時を駆けるシンタロー しかも朝食も食べてない。 今日はカレーだったのによ。 シンタローが不満を呟くと、正直なお腹がぐ~っと鳴った。 「あはははは!」 マジックが笑い出した。 (おっ、ウケたのか?) 「シンタローくん。旅行ですっかり腹ペコになってしまったんだねぇ。サービス。寮の食堂、案内してやってくれ」 「兄さんも行かない?」 「む……そうだな」 マジックは考えるように肘をつく。 「ま、この仕事は急ぎでもないし……よし、行こう!」 (親父も来るのか……) シンタローは思ったが、サービスと二人きりになれなくてもさほど残念とは思わなかった。 この頃のマジックは格好いい。顔に皺がないし、赤いブレザーの上からでも、筋肉の適度についた引き締まった体であることがわかる。 尤も、今のマジックもお洒落に余念がなく、ファンクラブなんてものもあるくらいだが。 新戦組のメンバーの一人までファンクラブに入会していると聞いた時、シンタローは、 (ほんとかよ……) と疑ったりしたものだが。 でも、このマジックを見ればわかる。納得だ。 それに、自分を見ても鼻血を出さない。「シンちゃ~ん」なんて言って抱きついたりもしない。 ……いずれそうなるのだが。 シンタローは溜息を吐いた。 「ん? どうしたい? シンタローくん。疲れたかい?」 なんて、普通に話しかけて来る。 (こういう親父だったら好きになれたのにな……) シンタローの知っているマジックは、総帥服のフリフリのピンクのエプロンを来て、大根しょって、カレーを作っていて……。 (小さい頃は親父が大好きだったな……) いつの間にか、サービス叔父さんの方が好きになっていたのだが。 いや……どちらも好きだ。本当は。 獅子舞に似たハーレムのことは好きではないが。いくら自分の叔父の一人であるとは言え。破天荒でも優しいところがあるのは知っているのだが。 (あの顔が苦手なんだよな……) サービスと双子の兄なんて、絶対詐欺だよ……。 いつかシンタローがそう言ったら、 「ああ。叔父さんもそう思ってる」 とサービスが答えたから、ハーレムと兄弟であることは本意ではないのかもしれない。 「ハーレム……あいつがもし女でしかも兄弟でなかったら、結婚だってできたかもしれないのに……」 というサービスの言葉は、シンタローの耳をスル―していた。 三人は廊下を足音高く歩く。 「ここはね、白鳥館と呼ばれてるんだよ。サービスが入学する少し前に建てたものでね……」 「ふぅん……」 シンタローは適当に相槌を打った。母校のことはそれなりにわかる。 でも、知らないことにしておかねばならない。 士官学校の寮は、シンタローが入学するしばらく前にも新しく建て直されている。だから、雰囲気が少し違う。 この寮はシンタローが通っていた頃より貴族趣味的だ。 (ま、俺は今の方がいいけど) だが、いずれ黒鳥館には行ってみたいなぁ、と思ったものであった。外見がかなり評判悪かったらしいが。写真で見たことがあるが、なかなか素敵だった。何で取り壊されたのかがわからない。 俺って趣味悪いのかなぁ、と、めげそうになった。 けれど、黒鳥館を建てたのはマジックである。マジックも、それなりの美学を持って、設計したのだろう。いや、外部の業者に頼んだのか。 シンタローが想像を巡らしていると―― 「サービスー。どこ行ってたんだよ!」 「遅いですよ、全く」 ジャンと高松がばたばたと走ってきた。 「あ、マジック総帥、こんにちは。今日はどのような御用で?」 ジャンが笑いながら言った。 「たまには弟達と一緒に食事を取ろうと思ってね。あ、こちらシンタローくん。旅行に来てるそうだよ」 「え……?!」 ジャンがぽかんと口を開けた。 そうだよなぁ……俺だってびっくりするわなぁ、自分によく似た男が目の前に現われたら。 この世には、そっくりな人物が三人だったか七人だったかいるようだけれど。 ジャンが一瞬厳しい顔をした。 (あ……やな視線) シンタローの目が泳いだ。 だが、次の瞬間、ジャンがにぱっと笑った。 「そうかそうか。俺はジャン。宜しく頼むよ」 「あ、ああ……」 叔父さんの親友。俺によく似た男。 こいつには負けるわけにはいかない。こいつにだけは。 だって、こいつは……俺のことを刺したのだから。他に手段もあっただろうに、俺のことを殺した単細胞なんだから。 (ふん。相手になんかしてやるもんか) ジャンが差し出した手を、シンタローはそっぽを向くことで無視した。 「ジャンに似てるようで似てませんね。お宅」 高松がじろじろ見ながら評した。 「そうか……似てねぇか……」 「あなたの方がかっこいいですよ、シンタローさん」 つい、そんな世辞にも気分を良くしてしまう。 「ありがと、ドクター」 「あれ? 私、自己紹介しましたっけ? それにドクターって……」 (あ、やべ……) つい口を滑らせてしまった。今の高松はドクターではない。単なる皮肉屋の悪ガキである。慇懃無礼なところは変わっていないが。 「いや、アンタのことは有名だからさ……」 すぐ人体実験する医務室の主としてね。 だが、それはまだ後の話である。 「シンタローさんは僕のことも知ってるみたいだったよ。僕のことおじさんなんて、失礼なことも言ってたけどね」 サービスが口を挟む。 「悪かったよ。サービス」 シンタローが拝んで手を合わせた。 「こういうところはジャンそっくりなんですけどねぇ……」 高松の台詞に、ジャンと叔父さんでは、叔父さんの方が優位に立っているのは相変わらずか、とシンタローは呆れながら思った。しかも、自分だって同じようなことをしている。 サービスには、人を従えさせずにはおかない何かがあるのかもしれない。だから、シンタローも惹かれた。 (ジャン……こいつが勘違いさせたおかげで、叔父さんは秘石眼を捨てたんだ……) だから、シンタローはジャンを許せない。 サービスだっていろいろ罪を犯したが、ジャンの死がその引き金を引いたと思っている。ジャンが死んだのは、ルーザーが彼を殺したから、不可抗力なのだが。 (やっぱりこいつと仲良くなんて無理だ) 若いサービスと会ったことで、半ば目的は果たされた。後でマシンで帰ろう。 ――昼ご飯を食べてから。 「君達も私と一緒に食堂で食べないかい? 私の奢りだ。もちろん、シンタローくんにもね」 マジックの台詞に、やったね! 今月ピンチだったんだ! と躍るジャンに、私も財布の中身が乏しいですからね……と、仕方なさそうに頷く高松。 ジャンを睨めつけるシンタローに、相手は「ん?」と言いたそうな顔をしていた。その顔には、もう何の邪気すら感じられない。だから怖いヤツなのだ、とシンタローは心の中でジャンを警戒した。 マジックの申し出は、シンタローにとっても有難かった。何せ一文無しで出てきたのだから。 時を駆けるシンタロー 7 BACK/HOME |