時を駆けるシンタロー どっかん! 大きな音がして、車がシンタローの上に落ちて来た。 「だっ! だああああああっ! 誰だっ!」 車が退いた。見覚えのある、銀色のボディの車。 まさか――。 「大丈夫か?」 男の声がした。運転していたのはその男だろう。 現われたのは、美形の青年だった。女顔だが女々しい感じを受けないのは、どこか生意気そうなところと、均整のとれた体つきのせいだろう。少し、若ハーレムにも似ている。 (誰だ、こいつ――) 「ああ、すまん。俺、運転下手なんだ」 青年は頭を下げた。 「怪我なかったか?」 「大したことはない――アンタは?」 「ああ、申し遅れた。こういう者だ」 青年が名刺を渡した。 『タイムパトロール ニ十世紀支部部隊長 鈴村真雪』 「へぇー、アンタも隊長なのか」 「え?」 「いや、何でも」 隊長と知って、シンタローは再びハーレムのことを思い出す。 「車泥棒はおまえさんか」 「失礼な。俺は泥棒からアンタの車を取り返してきたんだぜ」 『シンちゃーん』 ――能天気な声がする。 「グンマか!」 真雪が携帯を渡してくれた。 『ごめんねー、大丈夫だった? 変なことにならなかった?』 「大丈夫だよ」 『良かった。――キンちゃんに変わるね』 『シンタロー。平気か』 「――まぁね」 シンタローは苦笑いした。こいつにはハーレムと寝たなんて言えねぇな。言うつもりもねぇけど。一応、話が終わった後、真雪が言った。 「俺が元の時代に送って行ってやるよ」 「事故は起こすなよ」 「わぁってるよ」 やっぱりこの真雪という青年はハーレムに似ている、とシンタローは思った。 「ま、お言葉に甘えるとしますか」 「ああ。お、来た来た。俺のバイクだ」 シンタローの乗った車は真雪のバイクと一緒に過去の世界を後にした。――シンタローは元の世界に帰ることができた。 「シンちゃーん!」 グンマが駆け寄ってきてシンタローに抱き着いた。 「離せ、グンマ。あ、キンタロー」 前髪を真ん中分けにした青年――キンタローをシンタローは呼んだ。 「実験は一応成功だったみたいだな。余剰エネルギーでどこかの馬鹿がタイムスリップしたみたいだがな」 「そっか」 「それを取り戻してくれたのが鈴村真雪さんてわけ」 「それにしても驚いたよ。ニ十世紀なんてとんだ僻地に飛ばされたと思ったらこんな天才コンビがいたんだからな」 「えへへへへへ」 「じゃあ俺は帰る。あばよ」 真雪は真っ赤なバイクと一緒に姿を消した。 「さ、結果を報告してもらうぞ。シンタロー」 「あ……それ、後でダメか?」 「何を言ってるんだ。言えないことでもあるのか?」 「それは――」 「シンタロー」 それは、先程までシンタローが聴いた声より多少太くなった声だった。――ハーレムだ。 「ハーレム!」 「いよう。ちょっと話がしたくてな」 「いいっすよ」 ああ、喜びが止まらない。シンタローにはハーレムがいつの間にか慕わしくなっていた。キンタローが不機嫌そうな顔になった。 「俺もついていっていいか?」 「俺はシンタローと二人で話がしたいんだ」 「――だそうだ。わりいな。キン」 「……仕方ない」 キンタローは溜息を吐いた。シンタローはほっとした。 (ハーレムとのあのことを知ったら、キンタローに殺されかねないからな……) シンタローはハーレムと共に歩いた。 「別荘へ行く」 「うん」 さわさわと風が二人の髪を靡かせる。シンタローはどきどきした。 別荘はバンガローである。テラスに出て、水面のきらきら光る湖を眺めていた。 「シンタロー……」 「何ですか? ――ハーレム……叔父さん」 シンタローは『叔父さん』をついでのように付け足した。 「モク、吸うか?」 「うん」 シンタローだってもう大人である。煙草ぐらい吸えるのだ。煙草の煙が目にしみる。紫煙をくゆらせてハーレムが言った。 「グンマ達な……あれ、かなり心配してたぞ。俺のところまで連絡が来るぐらいだからな」 「そっか……」 でも、おかげで思いもかけないハプニングもあった――とシンタローは心の中で思った。 ルーザーなんか関係ない。この男が好きだ、とシンタローは思った。 髪はライオンみたいだし、性格も荒っぽいけど―― 好きだ。 もちろん、少年の時のような瑞々しさはない。けれど、男としての色気はますます増したような気がする。 「心配したんだぞ。このガキ」 ハーレムが軽く小突いて来た。 「すみません……」 「まぁ、おかげで昔のことを思い出したよ。アンタは俺の初恋のヤツに似てると思った」 「初恋?」 「ああ。シンタローという名だった」 シンタローは、タイムマシンのことを話そうかどうか迷った。結論の出ないまま、シンタローは湖を見つめ続けている。 ハーレムはルーザーが初恋ではないのか? つい、(そのシンタローというのは俺なんです)と口をついて出て来そうになるのを何度も我慢した。 「おまえにゃ関係のない話かもしれんがな」 大いにあるぜ、ハーレムとシンタローは心の中で呟いた。 「――家に入るか?」 「いえ。しばらくこうしたいです」 「そうか――俺もだ」 言えぬ想いを抱いたまま、シンタローとハーレムは黙ってそこに立っていた。何も言わないのに、お互いにしかわからない言葉で長い話し合いをしたようなそんな気分だった。 後書き 今年のシメはこれです。これで時駆けは一応終わりです。 この話、ずっと書きたかったんですよね。書けて良かったです。シンハレも書けたし。まぁ、いろいろ課題は残ってますが(笑)。 今年中に終わらせることができて良かった良かった。 鈴村真雪は友情出演ね(笑)。 時駆けが終わった今、PAPUWAで書きたいのは『グッドナイト・ウィーン』と『南の島の歌』ですね。 良いお年を! 2012.12.31 |