時を駆けるシンタロー
15
 シンタロー達は何となく波乱の幕開けを潜めているような沈黙の中で食事を始めた。
(やりづれーな……)
 かちゃかちゃと、ナイフとフォークの音だけが響く。
 ハーレムはむっつりとしていた。覇気がないように見えるのは気のせいだろうか。
(ハーレム……)
 気ぶっせいに見えるハーレムを心配して、シンタローは彼のことばかり眺めていた。
 ルーザーがきらりと光る眼でそんなシンタローを観察しているのにも気付かない。
「そうだ、シンタローくん」
 マジックがようやく口を開いた。
「探してた車ね……あれ、まだ見つからないんだ」
「そうか……」
 あのタイムマシンは普通の車としても使えるようだからな。でも、一応タイムトラベルはできるのだ。悪党か、さもなければマッドサイエンティストの手に渡ったら大変なことになるかもしれない。ただかっこいいから盗んで行ったという一般ピープルならまだいいが。――いいや、それも良くないけれど。
 それにしても、ガンマ団の力をもってしてもまだ見つからないのか。グンマとキンタローの共同発明品だ。暴走してなきゃいいが――いや、今は余計な心配したって仕様がない。
「報告感謝します。マジックさん」
「いやいや」
 マジックが笑った。
 ハーレムは目を伏せたまま食事に夢中になっている。ルーザーの方はと見て取ると……。
 普段と変わらない様子でパンを口に入れている。
 それにしても、旨いな、この料理。
 シンタローも次々に手を伸ばす。
 この頃から、マジックには料理の才能があったのだ。いろんなことのできる男である。
 しかも、料理のスキルは多分シンタローより上だ。
 何でもやれる男と比較されて随分苦しんだなと、甘酢っぱい思い出に浸りながら、シンタローはスープにパンを浸す。
 それにしても腹が立つ。こんな何でもできる男がいていいのか。
 しかも、それが自分の父親なのだ。どうも複雑である。
 それにしても、どうして発明しか能のない、しかも失敗ばかりしているグンマとこの男は親子なのだろうか。
 シンタローの母親――つまり、グンマの母親も何でもできた。
 グンマは鬼っ子なのだろうか。しかし、本人はそんなことを気にも留めず、せっせと従兄弟のキンタローと共に発明に勤しんでいる。
 実は優しいところ以外、共通点がない。
 あ、あと、変態なところがあるか――ハーレムの台詞を思い出す。
 しかし、グンマだってハーレムには言われたくないであろう。
 グンマは幸せ者だ。根なし草のシンタローと違って。
(俺は、誰の子なんだろう)
 一応、青の秘石が親なのだろうか。青の番人アスと同じで。
 でも、石コロを親とは思いたくない。たとえどんなに綺麗でもだ。
(コタローの為に、青い秘石を持ち帰ってやりたかったんだっけ――日本へ)
 シンタローは弟のコタローのことを考える。目の大きな、可愛い金髪の子供である。そこでシンタローは、弟を目に入れても痛くない可愛がりようをしていたのだ。
 ちょうど、父親のマジックと同じように。そんなところだけ似なくてもいいだろうに。
 マジックもシンタローが子供の頃は彼を溺愛していた。今でもだ。いくつになっても父親は息子や娘を子供扱いしたがるものなのだろう。
 けれど、その方法がちょっと変わっている。
 スキンシップを図ろうとしたり、息子の人形を作っては鼻血を出していたりする。
 グンマにはそんなことしないのに、何故自分にはそんなことをするのだろう。
(俺が母さんに似ているからかな?)
 シンタローの母も、豊かな黒髪の持ち主だった。マジックは妻とシンタローを重ねて見ていたに違いない。
 母さんが生きていたらな――と思う。優しい母だった。
 ここなら若い頃の母さんに会えるだろうか。
 是非、会いたい。でも、どこにいるかわからない。だから断念せざるを得なかった。
 グンマはどっちに似たのか、謎は残るが。
 俺の方がよっぽど、あの二人に似ている。――俺はグンマに妬いているんだろうか。
「しかし、シンタローくんは困ったね。あの車がないと旅を続けられないんだろう?」
「ええ……まぁ」
 実はタイムマシンで未来から来ましたなんて言えない。そんなことをしたら、妙なことになりかねない。
 時をかける少女。
 そんな映画が昔あった。タイムスリップものは好きだ。
 しかし、もし本当に時間旅行ができるのであれば――その可能性があるから試してくれと言われても、おおかたは一旦は尻ごみするだろう。
 シンタローは、若いサービスに会いたいと言うはっきりした目的があってやって来たのだ。忘れかけていたけれども。
 思い出したら、急にサービスに会いたくなった。
「ねぇ、マジックさん。――また、士官学校へ行ってもいいかな」
「ああ、いいとも。車が発見されたら、また連絡するから」
「ありがとう」
 シンタローは元気が出て、料理をもりもり食べた。
「――俺もしばらくぶりに顔を出したい」
 ハーレムがぽつりと言った。
「へぇ。ハーレムが。珍しい」
「まぁな。おかげさんで学校生活には適応できるようになったぜ。勉強は嫌だったけどな。――今はもう学校辞めたけど、団体生活も何とかこなせるようになったよ」
 いかにも彼らしい答えである。シンタローは失笑した。
「友達も喜ぶと思うよ」
「そんなに友達いねぇけどな」
 ハーレムがくつろいでいくのが目に見えてわかった。ルーザーは底の知れない顔でにこにこしている。
 やっぱり、ルーザーとハーレムが出来ていた――いや、一方的にハーレムがルーザーに襲われていると思ったのは、単なる妄想かもしれない。
 俺、欲求不満なのかな……。
 ハーレムを見てると、つい欲情しちまう。でもこれは恋じゃない。
 初恋はサービス叔父さんだ。母親を除けば。マジックにはなーんも恋心めいたものを感じたことはない。
 サービスに会うのが楽しみだ。――高松とジャンにはそうでもないけど。
 でも、サービスには欲情したことはない。男同士だから当たり前だと思っていたけれど。
 ハーレムはその防波堤を見事にぶっ壊してくれた。
 馬鹿野郎。俺はあのオヤジになったハーレムを見ているんだぞ。キンタローが恋敵なんて真っ平ごめんだし。
 けれどハーレム。あんまり無防備にしてっと、誰かに襲われてもしんねぇぞ。
 ――俺も人のことは言えねぇけどな。いろんな意味で。
「ご馳走様」
 ルーザーが立ち上がる。
「ああ、ルーザー。今日も研究所か?」
「ええ。実験がのってきたところなので」
「変わってるよな。研究が趣味だなんて」
「ハーレム!」
 マジックが鋭い声で牽制する。――が、無駄だった。
「きっとたくさんの動物を殺してるんだろうな。お偉い学者様だ」
 ハーレムは子供の肉食獣を思わすような憎々しげな声を出す。
「まぁね。――動物実験のおかげで科学の進歩があるんだから。君だって、科学の恩恵は受けてるだろ?」
「う……」
 ルーザーの言葉にハーレムは言葉を失くしたらしかった。けれど、シンタローはハーレムに同調したかった。
 パプワ島にはいろいろな動物がいた。ナカムラ、エグチ、アライ――。イトウとタンノはいくらかっさばいても構わないが。
 変な奴らもいたけど、楽しかったよなぁ……。
 シンタローはまたパプワ島に思いを馳せる。
 あの頃が――人生で一番楽しかった。
 何と言うこともなく、ハーレムの方を見遣ると――
 ハーレムはバツが悪そうに赤くなって俯いた。
 こいつ、案外恥ずかしがり屋なのかもしれないな。そこが可愛い、とキンタローだったら言うであろう。ルーザーも言うであろうか。
(可愛いよ、ハーレム)
 ルーザーが優しくハーレムにそう言うところを想像すると、何やら嫉妬の感情めいたものが湧き起こってくるシンタローであった。

2012.11.12


時を駆けるシンタロー 16
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