時を駆けるシンタロー 「高松……ジャンとシンタローさんが似ていないと言ったのはおまえだろ」 サービスが口を挟む。 「ええ。でも、兄弟だと言われれば納得できるほどには、似てますよ」 高松はにっこり笑った。 「不躾だと思わないでくださいね、シンタローさん。何故なら、ジャンは故郷のことをあまり話さないですし」 「それはおまえもだろう、高松」 サービスがまた口を開く。 「確かにね。だが問題は、シンタローさんとジャンには、本当に接点がないかどうかですよ」 接点ならある……シンタローは、青の番人、アスの影としてジャンにもう一度殺されたのだ。 シンタローは今までに二度死んでいる。一回目は弟のコタローに。そして二回目はジャンに……。 高松とサービスの行動が、シンタローを生み出したきっかけになったということを、まだ学生の二人は知らない。そして、ルーザーの死も。 「俺と、この男が兄弟だって?」 シンタローはあはははと笑い出した。 「俺の方がずっといい男じゃねぇか!」 「なにぃっ?!」 ジャンは目を白黒させている。 「まあ、それを認めるにはやぶさかではないがね」 「マジック総帥!あなたまで!」 ジャンはマジックには敬語を使っている。 「冗談だよ、ジャンくん」 サービスと高松も笑い出した。 昔は青の一族と赤の一族が一緒に暮らしていたのなら、確かにジャンとシンタローは同郷だ。そして、マジックやサービスとも……。 「シンタローさん、ちょっとこっちへ」 ジャンはシンタローをトイレの脇に連れ出した。 「アンタ、ほんとは一体何者なんだい?」 「何者、とは?」 「パプワ島って、知ってるか?」 シンタローは迷ったが、やがて頷いた。 ここで隠し立てしても仕様がない。シンタローにはやましいことはないのだから。 「そうか……やはりあの島絡みか……」 ジャンが顎を親指で撫でる。 何だか知らないが、勘違いしてくれたようでありがたい。 「俺、もう行くわ。迷惑だったらここから去るから」 どうせもうそのつもりでいたのだ。 シンタローが踵を返す。 「シンタロー!」 急に呼び捨てで呼び止められて、内心気分を悪くしながらもシンタローは振り向いた。 「サービスと……それから高松を傷つけたりしたら俺が許さんぞ!」 (ジャン……) 「それはこっちの台詞だぜ! サービスと高松、傷つけるんじゃねぇぞ!」 だが、どっちみちサービスと高松は悲嘆にくれることになる。その事実は変えられない。 今は幸せそうだけど。 ジャン……この男といて、本当にサービスは幸せなのだろう。 けれども俺は――。 許せない……殺してやりたいぐらいに。 (サービス叔父さんの隣に平然と座っているこの男を!) ハーレムはどうだったのだろうか。彼もジャンを憎んでいたはず。 けれど、シンタローのことも憎んでいた。ジャンにそっくりな者として。 思えば、ハーレムはシンタローに辛く当たった。シンタローもハーレムのことをなまはげだと思って嫌っていたのだから、お互い様だけど。 (ジャンは……ハーレム叔父さんのことも間接的に傷つけた) 許せない……! ハーレムはどうでもいいが、ハーレムにいびられた己の為に許せない。 そう、ハーレムのことはどうでもいい。その時はそう思っていた。 ジャンがすっとそばを通り過ぎて行った。 「あっ、帰って来たな」 「トレイもう片付けましたよ」 「すまんな、高松」 「いえいえ」 ジャンは笑顔に戻っていた。 「どうしました? シンタローさん」 高松が案じて訊く。サービスも顔を覗き込んで続けた。 「そうだな……さっきよりも顔色悪いけど……」 「いえ……」 シンタローの顔からはさぞや血の気が引いていただろう。 ジャンが憎い。殺してやりたい。 そんな激しい感情が己の中から出てくるとは。 今までは精々ただの厄介者としか思っていなかったのに。 こいつが……サービス叔父さんと、高松と、ハーレムの運命を狂わせた。そして、多分マジックやルーザーのも。 こんなところにいるから悪いのだ。帰ろう。あの馬鹿と紙一重の従兄弟達のいるあの世界へ。 そして、コタロー……。 愛しいあの子の待つ現代へ。 「シンタローくん。浮かない顔だが」 「何でもありません……マジック総帥……」 「マジックでいい。――医務室行くかね?」 シンタローは首を振った。 確か、当時の医務室の先生はマッドサイエンティストのドクター高松ではなく、ごく普通のおじさんだと聞いてはいたが。 それでも、医務室に行く気はなかった。 「それとも、どこかに案内するかね?」 案内してくれると言ったって、今更行きたいところなぞどこにも……。 あっ、一ヶ所あった。 「黒鳥館に……行ってみたいです」 「ええっ?!」 マジックが叫んだ。何か変なこと言ったのだろうか。 「あの……黒鳥館に?」 シンタローはこくんと頷いた。 「禍々しいと評判の、黒鳥館に?」 シンタローは再び頷いた。 「あの、人骨が埋められていると評判の黒鳥館に?」 シンタローは三度頷いた。 「シンタローくん……!」 何かまずいことでもあるのだろうか。――間が空いた。 「や……やった……!」 「え?」 「やったー!」 マジックが万歳したので、シンタローはずっこけた。 「君もわかるかい? 黒鳥館に込められた私のこだわりを!」 「は、はぁ……」 あまり理解したくはないが、確かに黒鳥館の優美な姿は気に入っていた。あの禍々しいと評判の黒さえ、一種の美に見えてくる。 黒鳥館はね、マジック兄さんが設計したんだよ――サービスがそっと耳元で囁いた。 時を駆けるシンタロー 9 BACK/HOME |