時を駆けるシンタロー
2
 ヴヴヴ……と耳障りな音を立てて――
 どっかーん!
 と、グンマのロボットは爆発した。
「てめぇ! まーた不良品ロボット作りやがって!」
「わぁん! ごめんよぉ、シンちゃーん!」
「グンマ様をいじめる奴はこの私が許しません!」
「だって、何度目だと思ってるんだ? 反省してんのかよ、馬鹿グンマ!」
 シンタローはすっかりおかんむりだ。
「わかったよ……今度こそ成功させるから」
「わかってねぇ! もうこんなガラクタ作るなよ!」
「そんなぁ……シンちゃーん!」
 グンマは泣き始めた。
「掃除と飯作りはおまえがするんだな」
「ええっ?! 僕、ご飯なんて作れないよー。シンちゃんの方が上手なのにー」
「まぁまぁ。私も手伝いますから」
 シンタローはグンマと、鼻血を出しながらグンマを慰めている高松を後目にてくてくと外へ歩いて行った。
 向こうから、サービスとジャンがやってくる。煉瓦の道を歩きながら。シンタローはちょっとムッとした。
 ジャン――あいつは、叔父サービスの親友。そして――シンタローを一度殺した男。
「よぉ! シンタロー」
 ジャンは無駄に爽やかに声をかける。
(おまえになんか用はないんだよ、ばーか!)
 シンタローはジャンに対して、心の中で舌を出す。
「叔父さん!」
「シンタロー。今日は、一緒にランチでも食べに行くか?」
「え? 本当? 行く行く」
「俺も一緒だぜ。最近ロクなもん食ってねぇからな、俺」
 ジャンが割り込んできた。
 シンタローの表情から輝きがすっと消える。
「わりぃ……俺、用事思い出した」
「用事って……どこ行くんだよ、おーい!」
 シンタローは駆け出した。
 ジャンはサービスが好きなのだ。そして、サービスも……。
 シンタローはぴっと涙が出てきたのを感じた。彼もサービスが好きなのだ。
 好きなのに……。
「叔父さん……」
 シンタローは涙を拭った。
 シンタローだって、ずっとずっとサービスが好きだったのだ。子供の頃から。
 ジャンのどこがいいのだろう。間抜けだし、足は臭いし……。
 いや、強くて頭がいいのはわかっている。でも、それだけじゃない。
 ジャンには、人を惹きつける、人間的な磁力みたいなものがある。
 それに、あの男はサービスとは士官学校からの付き合いだ。サービスも、ジャンの魅力に惚れているのだろう。男惚れというやつだ。
(ジャンの……馬鹿野郎……)
 また、涙が出てきた。
(今の俺じゃ、奴に勝てない)
 ならどうしたらいいのか――自分でもわからない。
 完全に泣くのが止まってから、シンタローは家に戻った。
「はぁい! シンちゃん!」
「親父!」
 元ガンマ団総帥のマジックが、ピンク色のエプロンを着て、台所に立っていた。
 マジックに心酔している団員達が、この格好を見たら、何て言うだろう。――と、シンタローは昔から思っていたものだ。
 けれど、今はその格好を見ると、すごく安心する。
「今朝は、シンちゃんの好きなカレーだよ」
 朝からカレーか……とは思ったが、お腹が鳴った。空腹には勝てない。
 それに、マジックの作るカレーライスは、超がつくほど美味しいのだ。
(パパの作ったカレー、僕、大好き!)
 小さい頃は、そんなことも言ってたものだ。
「シンタローくん」
 高松が声をかけてきた。鍋の黒ずみを擦りながら。
「グンマ様を許してあげていただけますか?」
「ああ、それはいいけどよ……あいつ、どこ行った?」
「今、キンタロー様と新しい研究の最中です」
「あいつ、また懲りずに……!」
「いいんですよ! 私が、もうここはいいって言ったんですから!」
「でも、後片付けぐらいはさせとけよ! 甘やかし過ぎなんだよ、ドクターは!」
 ドクターとは、シンタローが高松を呼ぶ時の言葉である。
 高松は医者だ。時々人を実験台にする悪癖がなければ、名医として通っただろう。
「ああ。シンちゃん。グンちゃんに手伝わせると、時間がかかって仕様がないから、ここは私達に任せてくれるよう、こっちから頼んだんだよ」
 マジックが言った。
「ああ?! 親父! アンタまでグンマを特別扱いするのか? いくら実の息子だからって!」
「それは違うよ、シンちゃん……」
「アンタらがグンマに何もさせないから、あいつは役立たずのままなんだよ!」
「シンタローくん」
 高松が静かに名前を呼んだ。だが、眉を寄せた高松は垂れ目のくせに殺気立っている。
 シンタローも少しぞくっとした。
「グンマ様の悪口を言わないでいただきたいですね」
「グンマの悪口なんか言ってねぇだろ! アンタらがあいつに何もさせないって言ってるだけで」
「それでも! グンマ様はあれでいいんです。私は、グンマ様に仕えられるだけで幸せなのですから」
「だけどなぁ……」
「シンちゃん、いつか私が何とかするからね」
 マジックが横合いから話に入る。
「親父の何とかする、は宛てになんねぇよ」
 シンタローにも甘かったマジックだ。グンマにも甘いのだろう。マジックという男は、家族には温かいマイホームパパの一面を見せる。
「それに、高松もさぁ、グンマは親父の息子なんだろ? もう演技は必要ないんじゃない?」
「演技、とは?」
 高松が訊き返した。
「グンマが、ルーザーの息子である、と思わせる演技さ」
「何言ってるんですか。グンマ様はグンマ様ですよ」
 高松はしれっと言った。
「まぁいい。俺、グンマ引っ張り出してくる」
「乱暴はしないでくださいね」
「わあってるよ、高松。なるべく手加減するよ」
「ちょっと不安ですが……お任せします」
 シンタローは、「おう」と言って二階に上がった。そして、グンマの部屋の前に立った。
 色々な機械がごちゃごちゃとある。全てガラクタだ、とシンタローは考えている。グンマはもう、シンタローが部屋の外にいることを知っているだろう。
「シンちゃん、入って」
 機械を通して、グンマの声が聞こえる。自動扉が開いた。
「グンマ、あのな……」
 高松や親父に面倒かけさせといて悪いとは思わないのか? そう言おうとした時だった。
「ほら、やはりシンタローは来たぞ」
 ルーザーの本当の息子、今はシンタローとグンマの従兄弟であるキンタローが振り向きざまに声を発した。

時を駆けるシンタロー 3
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