時を駆けるシンタロー
12
「シンタロー、俺のベッドに寝るか?」
 ハーレムの申し出をシンタローは丁重に断った。
「ベッド、他の部屋から持って来ようか?」
「――いや、いい」
 マジックが、
「布団があるけど用意してあげようか?」
 と言ったので、それには「はい」と頷いた。
 パプワ島では敷布にかけ布団で寝ていた。あの頃が懐かしい。
 マジックが持ってきたのは高い羽毛布団だった。柔らか過ぎて少し落ち着かない。
 だけれど、せっかくの好意を無にする気もなかった。
「ありがとうございます。マジック総帥」
「ははは。気にしなくていいよ。おやすみ」
 そう言ってマジックはハーレムの部屋から出て行った。
「ふぅーっ」
 シンタローが大きく息を吐いた。
 今日はいろいろなことがあったから少々疲れてもいる。
(俺がなかなか帰って来ないと、二人とも心配するかな)
 グンマなんか泣いてるかもしれねぇ――あいつ、昔から泣き虫だったから。
 芯は強いけれど。マジックの本当の息子なだけのことはある。
(早く帰ってやりてぇな)
 コタローの為にも。コタローがいつ目を覚ましてもいいようにそばについててやりたい。
 ああ、でも今日は収穫があった。若い叔父さん達に会えたのだから。
「おまえ、年いくつ?」
 ハーレムが質問する。
「24」
「へぇー。それにしちゃ若く見えるな。日系人だろ。おまえ」
「多分ね」
 母はクォーターだと聞いていた。
「背はでかいけどな。バスケなんかやるといいんじゃねぇか」
「スラダンじゃないんだから」
「スラダン? 何だそれ」
 おっと――シンタローは口を噤んだ。
 スラダン――スラムダンクはこの時代にはまだやってなかったはずだ。
 気をつけなければいけない、とシンタローは思った。
 自分がタイムマシンで未来から来たと言ってしまうと歴史が変わってしまうかもしれない。
 確かそんな話があったはずだ。
 バックトゥザフューチャーとかも喜んで見たが、自分がいざタイムトラベラーになってしまうと、
(しんどい)
 と思ってしまうものなのだ。たとえその時代がどんなに素晴らしくても。
 帰りたい、そう思うのは本当だ。
 けれど、その前にハーレムやサービスにお別れを言いたかった。無理な注文だとわかってはいても。
(俺は黙って帰るしかねぇんだなぁ)
 また溜息を吐いた。
「シンタロー。溜息なんか吐いて――疲れたか?」
「ああ。ちょっとね」
「今までちゃんと寝てたのかよ」
「ご心配なく」
「俺さ――16なんだ。来年には17になるけどよ」
 ハーレムはサービスと同じ日に生まれた。彼らは早生まれなのだ。
「早く大人になりてぇよ。こんな家からも出て」
「だったら出ればいいだろ」
「他人事みたいに言うよな。アンタも」
「他人事だから」
 ハーレムがこの家を出ない本当の理由はわかってるつもりだ。ハーレムはサービスのことが心配なのだ。
 ブラコンめ――。
 自分のことを思いっきり棚に上げてシンタローは心の中で呟くのだった。
「アンタ、優しいな」
「はぁ?!」
 何を言ってるんだ。こいつは。
「俺の話をちゃんと聞いてくれて。他人事なのに、聞いてくれて。俺の近くにはそんな奴らいなかったからな。前は――いたけど」
 ハーレムは意外と孤独なのかもしれない。たとえ家族がいても。仲間がいても。
 シンタローはつい、昔の己とだぶらせた。
 こいつの力になってやりたい。シンタローは唐突にそう感じた。
 けれど、マジックはどうなのだろう。
「アンタにはマジックさんがいるだろ?」
「マジック兄貴は仕事で忙しいんだよ」
 アンタはいつだってマジックの味方だったな。シンタローは頭の中で考える。
「ルーザーさんは?」
 一癖ありそうなルーザーさん。でも、ハーレムを可愛がっているようだし相談にも乗ってあげてるのかもしれない。
 だが、ハーレムの反応は意外なものであった。
「あんな奴――絞め殺してやりたい」
 ハーレムの声には憎しみがあったような気がする。
 この間――と言っても、パプワ島に帰ってからハーレムはルーザーの墓に行っている。きっと自分の気持ちにけじめがついたのだろう。
 この頃のハーレムは、まだルーザーを嫌っているハーレムなのだ。
 絞め殺してやりたい――ハーレムの声には本気が混じっていた。
 そんなにひどい兄だったのか、ルーザーは。
 息子のキンタローは直情的だが優しいのに。ハーレムも渋々ながら話し相手をしているのに。
 ルーザーとハーレム。この二人の仲には何があったのだろう。
「俺はな、シンタロー。こう見えてもいっぱしの兵士なんだぜ。戦場では。人を殺したこともある」
「そうか――」
 俺もだ。
 シンタローは胸が痛くなった。ガンマ団は殺し屋軍団だった。
 俺も人を殺したことがある。そう言ったら、ハーレムはどんな反応を見せるのか。
 でも、それはやめさせたい。もう誰にも人を殺めて欲しくない。
 ミヤギにも、トットリにも、コ―ジにも――アラシヤマにも。
「おまえは人を殺したことなんてないだろ」
「あるよ」
 弾みでそう言ってしまった。
「――憎い奴か?」
「いや。殺した時は何の情も湧かなかった。今になって後悔してる」
「――俺も後悔することあるかな。今はしてねぇけど。仕方ねぇよな。戦争だもん」
「ああ――だが、戦争は早く終わらせたい」
「そうだな。でも俺、戦うこと好きだから」
「…………」
「でも、案外憎いと思う奴はなかなか殺せねぇんだよな」
 ハーレムはルーザーを殺そうとしたことがあるんだろうか。――だとしたら何故? わからない。
「夢の中では何度も殺してるのに……あ、すまねぇ。ついこんなこと喋っちまった。アンタには関係のない話だったよな」
「いいよ。喋っても。どうせ俺には関係ない」
「ありがとう。やっぱりおまえ、優しいな」
 それからは当たり障りのない四方山話をした。そのうちにシンタローは寝入ってしまった。

時を駆けるシンタロー 13
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