時を駆けるシンタロー
8
「この俺が……ジャンと同郷だって?」
「高松……ジャンとシンタローさんが似ていないと言ったのはおまえだろ」
 サービスが口を挟む。
「ええ。でも、兄弟だと言われれば納得できるほどには、似てますよ」
 高松はにっこり笑った。
「不躾だと思わないでくださいね、シンタローさん。何故なら、ジャンは故郷のことをあまり話さないですし」
「それはおまえもだろう、高松」
 サービスがまた口を開く。
「確かにね。だが問題は、シンタローさんとジャンには、本当に接点がないかどうかですよ」
 接点ならある……シンタローは、青の番人、アスの影としてジャンにもう一度殺されたのだ。
 シンタローは今までに二度死んでいる。一回目は弟のコタローに。そして二回目はジャンに……。
 高松とサービスの行動が、シンタローを生み出したきっかけになったということを、まだ学生の二人は知らない。そして、ルーザーの死も。
「俺と、この男が兄弟だって?」
 シンタローはあはははと笑い出した。
「俺の方がずっといい男じゃねぇか!」
「なにぃっ?!」
 ジャンは目を白黒させている。
「まあ、それを認めるにはやぶさかではないがね」
「マジック総帥!あなたまで!」
 ジャンはマジックには敬語を使っている。
「冗談だよ、ジャンくん」
 サービスと高松も笑い出した。
 昔は青の一族と赤の一族が一緒に暮らしていたのなら、確かにジャンとシンタローは同郷だ。そして、マジックやサービスとも……。
「シンタローさん、ちょっとこっちへ」
 ジャンはシンタローをトイレの脇に連れ出した。
「アンタ、ほんとは一体何者なんだい?」
「何者、とは?」
「パプワ島って、知ってるか?」
 シンタローは迷ったが、やがて頷いた。
 ここで隠し立てしても仕様がない。シンタローにはやましいことはないのだから。
「そうか……やはりあの島絡みか……」
 ジャンが顎を親指で撫でる。
 何だか知らないが、勘違いしてくれたようでありがたい。
「俺、もう行くわ。迷惑だったらここから去るから」
 どうせもうそのつもりでいたのだ。
 シンタローが踵を返す。
「シンタロー!」
 急に呼び捨てで呼び止められて、内心気分を悪くしながらもシンタローは振り向いた。
「サービスと……それから高松を傷つけたりしたら俺が許さんぞ!」
(ジャン……)
「それはこっちの台詞だぜ! サービスと高松、傷つけるんじゃねぇぞ!」
 だが、どっちみちサービスと高松は悲嘆にくれることになる。その事実は変えられない。
 今は幸せそうだけど。
 ジャン……この男といて、本当にサービスは幸せなのだろう。
 けれども俺は――。
 許せない……殺してやりたいぐらいに。
(サービス叔父さんの隣に平然と座っているこの男を!)
 ハーレムはどうだったのだろうか。彼もジャンを憎んでいたはず。
 けれど、シンタローのことも憎んでいた。ジャンにそっくりな者として。
 思えば、ハーレムはシンタローに辛く当たった。シンタローもハーレムのことをなまはげだと思って嫌っていたのだから、お互い様だけど。
(ジャンは……ハーレム叔父さんのことも間接的に傷つけた)
 許せない……!
 ハーレムはどうでもいいが、ハーレムにいびられた己の為に許せない。
 そう、ハーレムのことはどうでもいい。その時はそう思っていた。
 ジャンがすっとそばを通り過ぎて行った。
「あっ、帰って来たな」
「トレイもう片付けましたよ」
「すまんな、高松」
「いえいえ」
 ジャンは笑顔に戻っていた。
「どうしました? シンタローさん」
 高松が案じて訊く。サービスも顔を覗き込んで続けた。
「そうだな……さっきよりも顔色悪いけど……」
「いえ……」
 シンタローの顔からはさぞや血の気が引いていただろう。
 ジャンが憎い。殺してやりたい。
 そんな激しい感情が己の中から出てくるとは。
 今までは精々ただの厄介者としか思っていなかったのに。
 こいつが……サービス叔父さんと、高松と、ハーレムの運命を狂わせた。そして、多分マジックやルーザーのも。
 こんなところにいるから悪いのだ。帰ろう。あの馬鹿と紙一重の従兄弟達のいるあの世界へ。
 そして、コタロー……。
 愛しいあの子の待つ現代へ。
「シンタローくん。浮かない顔だが」
「何でもありません……マジック総帥……」
「マジックでいい。――医務室行くかね?」
 シンタローは首を振った。
 確か、当時の医務室の先生はマッドサイエンティストのドクター高松ではなく、ごく普通のおじさんだと聞いてはいたが。
 それでも、医務室に行く気はなかった。
「それとも、どこかに案内するかね?」
 案内してくれると言ったって、今更行きたいところなぞどこにも……。
 あっ、一ヶ所あった。
「黒鳥館に……行ってみたいです」
「ええっ?!」
 マジックが叫んだ。何か変なこと言ったのだろうか。
「あの……黒鳥館に?」
 シンタローはこくんと頷いた。
「禍々しいと評判の、黒鳥館に?」
 シンタローは再び頷いた。
「あの、人骨が埋められていると評判の黒鳥館に?」
 シンタローは三度頷いた。
「シンタローくん……!」
 何かまずいことでもあるのだろうか。――間が空いた。
「や……やった……!」
「え?」
「やったー!」
 マジックが万歳したので、シンタローはずっこけた。
「君もわかるかい? 黒鳥館に込められた私のこだわりを!」
「は、はぁ……」
 あまり理解したくはないが、確かに黒鳥館の優美な姿は気に入っていた。あの禍々しいと評判の黒さえ、一種の美に見えてくる。
 黒鳥館はね、マジック兄さんが設計したんだよ――サービスがそっと耳元で囁いた。

時を駆けるシンタロー 9
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