減速するからそこで乗り込もう」 ハーレムがテキパキと指示を出す。ハーレム、G、ロッド、マーカー、リキッドはある物を狙っている。 ガンマ団総帥がマジックが持っている、青の秘石を。 ハーレム達は森の入口の茂みで鉄道を見下ろしている。 さあ、出発だ! 「すごいね、すごいね、パパ!」 ガンマ団総帥マジックの息子シンタローが窓の景色を見ながらはしゃいでいる。 「今時機関車は流行らないかと思ったけど、シンちゃんが喜んでくれるなら、パパ嬉しいよ」 マジックは一部の隙もなく髪をセットしていた。纏い付く険呑な空気も今はない。ただの親子連れに見える。他の客も和やかに話をしたりしている。 「グンマも連れて来れば良かったなあ」 「そうだね、シンちゃん。グンちゃんとも一緒に行こうね」 「ぼく、グンマに泣かれちゃったしさぁ。ぼくばっかずるいんだって。グンマもパパが大好きだから」 「蒸気機関車が好きなんだろう?」 「パパも好きなんだって。でもダメ。パパはぼくのパパだもん」 「そうだね。パパはシンちゃんのパパだよ」 「ねぇ、食堂車行っていい?」 「ああ、いいとも」 シンタローは目的地に駆けて行った。 背の高い男の足にぶつかる。 「あっ、ごめんなさい」 「いやいや」 グレイッシュな金髪で垂れ目な青い瞳の男が、 「坊やいくつ?」 と質問する。悪い人ではなさそうだ。革ジャンで黒づくめではあったが。 「七歳だよ」 「ふぅん、可愛いね」 「ここに何の用?おじさん」 「おじさん…まだ若いんだからお兄さんと呼んでよ」 「ぼくシンタロー」 「俺、ロッド」 男はにこっとシンタローに笑いかけた。 「今、きかんしゃ探検してるの」 「俺もだよ。人探してるんで」 「誰?」 「マジックっていう人だよ」 「なあんだ、じゃあぼくのパパだ」 「えっ」 「教えてあげる。来てよ」 シンタローが走って行くのを見て、ロッドは小型の無線機で仲間と連絡をとった。 「あー……こちらロッドっす……」 「パパー」 「シンちゃん!」 マジックはシンタローを思わず抱き寄せる。が、不意に面が厳しくなる。 「シンちゃん、そちらの方は」 「ロッドっていうの。ぼくの友達!」 「はあい」 金髪のイタリア人はとっても軽い調子で手を振った。だが、この男の油断のならなさをマジックは見抜いた。 「ロッドさん、君は何者だね?」 マジックの緊張した声に、シンタローもようやく、何か変事があったことに気付いたらしい。 「パパ……?」 「もう一度きこう。シンタローをどうするつもりだったんだね?君は何者だ」 その時、古い建て付けの汽車のドアが開いた。 「そいつは俺の仲間だよ。久しぶりだな、マジック」 跳ねた豪奢な金髪と黒い目立つ眉毛のハーレムが不敵な顔で笑った。 列車の乗客達は縄で捉えられている。人質として。マジックとシンタロー以外は。……子煩悩と噂のマジックには、乗客十人よりシンタロー一人を捉えた方が人質としての効果は大きかっただろうが、ハーレムは敢えてそうしなかった。あまり追い詰めると逆襲が怖いと踏んだのか……。 その代わり、リキッドがハーレムと一緒にマジックやシンタロー達の側にいることとなった。 機関車はがたごとと動いている。ハーレム達に機関車の一角は占領されている。 「さあ、あれを出せ」 ハーレムが、すっと手を出した。 「あれ、とは?」 「とぼけんな!青の秘石だ!」 ハーレムが怒鳴った。 「パパ、こわいよぉ……」 シンタローが小さな声で泣いた。 「ああ、シンちゃん、パパがついているからね。シンタローには何もしないだろうな、ハーレム」 「もちろんだとも。兄貴」 ハーレムがそう言うと、ロッド達の視線が彼に集まった。シンタローを見張っていたリキッドでさえ驚いてハーレムを見遣る。シンタローはハーレムの甥だったのだ。血の繋がった者を自由に身動きできなくするのは、いくらハーレムでも躊躇われたのであろうか。 「青の秘石を渡してくれたら、俺達は誰にも危害を加えない」 「嘘だ!現にこの車両の乗客は縛られているではないか!」 「あまり騒ぎにしたくないもんでね。こちらの気休めでもあるがな。……兄貴、アンタはいつだって俺を信用しなかった……俺よりも悪い男のくせしてね。おい、おまえら、こいつのことを知ってるか?……こいつはガンマ団の総帥、マジック様だよ」 どよめきが走った。 「さすがにマジック様の雷鳴は轟いていらっしゃるな」 ハーレムがせせら笑った。 「パパ、パパをいじめちゃダメ!パパがどんなに悪い人でも、ぼくはパパが好きだよ!」 「シンちゃん……」 ちょっと待ってて、と言ったマジックが懐から取り出したのは、青い球体の宝石だった。 「これだな」 「おう。これで一儲けできるぜ」 マジックの手からハーレムへと青い宝玉が渡されようとする。 「ダメーっ!それはパパの大事なものなのーっ!」 シンタローの悲痛な叫びが響く。 「シンちゃん……いいんだよ、おまえの無事の方が遥かに大事だからね。ハーレムもすっかり可愛いげが失くなったとしても、私の弟であるのには変わりないんだし。これをあいつに渡さなければ、シンちゃんや他の乗客達はひどい目に合わされるかもわからないけど、ひとまずこれを渡しておけば何とかなるからね……パパはこれを後で取り返すよ……さあ、ハーレム。これを渡すからみんなの戒めを解くんだ」 「……わかったよ。約束だからな」 「パパ!そんなのやだよ!ぼくたたかう!このおじさんたちとたたかう!ぼくだってパパの子供だもん!」 シンタローが泣くのを堪えるかのように歯を食いしばる。 「……ああっ!もう我慢できねぇ!」 金と黒の髪を染め分けている青年がそう叫ぶなり取り出した拳銃の銃口をハーレムに向けた。 「何の真似だ。リキッド」 「青の秘石をこの人達から奪おうとするなら、俺が許さないっす。それと、シンタローくんにも手を出さないでください」 「今更正義の味方気取りか。秘石さえもらや、後は何もしねぇ」 「信じられないっす。アンタも人殺しをした人でしょう?」 「ふん、否定はできんな。だがリキッド、おまえにまで信じてもらえないとは少し悲しいな」 「今まではアンタについてきたっすけど……」 「なら何故宗旨変えを?」 「マジックも人の親だということがわかったからです。確かにアンタと同じ、いや、それよりもっと人を殺してるかもしれないけど……彼はシンタローくんを愛しているのですよ!シンタローくんもマジックさんを愛しています!もし秘石を彼らから力づくで盗るつもりなら俺はハーレム隊長、アンタの仲間を辞めます」 「ふむ……」 ハーレムは何事かを考えている。(どうなさるおつもりですか?)とマーカーも目で訴えている。 しばらくした後、ハーレムが口を開いた。 「わかった。青の秘石は諦める。もっと旨い儲け話はいっぱいあるが、仲間一人の存在はかけがえがないからな」 「ハーレム隊長……」 リキッドは涙を目元に溜めている。銃を納め、そして続けた。 「アンタの組織から、足を洗い損ねたっすね」 「そいつは一生無理ってもんだ、バーカ。マーカー、ロッド、G。乗客の縄を解いてやれ」 わっ、と歓声が上がった。 「助かった……」 「マジック総帥って、本当はいい方だったんですね!」 「リキッドさんでしたっけ?かっこよかったです!」 「このご恩は一生忘れません!」 「あの青年はあいつらに無理矢理仲間にされたんだろ?うん、そうに違いない」 「マジックさん、いい人!」 「シンタローくん、俺の店に来いよ。おごるぜ!」 シンタローもマジックも手を取り合って喜んでいた。マジックが立ち上がる。 「皆さん!私達はこの車両にいる方々に危害を加えることはこれからも絶対に致しません!将来も……私達はあなた方にだけは手を出さないことをここに誓います!」 また歓声が上がった。 騒ぎの中を何とかしてリキッドはくぐり抜けた。 「さっきはああ言ったけどな、おまえはあそこにいたっていいんだぞ」 ハーレムはリキッドに向かってにやりと笑う。 「意地悪言わんでくださいよ。俺達はゴーストタウンに流れて来た者同士でしょうが」 「違いない」 ハーレムはふん、と鼻を鳴らした。 「あーあ。リキッドちゃんにいいとこ取られちまった」 「リキッドには甘いんですよ、隊長は」 「……けれど、俺はなるようになったと思っているが?」 ロッド、マーカー、Gが順番に喋った。 列車から飛び降りたハーレムと仲間達は、ごろごろと芝生を転がった。 「ヨーロッパにいる仲間から伝言がありました。……ル・ジョスの方でダイヤモンドの鉱山が見つかったと」 「よぉっし!俺達も今度は本当のゴールドラッシュ目指そうぜ!」 「或いはダイヤモンドラッシュっすね」 「お供します」 「賛成!」 夕日が落ちて辺りの景色が暗くなっても、ハーレム達の想いが暗くなることは二度となかった。 何故なら、彼らにも色褪せない夢ができたのだから……。 後書き 昔、十代の頃に書いた『ゴーストタウンに流れて』の続きです。ケータイで書きました。 子供のシンちゃんも書きました。若マジックも。ハーレムが完全に脇役ですが(汗)。 発表できて良かったです。 2013.5.5 |