時を駆けるシンタロー

 寮の食堂――
 今日のAランチは牛肉のステーキ定食だった。
 ジャンも高松もここぞとばかりいつもはBランチなのにAランチを選んだ。もちろん、シンタローも。
 ちなみにサービスは普段から優雅にAランチである。
「さぁ、みんなどんどん食べていいよ」
 マジックが言う。高松とジャン――特にジャンは、まるで欠食児童のようにご飯をかっこむ。お代わりもする。
(あーあ、やだねぇ、貧乏人は)
 シンタローは心中密かに馬鹿にした。
 尤も、ジャンは油断のならない男ではあるが。これでも赤の番人なのだから。
「シンタローくん。君はどこから来たのかな?」
 マジックの突然の質問に、
「え?」
 と間抜け声を出してフォークを皿にぶつけた。ちゃりん、という音がした。
 どら○もんでもあるまいし、タイムマシンで未来から来ました、とは言えない。
(畜生。どうすりゃいい)
「答えたくなかったら答えないでいいよ」
 サービスが助け船を出す。
「うちの学校そういうところは曖昧だから。でしょう? 兄さん」
「ああ。あんまり怪しい人には御退学願っているけどねぇ。シンタローくんはただの旅人。ここの学生じゃないから」
 マジックも頷く。
(よ、良かった~)
 シンタローは胸を撫で下ろす。ジャンですら、そんなシンタローの様子には気付かなかったようだ。
「でも、いろいろなところ訪ね回って来たんだろう? 印象深かった土地の話はないのかな?」
「印象深かった土地……」
 シンタローにとって、それは――
 パプワ島。
 そういえば、パプワは元気かなぁ。あれから会えなくなってしまったけど。イトウやタンノに会えないのは清々するけど。
 俺に一輪の花を託して。
 あれはパプワなりのプレゼントだったんだろうなぁ。くり子ちゃんが咲かせた花だけど。
 それにチャッピー。
 パプワとチャッピーはどうしてるだろう。
 ジャンは赤の番人をやめて、サービス叔父さんや俺達と一緒に暮らす運命だけど――。
 新しい赤の番人リキッドって奴はどういう奴なのかな。特戦部隊――つまり獅子舞に似たハーレム叔父さんの部下だったという話だけど。
 パプワ達と上手くやってんのかな。
 けれど本当は――本当は俺が島の番人になりたかった。
 けれど、俺は青の番人アスの影だったから――。
 だぁぁぁぁっ! もう! 考えたって仕方ない!
 シンタローは自分が泣いていたことにも気付かなかった。
「ど……どうしたんだね。シンタローくん」
 ああ、親父の声だ。心配そうな……。
 アンタ、俺のことはいつも心配してくれたね。小さい時は添い寝もしてくれたし。
「何でも……ないです」
 それから、取り繕うように、
「あ、ほら。ステーキがあんまり旨いから感動しちゃってつい……」
 などと嘘をつく。
「そうかい? それならいいが……」
 マジックは引き下がった。この頃はまだ常識の欠片が残っていたらしい。
(ふぅ~、あぶねあぶね)
 シンタローは心の中で溜息をついた。本当は汗も拭いたかったけど。
 パプワ……。
 俺、一人でもがんばるよ。
 おまえとチャッピーがいないのは寂しいけどな。
 今はこうやって若い叔父さん達に会えたことだし。
 無謀な冒険だったけど、後悔はしていない。
 だって、タイムマシン壊れてねぇからいつでも帰れるし。
「シンタローくんとジャンくんて、よく見るとそんなに似てないねぇ」
「ええ? そう?」
 サービスが首を傾げた。
「高松くんの言った通りだね」
「でしょう。似てませんよね」
 高松が同意を示す。
「何というか……シンタローくんの方がしっかりしていそう、というか」
 あたぼうよ。
 パプワ達に鍛えられてきたもんな。
 世間知らずの番人とは違うって。
「ああ。すまんね。ジャンくん。ジャンくんにはジャンくんの良さがあるからね」
「はんへふは?」
 ステーキに齧りつきながらジャンが訊く。だめだこりゃ――と、シンタローは思った。
 でもまぁ、楽しかった。ジャンからサービスを取り戻すという目的は果たせないにしても、あまり長居はしない方がいいかもしれない。
 腹ごなしにバレーボールでもしたかったのだが。もちろん、サービスと一緒のチームで。
 でも、あまり欲張るな、シンタロー――シンタローは自分に言い聞かせた。
 何せあのタイムマシンはグンマが造った物だ。今頃爆発していないとも限らない。
 大して実りのある話はできなかったが、まぁ仕様がない。
 ああ、パプワ島のことは、大事な大事な思い出だ。甘酸っぱい、心の奥底にある、青春だった。
 しかし、ジャンに殺されて苦痛を味わった場所でもある。
「おい、ジャン」
 シンタローが呼びかけた。
「なんだぁ? 俺、呼び捨てかよ」
「もっと頭使えよな」
「言われたな。ジャン」
 サービスが微笑んだ。
「ちぇっ」
 ジャンは何か言いたそうだったが、結局飲み込んだらしい。
「俺はナイフで刺されるのなんかごめんだからな」
「何だよ、急にナイフって」
「――何でもない」
 シンタローは首を横にゆっくり振った。束ねた黒髪が揺れてふわっと動く。
 それから当たり障りのない話題が続く。
 もう行こう、とシンタローは立ち上がった。ランチは美味しく頂いた。
 後はマシンが無事動いてくれるのを祈るばかりだ。
「ありがとうございました。マジック総帥」
 シンタローは礼を述べた。
「いやいや。またおいで」
「はぁ……」
(多分二度と来ねぇな)
 サービスからジャンを引きはがすのは、帰ってからにしよう。こうなったら徹底的にお邪魔虫になってやる。
「シンタローさん」
 今まで味噌汁を落ち着いて啜っていた高松が言った。
「な……何だよ」
「あなたとジャンって同郷じゃないんですか? 同じ髪の色で、同じ目の色で、同じ肌の色で――もちろん、よく見ると違いはありますけどね」

時を駆けるシンタロー 8
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