時を駆けるシンタロー
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「今日はね、ルーザーは研究が延びて遅くなるって。君にも紹介したかったなぁ、シンタローくん」
「はぁ……」
「あー、ルーザー兄貴がいなくて良かった」
「ハーレム!」
 マジックが怒気を込めて注意した。
「何だよ、マジック兄貴」
「そういうことは、ルーザーの前では言ってはダメだぞ」
 おいおい……じゃあ、本人がいなければいいのかよ。
 シンタローが呆れ顔になっていると、
「わぁったよ。ルーザーに言ったら、何されるかわからないからな」
 と、ハーレムが言った。
 そんなに怖いのか? ルーザー叔父さんって……。
 シンタローは疑問に思った。
 ルーザーのことについては、シンタローはよくわからない。二重人格っぽいことは聞いてたけど……。
 いつだったか、
「あいつはサイコだったな」
 と、酔ったハーレムから聞き出したが、それ以上のことはわからなかった。精々、ハーレムがルーザーを毛嫌いしていることぐらいしか知らなくて……。
(でも、ルーザー叔父さんはハーレムのこと好きなんだろうな)
 ハーレムを離したがらないって言ってたもんな。
 嗚呼、どうして、我が家にはブラコンばかりがいるのだろう。――もちろん、己も含めてだが。
(親父も、俺のこと猫っ可愛がりしてたもんな。今でも)
 つまりは遺伝子だろうと、シンタローはこの問題を片付けた。遺伝子が性格にまで作用するのかどうかはわからなかったが。
 でも、キンタローはハーレムが好きみたいだ。
 この若いハーレムを見たらどう思うだろう。やはり我を忘れて喜ぶのだろうか。
(有り得るな……)
 シンタローは想像していた。
 あのクールなキンタローが、とち狂うところを見たくもあったが――。
 それよりも早く帰らなければ。元の世界へ。
 グンマやキンタローがいる、元の世界へ。
(畜生! 帰ったらお仕置きしてやる! グンマのヤツ!)
 グンマに直接関係ないことだけれど、シンタローは八つ当たりすることに決めた。とんでもない従兄弟である。
 しかし――。
 シンタローはちらりとハーレムに目を遣る。
 ハーレムは真っ赤になってシンタローから視線を逸らす。
 その態度が初心で――。
(かっ、可愛い……)
 あのナマハゲがこんなに可愛く映るなんて……末期だろうか。
 キンタローの悪趣味がうつったかな――などとキンタローに失礼なことを考える。
「さぁ、ご飯を食べよう。今日は私の作ったシチューだよ」
 マジックがパンパンと手を叩いた。
(今日はシンちゃんの好きなカレーだよ)
 そう言ったマジックの声が重なって――。
(俺はカレーの方が良かったな)
 なんて、考えて――。
「俺、カレーの方が良かったな」
 ハーレムの声がして、シンタローはどきっとした。
 まさか、好きな食べ物まで同じだなんて。
「ルーザーの為に作ったんだが、今日はご飯の時間にまで間に合いそうにないからねぇ」
「考えなくていいよ。あんなヤツの好みなんて」
「シチューも美味しいよ」
「けっ。わかったよ」
 ハーレムは舌打ちして、クッションをソファに叩きつけた。
「いい加減にしなさい、ハーレム」
「これぐらい、いいだろ」
 うーん。やっぱりハーレムはハーレム。昔からちっとも変わってなかったんだなぁ。
 シンタローが眺めていると、
「何見てんだよ、さっきから」
 と、不機嫌な声が返って来た。
「だって――俺の知り合いにそっくりだから……」
 シンタローは取り繕った。
 知り合い――ン十年後の獅子舞……いやいや、ハーレムのことである。
「ほら。今日はお客様もいるんだから、いい子にしてなさい」
「子供扱いすんな」
 マジックはすっかり、ハーレムの親代わりである。
 お祖母ちゃんが死んでから、親父も苦労したんだろうなぁ。
 シンタローは感心して見ている。三人の弟の面倒を見るのは、並大抵のことではなかっただろう。
 それに、曲者揃いと来ている。
 いい子なのは、サービスだけだったろう。末っ子だから、要領が良かったんだ、とハーレムは言っていたが。
 要領良く立ち回ることができたのは、ハーレムと違って頭が良かったんだろう、とシンタローは考える。
 シンタローは昔から、サービス贔屓だったのだ。
「それでは、いただきます」
「いただきまーす」
 マジック達は食事をし始めた。
 シンタローはこっそりハーレムを観察する。
 何となく、様になっている。
(へぇー。意外だなぁ)
 さすが、いいとこのボンボンである。
 尤も、大人になってからのハーレムのテーブルマナーも、意外なことに及第点は取れるのであるが。この頃から、一応仕込まれてはいたんだな、とシンタローは思う。
 マジックがなんやかんやと話を続けていても、シンタローはハーレムを見つめていた。
「あん、何だよ、おまえ。食わねぇのか」
 せっかくマナ―が良くても、口の悪さで台無しだ。
「わかったわかった、食べます食べます」
 シンタローはスープを匙で掬った。
「なぁ、シンタロー」
 ハーレムが言った。
「な、何だい?」
「俺さぁ、友達いねぇんだよ」
「さもありなん」
 マジックが頷いた。
「兄貴は少し黙ってろよ。――んで、食べ終わったらポーカーやらないか?」
「イカサマしねぇだろうな」
「そんなセコいことするかよ」
 いいや。やりかねん。シンタローは心の中で呟いた。
「いいけど、食事が終わったら片付け手伝ってくれないか」
「あ、ああそう。そうだね」
「シンタローくんは、お客様だから、のんびりくつろいでいていいよ」
 シンタローくんか。この呼び名には未だに慣れない。
「でも、それだと悪いから――」
「いいよ。ゆっくりしてな」
 ハーレムがにこっと笑った。うわぁ、とシンタローは感嘆しながら見惚れるのであった。

時を駆けるシンタロー 11
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