時を駆けるシンタロー
1
 ザッ、ザザザザザッ!
 ザッ、ザザザザザッ!
 茂みを駆け抜ける足音が二つ。
 やがて、広まった場所に出た。
 タンッ!
 男が相手に踊りかかる。
 相手は紙一重でかわした。
 ザッ!
 男は着地するとその勢いのまま回し蹴りした。相手は足を掴んで男を投げた。
 男は汗を飛び散らせると、体勢を整えて相手に向かって走って行った。
 相手は足払いをかける。
 ズザザザッ!
 男は腕を地面で擦りむいた。
 相手の長い金髪がきらりと光る。
「さぁ、今朝はこれで終わりだ。それとも、またやるか?」
「いいえ。サービス叔父さん」
 男のトレーニング相手は、男の叔父だった。
 男の名はシンタロー。若く見えるが、もう二十代も半ばだ。
 若く見えるといえば、サービスは四十代だが、とてもそうは思えぬ美貌の持ち主だ。
 シンタローが擦りむいた腕からは血が滲んでいたが、サービスは「大丈夫か?」の一声もかけぬ。
 その昔、サービスとシンタローが修行していた際は、このぐらいの怪我は日常茶飯事だった。
 むしろ、この叔父の自分に甘えさせない厳しさが、シンタローには好ましく思えた。
 もしマジックがいたら、
「シンちゃ~ん!」
 と、心配して救急箱でも持ってくるところであろう。それが、大人になったシンタローには、少々煩わしい。
 シンタローは水で顔を洗った。タオルで濡れた箇所を拭く。
「だいぶ私の呼吸を読めるようになったな。シンタロー」
「えっ? そ……そかな」
 戦い方を褒められて、シンタローは照れたように頬を掻いた。
「ああ。だが、私とばかりトレーニングしていると、同じ型にハマりかねない。今度は……そうだな。ジャンを相手にしてみるといい」
「ええ~っ?!」
 シンタローが不服そうな声を上げる。
「不満か」
「いいけどぉ……チンって強いの?」
「ジャンだ。……体術なら私より強いかもしれんな」
「嘘だろぉ~?」
 パプワ島での一件以来、ジャンは『チン』と呼ばれるようになった。でも、そのすごさは変わらない。
 シンタローも彼の実力を認めるのには、やぶさかでないのだが……。
「チンがねぇ……」
 そう言って、溜息をつかずにいられなかった。
 パプワ島から帰ってきて、数か月が経つ。
「しかし、なかなか強くなってきたぞ。シンタロー」
「ほんと?!」
「ああ。いい師匠を見つけたと見える」
 パプワのことかな。
 シンタローは嬉しくなった。
 パプワとチャッピー。パプワハウスで共に暮らした、シンタローの友。
 パプワはまだ六歳だが、なかなかに強かった。そして、優しかった。もちろん、わかりやすい優しさではなかったが。
 それに、ませているように見えて、子供らしさも充分に残っていた。
 もし、パプワがコタローと友達になっていたら……シンタローはそんなことも夢想する。
 だが、それが数年後に実現することになるとは、彼はまだ知らない。
「はぁ~ぁ。気持ち良かった」
 汗を流してシンタローはさっぱりする。
「今日は暑くなりそうだな。シンタロー、水分はよく摂れよ」
「はぁーい」
「サービス~」
 胴間声が聞こえた。シンタローはかくっと力が抜けた。
 この声……シンタローと同じ声の、そして同じ顔の……。
「ジャン!」
 サービスのいらえに嬉しそうな響きが混じっていたような気がするのは、シンタローの密かな嫉妬のせいだろうか。
 シンタローはほんの僅か、眉を顰めた。
「どうした。ジャン。徹夜明けか。ひどい顔だぞ」
 笑いながら、サービスがジャンの頭をどやす。
「へへへ。グンマとキンタローにつきあってロボットを一体完成させたぜ。十体目の召使いロボットだ」
 召使いロボット?
 シンタローは嫌な予感がした。
「今、試運転してるんだけどな。シンタローにばかり手間かけさすわけにはいかねぇもん」
 シンタローの背筋にうすら寒さが走った。
 気持ちはありがたくないわけではないが、
(こいつらのロボット、すぐ爆発するからな)
 シンタローは急いで家に戻った。
「シンタロ……?」
 ジャンが何か言いたそうにシンタローを見送ったのは知っていたが、シンタローはそれどころではなかった。

 がらっ、とシンタローがダイニングルームの扉を開けた。
「あっ、シンちゃん」
 まだ白衣姿のグンマが、嬉しそうに声をかけた。
「おはよう」
「おはよう……ってそれどころじゃねぇ。おまえらの作った鉄屑……いや、ロボットはどうした」
「ちゃんと机を飾り付けたよー」
 見ると、テーブルクロスがきちんとかかっていて、真ん中には薔薇の花が一輪挿しに一本あった。
 シンタローはほっと安堵の吐息をついた。
(今度は大丈夫そうだな)
「どうしたんですか。シンタローくん」
 ドクター高松が、グンマの元へとやってきた。
「ああ。ドクター。何だ。アンタもグンマと一緒にいたのか」
「最近は別行動が多いですけどね……おお、グンマ様。お会いしたかったです」
「た……高松……」
 ぎゅううと高松はグンマを抱き締めた。鼻血を流しながら。
「おい。いい加減にしろ。その鼻血誰が洗濯すると思ってるんだ」
「ああ、それならね……心配いらないよ……」
 高松に抱き締められて苦しい息の下からグンマが言う。
「僕のお手伝いさんロボットが片付けてくれるから……」
「ならいいがな。今度こそ大丈夫なんだろうな」
「うん……大丈夫だよ……高松離して……」
「――わかりました。お名残り惜しいですが言う通りにいたしましょう」
 高松はグンマを離す。グンマが咳き込んだ。グンマもなかなかに大変ではある。
「おい……ウィンウィンゴボゴボゴボって変な音がするぞ……」
「えっ?! ほんと?! 今度こそ大丈夫だと思ったのに!」
 シンタロー、グンマ、高松がキッチンへと集まった。あまりデザインの優れない尖った鼻のロボットが黒い煙を吐いていた。

時を駆けるシンタロー 2
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