時を駆けるシンタロー
13
『い……嫌だ……』
『どうして? 今まで何度となくやってきたのに』
『俺はもう嫌なんだ……』
『まぁまぁ。仲良くしようじゃないか……さぁ……』
『い……嫌だ……』

 嫌だああああああああああ!

「……ん?」
 シンタローが目を覚ました。
 人の気配がしない。辺りを見回したが誰もいない。ベッドももぬけの殻だ。
 それにしても妙な夢を見た。
 登場人物は二人。ハーレムとそれから――。
(ルーザー叔父さん?)
 目が覚める前に、頭の中に割れるように響いて来たのはハーレムの叫び声だ。
 何であんな夢見たんだろう。それに、二人ともただならぬ雰囲気で――。
(…………)
 ハーレムに何かあったんだろうか。
 背景はわかっている。キンタローが使っていた観葉植物のやたらはびこっているサンルームだ。昔はルーザーが使っていたと訊く。
(ねみーのにな)
 だが、そのまま放っておくのも気がかりなことであった。シンタローはルーザーのサンルームへと向かった。
 一応ドアを叩く。返事がないのでブザーを鳴らす。
「君は……?」
 扉を開けて現われたルーザーが言った。もう帰ってきていたらしい。
「初めまして。シンタローです」
「ああ。君がシンタローくんか。初めまして。マジック兄さんから話は聞いてるよ」
 ルーザーが和やかな笑みを浮かべる。
「ちょっと……見せてもらっていいですか?」
「どうぞ。君も植物に関心があるのかい?」
「いいえ。そっちの方は全く専門外で――」
 パプワ島には奇妙な植物がたくさん生えていたな、とシンタローは思い返す。ルーザーだったら喜ぶかもしれない。
 この叔父に直接会ったのはこれで二度目である。
 キンタローはルーザーに心酔していた。自分の父親という以上に一人の男として認めていたのだ。
 だから――あんな、ハーレムが嫌がるようなことをするわけはない……。
 するわけはないのだが、何となく気になった。
(俺の見た夢は正夢が多いんだよな)
 ハーレムが助けを呼んでいるような気がした。
 でも、気のせいかなぁ……。
 ふと、植物だらけのこの部屋とは不釣り合いな重厚なドアを見つけた。
 キンタローの代にはなかった。そういえばルーザーの死後、サンルームを一部改築したって聞いたっけ。
 この部屋はなんだろう。
「ん? どうかしたかい?」
「いえ……あれ、何かなぁと思いまして」
 シンタローがドアを指さす。
「ああ、実験室だよ」
 ルーザーが笑顔でさらりと受け流す。
 どんな実験室かは訊かなかった。人当たりがどんなに良くても、高松の師匠だ。もし、実験動物代わりにされてはかなわない。
 あ、もしかして――。
「ルーザーさん、ハーレムはここにはいませんか」
「いないけど、どうして?」
「いや。何でもないっす」
 シンタローは思った。全ては夢の中の出来事かもしれないのだ。
 シンタローは勘はいい方だ。しかし、ルーザーが嘘を吐いているようにも見えない。
「すみません。お邪魔してしまいました」
「――君、ハーレムとも会ったんだね?」
「? ええ」
 突然の質問に不思議がりながら答える。
「可愛いよね、あんな可愛い子いないだろう?」
「ええ、まぁ……」
 シンタローはお茶を濁しておいた。
「でもね……あれは僕の弟だから」
「はぁ……」
 多少独占欲の強い感じがする。
 尤も、シンタローも人のことは言えない。コタローは誰にも渡さない。そう決めているのだから。
 でも、コタローに殺された時はショックだった。だから、しばらくコタローの名前を口にできなかった。
 ブラコンな己が帰って来たのはコタローが力を使い果たし、眠り込んで気絶してからであった。
 それから一向にコタローが目覚める気配がない。
(可愛いって……それは俺がコタローを『可愛い』と思うのと一緒かな……)
 それだったらわかる気がする。しかし、何てブラコンの多い一族だろう。
 まともなのはサービス叔父さんくらいだぜ。シンタローは尊敬する叔父のことを思った。
「じゃ、もう帰ります」
「そうしてくれるかい?」
「もう遅いですけど――ルーザーさんは寝ないんですか?」
「ん、ちょっとやることがあるのでね。でも、心配してくれてありがとう」
「いえ……」
「ふぅん、やっぱり違うな」
「何がですか?」
「ジャン君と」
 あんなチンと一緒にしないで欲しい。シンタローは思ったが、口には出さなかった。
「そりゃ、ちょっとは似てるけどね。改めて見るとやっぱり違う」
 ジャンに似ていると思う派と、似ていないと主張する派があるようだ。シンタロー自身は似ていないと思う。
 あんな殺し屋野郎――。
 シンタローはまだジャンに刺されたことを根に持っていた。仕方のない事情があるとはいえ。
 ジャンの野郎は、赤い秘石に踊らされていたのではないのだろうか。それとも、足りない頭でこれが一番の得策と考えたのか。
(パプワ様はね――おまえをずっと信じていたよ、シンタロー)
 いつか、ジャンが言っていた。
 理想的な友達関係だ、とも言っていた。俺とサービスのように――と付け足したら、ジャンはサービスにしばかれた。
 まるで夫婦漫才だ。すっかり尻に敷かれている。ジャンはそれを喜んでいるようにも見えるから、マゾなのかもしれない。
 いや、それはサービス相手の時だけだろう。ハーレムとはあまり仲が良くない。ジャンはハーレムのことは嫌いではないのかもしれないが、ハーレムの方で相手にしない。
 取り敢えずおやすみなさいの挨拶を終え、シンタローは部屋に戻ってきた。
 それからも荒唐無稽な夢をいくつか見たが、その中の夢のひとつは覚えていた。悪夢だった。
 ハーレムが牢屋に入れられているのに助けに行かない自分。否、助けられなかったのだ。何故なら、シンタローはハーレムに気付かなかったのだから――。
 シンタローは跳ね起きた。寝汗がじっとりと借りていたパジャマを湿らせている。
 疲れてんのかな、俺――。
 だが、とんでも間違いを犯したような気になったのは気のせいだろうか。
 もうカーテンの向こうから光が差し込んでいる。朝になっていた。
 トントントン。
 ノックの音がした。
「おはよう。シンタローくん」
 マジックが入ってきてシャッとカーテンを開けた。眩しくて、シンタローは目を眇めた。

時を駆けるシンタロー 14
BACK/HOME