ゴーストタウンに流れて 黄土色の地肌の見える、道なき道を、一台のバイクが走る。 乗っているのは二人。何も被ってはいないものの、暗闇で顔はよく見えない。黒髪の皮ジャンを着た男の頭一つ分下で、金色の長い髪が流れる。 地面から藻の様な植物が生えている。やがて、目的地が眼前に見えてきた。 ゴールドラッシュ時に開発されて、今はもう見捨てられた街だ。当然のことながらここに住んでいる人は、だいぶ前からいなかった。ここら辺りの金の出る鉱山は、もうほとんど掘り尽くされてしまったと云われている。正式に調べてみた者はいないが、そうなると、潮が引くように、皆去っていった。ただ、土埃にまみれた店や、崩れて風化しかけた建物だけが、昔、この街がそれなりに栄えていた頃の面影をとどめていた。 街に入って少し行った所に、色褪せたオレンジ色の題字の、壊れかけた木製の看板が掛かった酒場がある。バイクはその建物の前に止まった。 酒場の中からは、柔らかい、橙がかった灯りが漏れていた。この街では、水道も、電気も、まだ使える。すぐ近くの水銀灯がついていないのは、単に壊れているからだ。別に住んでいるわけでもないので、そのままにしておいて、構わなかった。 この酒場が彼らの集合場所になっている。 酒場には、既に三人の先客がいた。 「参ったよ。俺もう、あの街にはいらんねぇぜ」 グレイッシュなクセっ毛の金髪と、青灰色の目を持つ、イタリア男が云った。垂れ目で、一見愛嬌のある風だが、どこか得体の知れない感じもする。 「お前、また何かやらかしたんだろ」 そう答えたのは、前髪を長くして黄色に染め、サイドの黒髪は刈り上げている青年だった。自分ではいっぱしのアウトサイダーのつもりだが、最年少なせいか、他の二人に比べても、まだまだひよっこだった。イタリア男――ロッドにはよく、『ヤンキーの兄ちゃん』と、呼ばれている。 「あー、リキッドちゃんまでそゆこと云うワケ。――冗談じゃない。俺らゆすりたかりを生業とする慎ましーいチンピラよ」 「相変わらずえげつない」 「アンタ程じゃないぜ。マーカー。お前さんに比べりゃ、俺なんてまだまだ可愛いモンよ」 ロッドは、マーカーと呼ばれた、切れ長の一重瞼の男をじろりと睨み付けた。 髪も黒なら目も黒。黒革のジャンパーとブーツを着用しているのだから、これはもう、全身黒づくめである。ただ、肌は意外な程に白い。皮ジャンを脱いで背広に着替えたら、ひ弱なインテリで通りそうだった。 「マジな話、いったい何やったんだ?」と、リキッド。 「なんもしてねぇのよ。今回は」 ロッドは大袈裟に手を振る。 「ただ、サツに妙な形で睨まれちまってサ――それだけならまだしも、こないだあそこで強盗殺人起きたろ? 知ってる? で、よく調べもしねぇのに、俺が犯人じゃないかって疑われて――」 「表面だけでも大人しくしとかないからだ。おまえのことだ。どうせまた人のこと挑発でもしたんだろ。悪いクセだ」 落ち着き払って、マーカーが云う。 「仕方ないじゃあありませんか。みんながみんな、お前さんみたいに賢く、要領良く生きてるわけじゃないんだから――なぁ、リキッドちゃん」 「何故そこで俺にふる?」 眉間にしわを寄せる青年を見て、ロッドは軽く笑う。このイタリア男の陽気さには、しかし、どこか乾いた所があった。笑い声は虚ろに響く。聞く人が聞けば、哀しさすら漂う。それは、彼が今まで生きてきた中で背負っているものが、予想以上に重かったからか。または、何もかも――自分自身すら信じることができなかったからか。 外見・性格の差はあれど、ここに集まって来ている者全てに共通する雰囲気があった。 彼らは皆、それぞれに言葉にならない想いを抱いて生き、互いに引き合う様に集まって来た。自分の名さえも知らず、自分が何者であるかも知らない者たち。 流れ着いたのは、ここだった。特定のどこかではなく、彼らの場所。たといばらばらに離れていても、いつもここに戻って来る。 軋みを立てて、かつては白かった、ペンキの剥げたスイングドアが開く。 真っ先に気付いたロッドが片手を上げて応えた。 「おっ帰りー。お二人さん。どうだった? 夜道のデートは」 「冗談云ってる場合か!」リキッドがたしなめる。 「なんだ。やっぱり先に来てたのか。お前ら」 先に入っていった金髪の青年――ハーレムに続いて、憮然とした様子の黒髪の大男が入ってきた。もっとも、この男はいつも無愛想であったのだが。 ハーレムが後ろの男――Gを振り返りながら云った。 「地図、作って来たぜ。大分かかったよなぁ」 二人が並んで座ると、マーカーがおもむろに口を開いた。 「やはり、あの計画を実行に移すつもりですか?」 マーカーが云ったのは、ハーレムに向かってである。 「むろん。何としてでも、手に入れるさ。あれを」 「しかし、わざわざそんなヤバイ橋渡らなくったって――」 リキッドが口を挟む。 「確かに、危ない橋だ。だがあれは、金になる」 「なんでそんなに金がいるんスか?」 そう云ったのは、再びリキッド。 「なんでぇ、リキッドちゃん。怖いの?」 ロッドが茶々を入れる。リキッドは怒って目を剥いた。 「ば、バカ云うなっ!」 「―――今のままじゃ、何も変わらない」 ハーレムは厳かに云った。 「俺は、力が欲しい。世の中をひっくり返せる程の……。それにはまず、金がいる」 ハーレムの鋭い眼光が、それぞれを射抜いた。 この青年は、最初から、どこか毛色が違っていた。何の不満もない筈の、裕福な環境で育ちながら、彼らと同じように流れ、なおかつ彼は行き場のない怒りを、表に向ける方に、向かっていた。環境がら、彼は力の重要性を、早くから認識していた。彼らのリーダー的存在になったのも、当然の成り行きかもしれない。 「……闇の中を手探りで歩いているようなものだ」 Gが静かに云った。ハーレムは、その台詞を聞き咎めた。 「なんだ、G。お前は反対か」 「いや、そうは云ってない。やるつもりなら、喜んで付き合うさ」 「じゃあ、なんであんなことを――」 「……何をそんなに焦っている?」 Gの言葉に、ハーレムの眉はぴんと吊り上がった。 「何をって……何をだ」 「――いや」 何でもない――と云う風に、Gは頭を振った。 「もう寝よう。少し、疲れた」 「そう……だな」ハーレムはGに賛成した。 「明日は早いぞ。お前ら」 酒場の二階部分には、宿のようになっている。古ぼけたベッドが五つ六つ、置かれている。酔い潰れた客を、そこで寝かせていたのだ。 まだ晩夏だと云うのに、妙に肌寒く感じて、彼はベッドに掛かった薄布を、自分の周りにかき集めた。藍色の闇が、彼の目を冴えさせていた。 「――おい。起きてるか。お前ら」 応えはない。だが、他の四人に背を向けていながらも彼は、気配で、まだ誰も寝ている者はいないだろうと、判断した。 ハーレムには、ずっと以前からの夢があった。将来、彼らと共に、何か大きな仕事をやることを―――。彼らが中心となって組織を作り、それこそ、世界を動かすようなことを。 途方もなく馬鹿馬鹿しい夢物語だ。自分でもそう思う。いくらこっちが真剣でも、聞いたら人は笑うであろう。明日が今日の続きなら、到底叶う筈もない夢だ。 確かに、俺は、焦っている――。 夢に向かって進んでいると云うより、罠に落ち込んで足掻いていると云った方が、合っているのかもしれない。だが、やるしかない。どの道今のままでは無理なのだから。 この街には昔、俺と同じ様な奴らが住んでいたのかもな…。 ゴールドラッシュで夢を掴んだ者は、ほんの一握り。後は、あてもない希望を明日に託して、無駄に金山と云われる山を掘り続けていたのかもしれない。それでも、夢に向かって足掻くことをやめない奴らが―――。 月の光が、窓から射し込んでいる。眠りに落ちる瞬間、ハーレムはどこかで、昔よく口ずさんだ歌を、聴いたような気がした。 |