時を駆けるシンタロー
6
(何が計算通りだよ、グンマのヤツ……すっかりお昼時じゃねぇか……)
 しかも朝食も食べてない。
 今日はカレーだったのによ。
 シンタローが不満を呟くと、正直なお腹がぐ~っと鳴った。
「あはははは!」
 マジックが笑い出した。
(おっ、ウケたのか?)
「シンタローくん。旅行ですっかり腹ペコになってしまったんだねぇ。サービス。寮の食堂、案内してやってくれ」
「兄さんも行かない?」
「む……そうだな」
 マジックは考えるように肘をつく。
「ま、この仕事は急ぎでもないし……よし、行こう!」
(親父も来るのか……)
 シンタローは思ったが、サービスと二人きりになれなくてもさほど残念とは思わなかった。
 この頃のマジックは格好いい。顔に皺がないし、赤いブレザーの上からでも、筋肉の適度についた引き締まった体であることがわかる。
 尤も、今のマジックもお洒落に余念がなく、ファンクラブなんてものもあるくらいだが。
 新戦組のメンバーの一人までファンクラブに入会していると聞いた時、シンタローは、
(ほんとかよ……)
 と疑ったりしたものだが。
 でも、このマジックを見ればわかる。納得だ。
 それに、自分を見ても鼻血を出さない。「シンちゃ~ん」なんて言って抱きついたりもしない。
 ……いずれそうなるのだが。
 シンタローは溜息を吐いた。
「ん? どうしたい? シンタローくん。疲れたかい?」
 なんて、普通に話しかけて来る。
(こういう親父だったら好きになれたのにな……)
 シンタローの知っているマジックは、総帥服のフリフリのピンクのエプロンを来て、大根しょって、カレーを作っていて……。
(小さい頃は親父が大好きだったな……)
 いつの間にか、サービス叔父さんの方が好きになっていたのだが。
 いや……どちらも好きだ。本当は。
 獅子舞に似たハーレムのことは好きではないが。いくら自分の叔父の一人であるとは言え。破天荒でも優しいところがあるのは知っているのだが。
(あの顔が苦手なんだよな……)
 サービスと双子の兄なんて、絶対詐欺だよ……。
 いつかシンタローがそう言ったら、
「ああ。叔父さんもそう思ってる」
 とサービスが答えたから、ハーレムと兄弟であることは本意ではないのかもしれない。
「ハーレム……あいつがもし女でしかも兄弟でなかったら、結婚だってできたかもしれないのに……」
 というサービスの言葉は、シンタローの耳をスル―していた。
 三人は廊下を足音高く歩く。
「ここはね、白鳥館と呼ばれてるんだよ。サービスが入学する少し前に建てたものでね……」
「ふぅん……」
 シンタローは適当に相槌を打った。母校のことはそれなりにわかる。
 でも、知らないことにしておかねばならない。
 士官学校の寮は、シンタローが入学するしばらく前にも新しく建て直されている。だから、雰囲気が少し違う。
 この寮はシンタローが通っていた頃より貴族趣味的だ。
(ま、俺は今の方がいいけど)
 だが、いずれ黒鳥館には行ってみたいなぁ、と思ったものであった。外見がかなり評判悪かったらしいが。写真で見たことがあるが、なかなか素敵だった。何で取り壊されたのかがわからない。
 俺って趣味悪いのかなぁ、と、めげそうになった。
 けれど、黒鳥館を建てたのはマジックである。マジックも、それなりの美学を持って、設計したのだろう。いや、外部の業者に頼んだのか。
 シンタローが想像を巡らしていると――
「サービスー。どこ行ってたんだよ!」
「遅いですよ、全く」
 ジャンと高松がばたばたと走ってきた。
「あ、マジック総帥、こんにちは。今日はどのような御用で?」
 ジャンが笑いながら言った。
「たまには弟達と一緒に食事を取ろうと思ってね。あ、こちらシンタローくん。旅行に来てるそうだよ」
「え……?!」
 ジャンがぽかんと口を開けた。
 そうだよなぁ……俺だってびっくりするわなぁ、自分によく似た男が目の前に現われたら。
 この世には、そっくりな人物が三人だったか七人だったかいるようだけれど。
 ジャンが一瞬厳しい顔をした。
(あ……やな視線)
 シンタローの目が泳いだ。
 だが、次の瞬間、ジャンがにぱっと笑った。
「そうかそうか。俺はジャン。宜しく頼むよ」
「あ、ああ……」
 叔父さんの親友。俺によく似た男。
 こいつには負けるわけにはいかない。こいつにだけは。
 だって、こいつは……俺のことを刺したのだから。他に手段もあっただろうに、俺のことを殺した単細胞なんだから。
(ふん。相手になんかしてやるもんか)
 ジャンが差し出した手を、シンタローはそっぽを向くことで無視した。
「ジャンに似てるようで似てませんね。お宅」
 高松がじろじろ見ながら評した。
「そうか……似てねぇか……」
「あなたの方がかっこいいですよ、シンタローさん」
 つい、そんな世辞にも気分を良くしてしまう。
「ありがと、ドクター」
「あれ? 私、自己紹介しましたっけ? それにドクターって……」
(あ、やべ……)
 つい口を滑らせてしまった。今の高松はドクターではない。単なる皮肉屋の悪ガキである。慇懃無礼なところは変わっていないが。
「いや、アンタのことは有名だからさ……」
 すぐ人体実験する医務室の主としてね。
 だが、それはまだ後の話である。
「シンタローさんは僕のことも知ってるみたいだったよ。僕のことおじさんなんて、失礼なことも言ってたけどね」
 サービスが口を挟む。
「悪かったよ。サービス」
 シンタローが拝んで手を合わせた。
「こういうところはジャンそっくりなんですけどねぇ……」
 高松の台詞に、ジャンと叔父さんでは、叔父さんの方が優位に立っているのは相変わらずか、とシンタローは呆れながら思った。しかも、自分だって同じようなことをしている。
 サービスには、人を従えさせずにはおかない何かがあるのかもしれない。だから、シンタローも惹かれた。
(ジャン……こいつが勘違いさせたおかげで、叔父さんは秘石眼を捨てたんだ……)
 だから、シンタローはジャンを許せない。
 サービスだっていろいろ罪を犯したが、ジャンの死がその引き金を引いたと思っている。ジャンが死んだのは、ルーザーが彼を殺したから、不可抗力なのだが。
(やっぱりこいつと仲良くなんて無理だ)
 若いサービスと会ったことで、半ば目的は果たされた。後でマシンで帰ろう。
 ――昼ご飯を食べてから。
「君達も私と一緒に食堂で食べないかい? 私の奢りだ。もちろん、シンタローくんにもね」
 マジックの台詞に、やったね! 今月ピンチだったんだ! と躍るジャンに、私も財布の中身が乏しいですからね……と、仕方なさそうに頷く高松。
 ジャンを睨めつけるシンタローに、相手は「ん?」と言いたそうな顔をしていた。その顔には、もう何の邪気すら感じられない。だから怖いヤツなのだ、とシンタローは心の中でジャンを警戒した。
 マジックの申し出は、シンタローにとっても有難かった。何せ一文無しで出てきたのだから。

時を駆けるシンタロー 7
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