特戦部隊解散秘話 中編

 ハーレム隊長は、酒を浴びるように飲んでいた。普段から大酒飲みなのに、いくら何でもピッチが早過ぎる。
 こういうのを、我々専門家は『うわばみ』と言う。
 隊長の頬は紅潮し、目がとろんとなってきた。豪奢な髪が顔にかかる。
 あれ? 酔ってきたのかな。
 やばい! 隊長色っぽ過ぎる!
「ロッド……」
「何すか?」
「付き合ってくれてあんがとな……」
「そんな……それより、早く逃げないと」
「逃げる?」
「だって、俺達、ガンマ団から命を狙われてるんだもん」
「『俺達』じゃねぇ、『俺』だけだ」
「そんな……マーカーちゃんもGもこの事態知ったら、直ちに駆けつけてきますよ」
「ふん……」
 隊長は残っていた酒を飲み干した。
「あいつらには黙っとけ」
「でも……」
「あいつらは巻き込みたくない。おまえもだ、ロッド。大人しくシンタローをサポートしろ!」
「嫌です!」
 俺ははっきり言ってやった。
「だいたい、リキッドちゃんはどうするんですか! リキッドちゃん、ここに来てもう帰るとこないってわかったら泣いちゃいますよ!」
「あいつは心配いらん。パプワ島で何とかやってるだろ」
「でも……ハーレムが死んだら、泣きますよ……」
「『ハーレム』か……呼び捨てだな」
「あ、すんません、隊長」
「いいってことよ」
 隊長は酒のお代わりを注いでもらった。
「俺だって……泣きますよ……」
 俺の台詞に、隊長は感慨深げにうっとりと目を閉じた。
「シンタローは……俺のことで泣く奴なんか一人もいねぇって言ってたけど、ここに一人いるじゃねぇか……」
 見てみると――
 隊長も泣いていた。
 黒い革ジャンから適度に筋肉のついた体が覗いている。
 Gは、隊長の裸を見たことあるんだろうか。マーカーちゃんは? キンタロー様は?
 ――そして、サービス様は?
 ああ、ダメだ。嫉妬でくらくらしそう。
「どうした? ロッド。元気ねぇな」
 隊長は俺の髪に手をつっこんでわしゃわしゃと掻き乱す。
 どうやら俺は、隊長にとっては子供の頃とそう変わりはないらしい。
 子供扱いしないでほしいんだけど。
 俺だって、その気になれば隊長を押し倒すことぐらい――
 無理か。
 だぁって、隊長ってば195センチもあるんだもん。無駄にデカ過ぎ!
 軍隊じゃうじゃうじゃいる身長だけどさぁ……もっとこう、手ごろな身長ってあるだろ?
 俺、昔は隊長を追い越したくてムダな努力したっけなぁ……。ま、あっちはでかくなったけど。
「隊長……そんなところで寝ると押し倒しますよ」
「そしたら、眼魔砲食らわすまでよ」
 ハーレム隊長が髪を掻き上げてにっと笑った。
 い、色っぺぇ~!
 あ、そうそう。そんなこと考えてる場合じゃなかったぜ。
 ガンマ団解散、ひいてはハーレム隊長殺害を食い止めなければならないんだ。
 俺はやるぞ!
 隊長は俺達の為に命を張ろうとまでしてくれた。だから――。
 俺だって――隊長を助けることはできるんだ。でなきゃ、特戦に入った意味がない。
 それから四時間。
 およそ酔い潰れるということを知らなかった隊長が潰れている。命を取られるというプレッシャーもあったのかもしれない。
 俺達にとって、戦争はゲームだった。いくらでも人を殺せた。
 だが――銃殺刑(多分)という現実を突き付けられると――隊長でさえ、こうも脆くもなるものなのか。
「心配要りませんよ、隊長。俺が何とかしてあげます」
 俺はマスターの心遣いで用意してもらった毛布をそっと隊長にかけてあげた。

 何とかする――でもどうやって?
 マーカーちゃん、Gの力はできるだけあてにしたくなかった。
 キンタロー様に話したら騒ぎは大きくなるばかりだし。
 そうだ! サービス様は……!
 放浪中か。
 なんか、使えないヤツらばかりだなぁ……ハーレム隊長の愛人って。
 でも、最後の希望が残っていた。
 以前、隊長の身辺を探ったことがある。すると、隊長のすぐ上の兄、ルーザー様のことが出てきた。
 ルーザー様は、女房持ちのくせに隊長といいことしていたうらやまし……いやいや、とんでもない男だった。もう死んだけど。
 まぁ、俺だってイタリア男だ。その辺は深く追求しないでおく。隊長だって気が多いし。
 こういう時、ルーザー様だったら、どう考えるだろう……。
 五分……。
 十分……。
 十五分……。
「だーっ! やめだやめだ!」
 ベッドで寝転がりながら悩んでいても仕様がない。
 あいつ、まだ起きてるかな。
 起きていて欲しいが、起きていて欲しくない。矛盾した心がせめぎ合う。
 ――いたよ。
 どうせまた後輩で実験するんだろうな。
「どうしました? ロッドくん。風邪ですか? いい薬ありますけど」
「いや、アンタの薬はいらないっす」
「じゃ、頭痛ですか? 腹痛ですか?」
「どれも違う!」
「じゃあ、なんなんですか。私だって忙しいんですよ」
 マッドサイエンティストのドクター高松は、腰を反らした。
 この高松という男は、何かにつけては人を実験台にする。俺は野性の勘で、生贄になったことはなかったが。
「ルーザー様について聞きたいんすけど――」
「ルーザー様?!」
 高松の目が一瞬にしてきらりと輝いた。わかりやす過ぎんだから。
「ちょっと困ったことがあって――ルーザー様ならどうするかと……」
「何ですか? 悩み相談ですか?」
「まぁ、そんなようなもん」
「何があったんです?」
 高松が真面目な顔をしている。――吊り眉に垂れ目じゃ、迫力に欠けるかと思ったがとんでもない。底知れぬ不気味さがある。
「あ、えっと――俺の恋人が殺されそうなんすよ」
 想像では俺と隊長は恋人だからいいよね。
「はぁ? アンタの恋人?」
 高松は怪訝そうに見たが、それでも、『ルーザー様』の名前の効果は絶大だった。
「絶対に諦めないことが大前提ですが……ルーザー様はよく実験の最中におっしゃってました。満足行く結果が出なければ、一度忘れることも必要です」
 ――参考になったようなならなかったような……。
 俺はずんずんと高松の部屋を後にした。
 隊長は近いうちに死ぬ。忘れられるわけがない。
 俺は隊長の部屋に行った。
 今思えば、何か助けになりそうなものがあるかと期待してたのかもしれない。溺れる者は藁をも掴む。
 しっかし、見事にシンプルな部屋だなぁ。
 ふぁ……あ……眠くなってきた。
 だ……だめだだめだ。どうすればいいのか、考えなくては……。
 そのまま俺は眠りに落ちて行った。
 気がつくと――
 白い光が部屋に差し込んでいた。もうそんな時間か。
 ん?
 隊長のテーブルの上に、箱が置いてあった。
 外れ馬券の山かと思いきや、それは特戦での思い出の写真ばかりだった。いいけどね……アルバムにちゃんとしまっとこうよ。
 ……どれもこれも忘れられない思い出だ。
 海へ行った時、隊長の誕生日、飲んで騒いだ新年会……あ、昔の、俺が入隊した時の写真もある。
 俺が使命を忘れてすっかり和んでいると――
 白い封筒が顔を出した。
 何だこれ。お、開封済みじゃないか。どれどれ。ハーレム隊長宛てにラブレターかな。見ちゃえ見ちゃえ。
 俺が開いた手紙は――驚くべき内容のものであった。

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