時を駆けるシンタロー 結局、銀色の車(タイムマシン)が消えたこと以外、はかばかしい情報が得られなかったシンタローは、ライアンが何度もお礼を言うのを、 「いいってことよ」 と軽く流した。 授業が始まり、シンタローはそろそろ学校を後にしようと思った。 ハーレムの姿はない。 きっとどこかで時間を潰しているのだろう。先に帰ったのかもしれない。 シンタローはタイムマシンを探すことに決めた。 その前に、マジックやサービスや――ハーレムにもお別れを言っておきたかった。 守衛のおじさんだったら知ってるだろうか。 一緒に茶でも飲んでいるかもしれない。――有り得る。 (まぁ、変わり者同士話が弾んでいるんだろう) シンタローはハーレムが自分の叔父であることを忘れている。 一階のとある部屋で――。 「やだって、言ってんだろぉ……」 と、弱々しい啜り泣く声がする。 誰だろう。いじめだったら止めに入んないと――。 でも、この声には聞き覚えがある。ハーレムだ。 ハーレムが誰かに苛められてんのか――? シンタローの足はぴたりと止まった。スライド式の部屋の扉が、ほんの少し開いている。 「それで抵抗してるつもりかい? ハーレム」 ルーザーの、理知的な声。 (え? 何で――?) ルーザーは確か研究所じゃ……。 でも、それも嘘かもしれない。 それとも、時間があったから、この学校に寄ったのかもしれない。 シンタローの思考がぐるぐる回る。 「何で研究所じゃねぇんだよ」 「実験が早く終わったからね……ハーレム、いつにもまして可愛いじゃないか……シンタローくんとやらのおかげかな」 「あっ、やだっ!」 シンタローがぴくっと反応する。 (えーい! 何が何だかわかんないけど助けなきゃ!) 赤い非常ベルがある。ガシャンとガラスを割ってボタンを押した。 ジリリリリリリリリリ! 校内にサイレンが鳴り渡る。 「あっ、ハーレム!」 がらりと開いて、着衣の乱れたハーレムが出て来た。 「ハーレム!」 シンタローは咄嗟に少年の手を取って廊下を走って庭へ出た。 『緊急事態発生! 緊急事態発生!』 校内が俄かに騒がしくなった。生徒の足音。サイレンの音。 シンタローとハーレムは人ごみに紛れて外へ脱出した。こういう時は、校門の判別機械もスクランブルモードになっている。不審人物でない限り誰でも出て行くことができるのだ。 「ふぅ……」 シンタローが汗を拭う。 大きな木の陰で、シンタローとハーレム、二人きり。 「シンタロー……」 「……何だ?」 「助けてくれて……ありがとう」 「ああ、そのことか」 シンタローは深呼吸をした。 「――……ルーザーとのこと、訊かないんだな」 「訊いたってどうしようもねぇだろ」 「そうだな……」 ハーレムはシンタローの前に回り込み、キスをした。 「俺……アンタに礼がしたい。何がいい?」 何か――。 ハーレムに求める何か。 俺は――アンタを抱き締めたい。 シンタローは本能の命じるままにした。 「これで……いいか?」 「いいよ、アンタなら……」 そして、深い深い口付けをする。 「これから、どうする?」 ディープキスの後、シンタローが唇を離して尋ねる。 「この近くに……モーテルがある。そこへ行こう」 二人の喘ぎ声が混ざる。 体が、熱い。 ハーレムの右の乳首を弄ると、彼は高い声を出す。シンタローの欲望の通りだった。 「ハーレム……」 「あうっ……」 なんてこの少年は……こんなにも色っぽいんだろう。なんていい匂いがするんだろう。シャンプーと石鹸の香りだ。――そして、ルーザーの香水の微かな残り香も。 いや、それだけではない。この少年の体臭には、男をそそる何かがある。 この少年を抱いた男――ルーザーにシンタローは嫉妬した。 シンタローは何度も欲を放った。ハーレムも幾度も頂点に上りつめた。 そして―― 「シンタ……ロッ……」 悩ましげな声を上げて、ついにハーレムが力尽きた。 ハーレムは眠っている。 「ハーレム……」 「ん……」 彼は寝言で答えた。いや、寝言ですらない。状況がわかってんだろうか。 (まぁ、いいさ――) 最後にハーレムを抱けたんだ。満足さ。 これで歴史も変わったかもしれない。キンタローにバレたら、いろいろ大変だろうな――。 もしシンタローが若い少年時代のハーレムを抱いたと知ったら、キンタローはどうするだろうか……。 「…………」 ――もしもの時の話をしたって仕方がない。もう、なるようになる。 元はと言えばあいつらが悪いんだ、ちょっとイイコトしても、とやかく言われる筋合いはない。でも――。 (ハーレム……すまない……) アンタを巻き込んで、すまない。 ルーザーとのことでもいろいろ揉めてたのに――俺はそこにつけ込んでしまった。 でも俺は――アンタが好きだ。一目惚れだった。元の世界で散々アンタのこと、見て来たのに。まるで――まるで、初めて会ったみたいに。 名残惜しいけど、俺は去らなければならない。 ぎしっと、床が軋んだ。 ハーレムが寝返りを打った。綺麗な寝顔だった。 「あばよ」 沢田研二の『サムライ』の歌を想い浮かべながら、シンタローは部屋を出た。 早く、タイムマシンを見つけ出さなければならない。ざかざかと街を歩く。 シンタローは自分が厳しい面をしていることに気がつかなかった。マジックやサービスのことも――あんなに憧れていたサービスのことさえ今は忘れていた。 2012.12.20 時を駆けるシンタロー 18 BACK/HOME |