時を駆けるシンタロー
16
 シンタロー達はマジックの車で士官学校まで送ってもらった。通り道だからだと言うのだ。
「じゃあね、二人とも」
「はいはい」
「あ――ありがとうございました!」
 気力なく手を振るハーレムに、慌てて礼を言うシンタロー。マジックは笑顔で窓を閉めた。
 士官学校にはいかめしい門がついていた。
 今まで出入り自由だったのだが、あまりにも脱走する生徒が多くて、この年から校門を設置することにしたらしい。
 その話をしていた時、ハーレムが面白くなさそうな顔だったのは、彼がその脱走者の一人だったからであろう――これは後から知ったことだが。
 しかし、ハーレムは退学した。
 彼はシンタローの横に並んで、「開けてくれ」と言った。
『アナタハコードST0022 ハーレム・ブルーシークレット デスネ』
 校門に取りつけてある機会が喋った。
「おう、確かに俺だ」
『トナリニイルノハ?』
「シンタローだ」
『コードFV5211 シンタロー タシカニカクニンイタシマシタ』
 この校門の判別機械は守衛のおじさんが造ったものだと聞く。シンタローくんも入れるようにしておいたからね、とマジックが言っていたのを思い出す。
 ハーレムはいつだったか、何で俺の周りには変な物造る奴しかいねぇんだ、とぼやいていたが――。
 類は友を呼ぶ――というには、ハーレムには発明家としてのスキルがない。
 グンマと当時の守衛とは、学生時代(シンタローの)、馬が合っていたように思う。主に発明関係で。
 シンタローは発明家とは変人の謂だと思っていたが、ハーレムも同じ意見であったらしい。眉を寄せて難しい顔をしている。
『ドウゾ、オトオリクダサイ』
 機械には人工知能が組んであって、簡単な受け答えならできるようになっている。よく造ったもんだと感心もするが、呆れもする。
 誰かよそ者が入って来た時にはこうやって誰何するのだ。ハーレムだって、退学したのだから部外者には相違ない。
(それにしても、よくこんなレベルの学校を退学したな――)
 シンタローは首席で卒業した。士官学校の勉強は程度は低くなかったが、がんばればなんとかなった。
 ハーレムは頭が悪い。そうとしか思えない。
 格好だってアホだしな――。
 シンタローはじっとハーレムの格好を見つめた。皮の繋ぎに皮パン。ひと昔の不良だってもっとおしゃれな格好はしてるはず。
 何でだろう、わっかんねぇな。
 シンタローは己がハーレムに惹き付けられるのを感じる。美少年だからでもなく、性格もいいわけでもないはずなのに――。
 どうして? どうして?
 俺は、ハーレムに惚れてるのか――?
 ハーレムがこっちを向いていた。
「何じろじろ見てんだよ、ばーか」
 くっ、可愛くねぇ……。
 しかし、ハーレムが赤くなっているのをシンタローは見逃さなかった。
 やがて、ガラガラと戸が開いた。
「よっ。不良息子」
 守衛のおじさんが手を振った。ハーレムのことだろう。
「おう。アンタは相変わらずだな」
「ははは。戦場ではどんな活躍をしてるんだ?」
「『ガンマ団にハーレムありき』と言われてるよ」
「学校辞めて随分だなぁ……寂しいよ」
「なぁに。俺のこと散々邪魔者扱いしたくせに」
「それがなぁ……おまえさんがいないと何となく寂しいんだよ。――戦場では命落とさんでくれよ」
「もちろんだとも」
「ここの卒業生も死んだ奴いっぱいいるからなぁ……」
 守衛は遠い目をした。
「おい、そんな話、そのぐらいでいいだろ。客だぞ」
「や、やぁ……」
 シンタローは控えめに言った。ここから自分が士官学校に通う未来で、自分のことを覚えられていたら少々困ることになるのではないかと思ったのだ。
 しかし、守衛がそんなことをほのめかすことはなかった。きっと忘れているのだろう。それとも今から頭にインプットされるか――。
 シンタローが思考を巡らしていると――。
「シンタローだ。今、俺の家に泊ってる」
 と、ハーレムが紹介してくれて、堂々巡りを断ち切ってくれた。
「そうかそうか。ようこそようこそ」
 守衛が手を出したので、シンタローも握り返す。こんな日常の一シーンなど、彼は覚えていないだろう。忘れてくれるといいな――シンタローは密かに願った。
「ところで、ジャンとは兄弟かね」
「え?」
「――いや、違うな。ジャンとアンタとでは、なんていうんだろうか……オーラ、そう、オーラが違うんだな」
 どう違うのか訊いてみたい気もしたが――。
「おい行くぞ」
 とハーレムに促されたので、ではまた、と言い置いてシンタローもハーレムの後を追った。
「シンタローさん!」
 サービスは、シンタローの顔を見るなり嬉しそうな声を出した。
「よっ、サービス」
 今は休み時間らしい。廊下に出てだべっている者がたくさんいた。
「来てくれたんだね」
「ああ……」
 やっぱりサービス叔父さんは美少年だな。髪はさらさらだし、肌はきめ細かいし……。
 面白くなさそうにそれを見ているハーレムの視線も今は忘れた。
「サービスー。問5わかんねぇー。教えてくれー。あ、シンタローさん」
 教室から出て来たジャンはぺこりと頭を下げた。
「よっ、ジャン」
 守衛やまだ若いマジックには気後れしていたシンタローも、ジャンには親近感を覚えた。たとえ、自分を殺した相手でも。
 やっぱり、自分と同じ顔って、親しみ持つよなぁ。
 ま、俺の方がいい男だけど――シンタローはさらりと長い黒髪を垂らした。
 サービスに憧れていたシンタローはずっと髪を伸ばしたいと思っていた。伸ばしたら、しばることも忘れずに行おうと。それはつまり、シンタローの学生の時のサービスの髪型だった。
 サービスも長い金髪を束ねている。綺麗な髪だ。触りたい、と思ったが、それはあまりにも無作法だろうと考えた。
「またかよー」
 どっと廊下の隅で笑い声が上がった。シンタローはつい耳をそばだてた。
「ほんとだってば。俺見たんだぜ」
「またライアーの嘘だよ」
「違う。今度は本当に違う。車が目の前から消えたんだ!」
「車が異次元にでもとんでいったのか? だっせー話」
「SF映画監督に任せりゃ、もっと面白い作品作ってくれるぜ」
 俺、ちょっと用事思い出したわ、と言い残して、シンタローはサービス達がいた場所を後にした。ハーレムがうろんげに首を傾げるのにも気に止めない。
「君達、もっとその話よく聞きたいんだけど」
「何だよ、おっさん」
「えい、誰がおっさんだ! ――君は?」
「ああ、こいつ、ライアーつうんだよ」
「ライアー? 変わった名前だね」
「本名はライアンと言います。――消えた自動車について話をしてたんですよ」
「消えた自動車? もしかして銀色のボディーの?」
「そうですそうです!」
 ビンゴ!
「おい、ライアー、君は嘘つきじゃない、ただ、見てはいけないもんを見てしまっただけだ」
 シンタローはライアー、いや、ライアンの肩を慰めるようにぽんぽんと叩いた。ライアンは地獄で仏に会ったような顔付きをした。
「世の中にはおまえさん達がすぐには信じられねぇような出来事があるんだよ、ほんと」

2012.12.3


時を駆けるシンタロー 17
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