時を駆けるシンタロー 『どうして? 今まで何度となくやってきたのに』 『俺はもう嫌なんだ……』 『まぁまぁ。仲良くしようじゃないか……さぁ……』 『い……嫌だ……』 嫌だああああああああああ! 「……ん?」 シンタローが目を覚ました。 人の気配がしない。辺りを見回したが誰もいない。ベッドももぬけの殻だ。 それにしても妙な夢を見た。 登場人物は二人。ハーレムとそれから――。 (ルーザー叔父さん?) 目が覚める前に、頭の中に割れるように響いて来たのはハーレムの叫び声だ。 何であんな夢見たんだろう。それに、二人ともただならぬ雰囲気で――。 (…………) ハーレムに何かあったんだろうか。 背景はわかっている。キンタローが使っていた観葉植物のやたらはびこっているサンルームだ。昔はルーザーが使っていたと訊く。 (ねみーのにな) だが、そのまま放っておくのも気がかりなことであった。シンタローはルーザーのサンルームへと向かった。 一応ドアを叩く。返事がないのでブザーを鳴らす。 「君は……?」 扉を開けて現われたルーザーが言った。もう帰ってきていたらしい。 「初めまして。シンタローです」 「ああ。君がシンタローくんか。初めまして。マジック兄さんから話は聞いてるよ」 ルーザーが和やかな笑みを浮かべる。 「ちょっと……見せてもらっていいですか?」 「どうぞ。君も植物に関心があるのかい?」 「いいえ。そっちの方は全く専門外で――」 パプワ島には奇妙な植物がたくさん生えていたな、とシンタローは思い返す。ルーザーだったら喜ぶかもしれない。 この叔父に直接会ったのはこれで二度目である。 キンタローはルーザーに心酔していた。自分の父親という以上に一人の男として認めていたのだ。 だから――あんな、ハーレムが嫌がるようなことをするわけはない……。 するわけはないのだが、何となく気になった。 (俺の見た夢は正夢が多いんだよな) ハーレムが助けを呼んでいるような気がした。 でも、気のせいかなぁ……。 ふと、植物だらけのこの部屋とは不釣り合いな重厚なドアを見つけた。 キンタローの代にはなかった。そういえばルーザーの死後、サンルームを一部改築したって聞いたっけ。 この部屋はなんだろう。 「ん? どうかしたかい?」 「いえ……あれ、何かなぁと思いまして」 シンタローがドアを指さす。 「ああ、実験室だよ」 ルーザーが笑顔でさらりと受け流す。 どんな実験室かは訊かなかった。人当たりがどんなに良くても、高松の師匠だ。もし、実験動物代わりにされてはかなわない。 あ、もしかして――。 「ルーザーさん、ハーレムはここにはいませんか」 「いないけど、どうして?」 「いや。何でもないっす」 シンタローは思った。全ては夢の中の出来事かもしれないのだ。 シンタローは勘はいい方だ。しかし、ルーザーが嘘を吐いているようにも見えない。 「すみません。お邪魔してしまいました」 「――君、ハーレムとも会ったんだね?」 「? ええ」 突然の質問に不思議がりながら答える。 「可愛いよね、あんな可愛い子いないだろう?」 「ええ、まぁ……」 シンタローはお茶を濁しておいた。 「でもね……あれは僕の弟だから」 「はぁ……」 多少独占欲の強い感じがする。 尤も、シンタローも人のことは言えない。コタローは誰にも渡さない。そう決めているのだから。 でも、コタローに殺された時はショックだった。だから、しばらくコタローの名前を口にできなかった。 ブラコンな己が帰って来たのはコタローが力を使い果たし、眠り込んで気絶してからであった。 それから一向にコタローが目覚める気配がない。 (可愛いって……それは俺がコタローを『可愛い』と思うのと一緒かな……) それだったらわかる気がする。しかし、何てブラコンの多い一族だろう。 まともなのはサービス叔父さんくらいだぜ。シンタローは尊敬する叔父のことを思った。 「じゃ、もう帰ります」 「そうしてくれるかい?」 「もう遅いですけど――ルーザーさんは寝ないんですか?」 「ん、ちょっとやることがあるのでね。でも、心配してくれてありがとう」 「いえ……」 「ふぅん、やっぱり違うな」 「何がですか?」 「ジャン君と」 あんなチンと一緒にしないで欲しい。シンタローは思ったが、口には出さなかった。 「そりゃ、ちょっとは似てるけどね。改めて見るとやっぱり違う」 ジャンに似ていると思う派と、似ていないと主張する派があるようだ。シンタロー自身は似ていないと思う。 あんな殺し屋野郎――。 シンタローはまだジャンに刺されたことを根に持っていた。仕方のない事情があるとはいえ。 ジャンの野郎は、赤い秘石に踊らされていたのではないのだろうか。それとも、足りない頭でこれが一番の得策と考えたのか。 (パプワ様はね――おまえをずっと信じていたよ、シンタロー) いつか、ジャンが言っていた。 理想的な友達関係だ、とも言っていた。俺とサービスのように――と付け足したら、ジャンはサービスにしばかれた。 まるで夫婦漫才だ。すっかり尻に敷かれている。ジャンはそれを喜んでいるようにも見えるから、マゾなのかもしれない。 いや、それはサービス相手の時だけだろう。ハーレムとはあまり仲が良くない。ジャンはハーレムのことは嫌いではないのかもしれないが、ハーレムの方で相手にしない。 取り敢えずおやすみなさいの挨拶を終え、シンタローは部屋に戻ってきた。 それからも荒唐無稽な夢をいくつか見たが、その中の夢のひとつは覚えていた。悪夢だった。 ハーレムが牢屋に入れられているのに助けに行かない自分。否、助けられなかったのだ。何故なら、シンタローはハーレムに気付かなかったのだから――。 シンタローは跳ね起きた。寝汗がじっとりと借りていたパジャマを湿らせている。 疲れてんのかな、俺――。 だが、とんでも間違いを犯したような気になったのは気のせいだろうか。 もうカーテンの向こうから光が差し込んでいる。朝になっていた。 トントントン。 ノックの音がした。 「おはよう。シンタローくん」 マジックが入ってきてシャッとカーテンを開けた。眩しくて、シンタローは目を眇めた。 時を駆けるシンタロー 14 BACK/HOME |