STELLA
3
「警備員の一人から、セキュリティシステムの地図を入手したんですけどね」
 高松が得意そうに、地図を広げた。
「森の方が警備は手薄ですが、こちらは罠かもしれません。そこで、私は……」
「構わん。どうせ強行突破だ。正面から逃げよう」
 ハーレムが言い放った。
「待ってください。もう少し対策を練らないと……」
「対策もクソもない。それから、おまえはさっき、森と言ったが、ほんとの森は、あんなもんじゃねぇよ」
「でも、秘密の抜け道とか、ありそうなものじゃないですか」
「あるにはあるが、俺は、正面突破で行く。どうせ、殺されるのが同じならな。それに、抜け道もあるにはあったが、そこから出て行くことが多かったせいで、兄貴に塞がれちまった」
「アンタ……アンタにも責任は大ありですね」
 高松は、呆れたように、頭を抱えた。
「ま、どうせ正面から行くのなら、私にも考えがありますが――って、ちょっと」
 さっきから密談していた部屋で、ハーレムが立ち上がり、部屋を出ようとした。
(こんなんで上手く行くんでしょうか――)
 高松は諦めかけたが、頭を振りやり、後ろ姿のハーレムに行った。
「トランシーバーは持ってってください!」

 ハーレムは、離れの近くに着くと、早速トランシーバーで高松に連絡した。
「こちら、ハーレム。今、離れの前にいる」
「じゃあ、私の秘密兵器の出番ですね」
「そっちの方は、おまえに任せる」
「――手遅れになる前に、訊きたいことがあるんですが」
「なんだ?」
「あなた、本当にステラを幸せにする自信はあるんですか?」
「ある!」
 ハーレムは断言した。
「でも、あなた、立派な夫にはなれそうもないですよ」
「なってみないうちから、わからん」
「けれど、相手もあることですし、今までの、我儘勝手は通りませんよ」
「…………」
「まぁ、いいですけれどね。これで、ライバルもいなくなるというものだし」
「ライバルって……俺とステラのどっちがライバルなんだ?」
「両方です」
 ハーレムは、はははと笑った。
「ステラを愛してらっしゃるんでしょうね」
「わからん。だが、恋はしている」
「――無駄な望みでも、一応は応援しますよ。恋が成就することを」
 これは、高松の心の純真なところから出た台詞だった。
 ハーレムはどう答えていいかわからず、トランシーバーを邪魔にならないように、懐にしのばせた。
 
 ハーレムは塀伝いに、離れの二階へひらりと飛び移った。ステラの部屋は、塀の近くだ。
 ハーレムは、窓をノックした。
 それを開けてバルコニーに現われたのは、妙齢の、今が盛りと咲き誇っている花を思わせる、だが神秘的な女性の姿だった。
「ステラ、俺と一緒に逃げよう!」
「逃げようって……ここから?」
「ああ」
「どこへ逃げるの?」
「ルーザーのいないところ」
「ハーレムは、まだあの人を毛嫌いしているの?」
「まぁな」
 ハーレムは、うやうやしく、ステラの手の甲にキスをした。
「俺と、来ないか?」
「…………」
 ステラは、返事をしなかった。彼女の眼には、これまでになかった、冷たいものがある。それは、普段なら、ほんの微かにわかるぐらいだったが、夜闇の中では、はっきりと目立つ。
「来いッ!」
 ハーレムは荒々しく、ステラを体ごと抱き上げた。驚く程軽い。ハーレムは、バルコニーから、飛び降りた。足に痺れが来たが、そんなことには構ってられなかった。

「あ、ああああああっ」
 一人の警備員が、大きく欠伸した。
「暇だなぁっ!」
「暇なのはいいことだよ」
 もう一人の警備員が言った。
「ん? なんだ?」
 彼らの前に現われたのは――巨大な植物の蔓!
「うっぎゃああああっ!」
 途端にモニターは砂嵐になった。

「セキュリティのメインシステムは破壊しました! この間にステラを連れて逃げてください!」
「おう!」
 ハーレムは走った。離れの庭も、広い。なんとか、ここを脱出しなければ!

 ハーレムは、ステラの手を引いて走った。
 その途端、彼らに、眩いばかりの照明が当たった。
「止まりなさい!」
 その声に、ハーレムは仰天した。ルーザーの声だ。
 ハーレムは、なおも走ろうとしたが、ステラの足は、動かない。どうやら、意志的にやっているみたいだ。風に柳の風情に見えるが、一度決めたら、てこでも動かない。そう云った彼女の性質が、よく表されていた。
「セキュリティシステムは、高松が壊したはず――なんでここに兄貴が?」
「君なら、こう行動すると思ってね。独自のシステムを急拵えして、見張ってたんだ」
 ルーザーが答えた。
「ついでに、高松君から脅された警備員も、僕にそのことを教えてくれたよ。今では、言われるままにしたことを、後悔してるって。情報も、提供してくれたよ」
 こそこそとルーザーの後ろに、警備員は隠れた。
「貴様~……ルーザーの犬め」
「悪いのは君達の方だ。さぁ、ステラの手を離しなさい」
 ハーレムの手は、名残惜しげに、ステラの手から離れた。
「ハーレム、どうしてこんなことをするんだい?」
 ルーザーは、優しいが、諭すように、弟に訊いた。人がどう動くかは読めても、どうしてそういった行動に出たかまでは読めないルーザーである。
 ハーレムは答えた。
「ステラをおまえから守るためだ」
「本当?」
 ルーザーは意外そうな声を出した。
「ステラ、本当に君は、僕から逃げたかったのかい?」
「…………」
 ステラは、黙ったままだった。
「君は、褒似に似ているね」
 ルーザーはそう評した。
「君に選ばせよう。ステラ。ここに残るか、彼と共に逃げるか」
 ルーザーは、ハーレムの方を指差した。
「――ここに残るわ」
 ステラは、かすれ声で、囁くように言った。
「ステラ!」
「ごめんなさい。ハーレム」
 ハーレムが何か言おうとするのを押しとどめたのは、ステラの流した、一滴の涙だった。
「貴方のこと、嫌いじゃなかったわ」
「じゃあ、ステラは離れでお休み」
 ルーザーは、慈愛に満ち溢れた目で、ステラに言った。
 ステラは、力が抜けて、まるで彷徨うように歩いて帰った。
 彼女が帰って行くのを見届けると、ルーザーはたちまち、口元を歪め、歯を剥いて、怒った顔を見せた。
「さぁ、高松君を呼んできなさい」
「わぁった」
 ハーレムはトランシーバーを懐から出した。
「こちら、ハーレム。悪いニュースだ」
「……捕まったんですね」
「簡潔に言えばそうなる」
「簡潔も何も、事実じゃないですか」
「貸しなさい」
 ルーザーは、トランシーバーをハーレムからひったくった。
「高松君。何故、君までこんな企みに参加したのかい?」
「るっ、ルーザー様ッ!」
「高松君。場合によっては、軍法会議にかけられても仕方がないよ」
 ルーザーが、厳しい口調で言った。
「兄貴、悪いのは俺だ!」
 ハーレムが口を挟んだ。
「俺が――俺が、ステラを好きになった、だから――」
「けれど、無罪放免にはできない。君達二人は共犯者だ」
「わかってる。でも、あいつがこんなことやったのも、おまえを慕ってのことなんだ」
「そうなのか?」
「……はい」
「兄貴。高松を殺さないでくれ。優秀な助手を失うと、何かと不都合が起きるだろう?」
「それは、僕が決めることだ」
「ルーザー様! 私は、誰よりも貴方を愛しております! 軍法会議も、死刑も厭いません!」
「悪いけど、僕は婚約者がいる身の上でね」
 ルーザーはにべもなく言った。
「今回は多目に見るよ。ただし、次はないと思いなさい」
 ルーザーは、トランシーバーを踏みつけて壊した。
 それが己の似姿に思えて、ハーレムは肌に粟が立った。

STELLA 4
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