時を駆けるシンタロー
5
 シンタローは、一瞬自分が無になった感覚を覚えた。
(何だ……今のは)
 自分が死んだ時の感じとは、また似て非なる。
 シンタローは瞼を閉じた。
 目の前が赤くなったり、金色になったり、虹色になったりした。それは綺麗なのだが……。
(やべ……吐きそ……)
 シンタローは口元を押さえたくなったが、体が動かない。
「ぎゃあああああああああ!」
 ザザザ……と、機体は林の茂みに突っ込んだ。
 そのまま、しばらく止まる。吐き気もどこかへ飛んで行った。
「な……何だ? ここは」
 シンタローはきょろきょろと辺りを見渡す。
「ハロー、シンちゃん」
 グンマの能天気な声が車の中にする。
「んだよ。グンマ」
「シンちゃん、平気?」
「ああ、何とかな」
「やっぱり僕達の計算は合ってたんだねぇ、キンちゃん♪」
 グンマは彼の近くにいる従兄弟に話しかけていたらしい。
「待て待て待て。これって……成功ってことか? 俺は人っ子いないところに着いたんだが」
「もうじきわかるよ。シンちゃん、若い叔父様達に挨拶して来ないの?」
 ああ、そうだ。それが目的だった。
「そうだな、じゃ、行ってくる」
 一応、タイムマシンは隠しておいた。
 林を抜けると、ガンマ団士官学校だった。
 自分の母校なので、様子はよくわかる。
 サッカーにいそしんでいる者、ラグビーをしている者、三人で固まって話をしている者――。
 楽しそうな声が空に木霊している。
(うーん、青春だなぁ)
 もうとっくに学校を卒業したシンタローにとっては、全てが懐かしい。おじさんみたいな感慨も浮かんでくる。
「ジャーン!」
 な、何と……!
 そこには若いサービス叔父さんが!
「ジャンー! 早く来いよー!」
 サービスが笑っている。
 切れ長の目、さらさらの金色の髪、若い声。
 本当に、二十六年前に来てしまったのだ。
「叔父さん!」
 シンタローが駆け寄った。サービスが顔を曇らせた。
「誰がおじさんだって?」
「いや、その……人違いです」
 シンタローはわたわたと慌てて釈明した。
「――おまえ、ジャンじゃないな。似てると思ったけど。他人の空似か?」
「え?」
「ジャンの髪はこんなに長くない」
 サービスは、シンタローの後ろ髪を長い指先で梳いた。
「済まない。僕も勘違いをしたようだ。それじゃ」
「ま、待って……叔父さん、じゃなかった、サービス」
「何だ?」
 眉間に皺を寄せている顔も美しい。
(ああ、やっぱり叔父さんは若くても綺麗だな)
 ジャンが夢中になるのも少しわかった。
 かと言って、ジャンにサービスを渡す気などさらさらないのだが。
「俺の名はシンタロー、えっと……」
 これから何て言おうか。
 タイムマシンでこの時代に来た、と正直に言うか……いや、信じてもらえないだろう。まず頭の可哀想な人として、ひょっとすると、その類いの病院に入れられてしまうかもしれない。
「この国には旅行で来たんだ」
「旅行ねぇ……」
 サービスはうさん臭げに見遣る。
「それより、君はジャンの親戚か?」
「まっさかー。そんなはずありませんよ」
 あんなチンと人違いされるのだって迷惑なのである。相手がサービスだから言わないけど。
 それに、ジャンには一度殺されている。いつもは二人とも明るく振る舞っているが、シンタローのジャンに対する遺恨は消えない。
 青の秘石が、ジャンそっくりに自分を造ったのだ。おかげで大変な目に合った。
 おまけに、青の番人の影だなんて言われて――。
(おっと、叔父さんの前だった)
「君の名前は?」
 もう既に知っているが、初対面のふりをしないとまずいかもしれない。
「サービス」
 サービスは素っ気なく言った。
「宜しく、サービス」
 シンタローはありったけの笑顔で応えた。だが、サービスはふい、とその場から歩き去ろうとした。
「ま、待って……」
 シンタローは急いでサービスの跡を追った。
「俺、ここ初めてなんだよね。案内してもらえるかな」
 そう。まずはサービスに近付かないと。
 サービスは仏頂面のまま振り向いた。
「わかった。いいよ」
 警戒心は解いていないようだが、本当はサービスは優しい青年なのだ。そんなところは、年を取っても変わらない。
「どこに行く?」
「どこって……どこでもいいけど……」
「兄さんには会った? マジック兄さんの方」
 毎日顔見てます! ……シンタローは心の中では力いっぱい頷いたが。
「でも……あー、この時代の親父……じゃなかった、マジック総帥は見てないなぁ……」
「今日、学校にマジック兄さんが来ているんだよね。君も会わないか?」
 もちろん、と答えたのは言うまでもない。
「マジック兄さん」
 理事長室の扉の前にサービスとシンタローがいた。
「入りなさい」
 マジックが威厳たっぷりに答えた。
「マジック兄さん、こっちはシンタローさん。旅行に来たんだって」
 ちらっとマジックがこっちを見た。
(すげー。かっこいい……)
 シンタローは思わず見惚れてしまった。
(何か、親父ではないみたいだ……)
「シンタローくんか……宜しく」
 いつもみたいに『シンちゃーん』と鼻血出したりしない。
 これが、あの親父と同一人物なのか――と、シンタローはまじまじとマジックを観察していた。
 マジックは鷹揚に微笑んだ。いかにも余裕たっぷりに。若きガンマ団の総帥。さすがに威風堂々としている。
 シンタローは壁時計を見た。十二時になったばかりだ。タイムンマシンに乗ったのはまだ朝のことだった。着くタイミングとか時間には少しズレがあるのかもしれない。

時を駆けるシンタロー 6
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