STELLA 高松が得意そうに、地図を広げた。 「森の方が警備は手薄ですが、こちらは罠かもしれません。そこで、私は……」 「構わん。どうせ強行突破だ。正面から逃げよう」 ハーレムが言い放った。 「待ってください。もう少し対策を練らないと……」 「対策もクソもない。それから、おまえはさっき、森と言ったが、ほんとの森は、あんなもんじゃねぇよ」 「でも、秘密の抜け道とか、ありそうなものじゃないですか」 「あるにはあるが、俺は、正面突破で行く。どうせ、殺されるのが同じならな。それに、抜け道もあるにはあったが、そこから出て行くことが多かったせいで、兄貴に塞がれちまった」 「アンタ……アンタにも責任は大ありですね」 高松は、呆れたように、頭を抱えた。 「ま、どうせ正面から行くのなら、私にも考えがありますが――って、ちょっと」 さっきから密談していた部屋で、ハーレムが立ち上がり、部屋を出ようとした。 (こんなんで上手く行くんでしょうか――) 高松は諦めかけたが、頭を振りやり、後ろ姿のハーレムに行った。 「トランシーバーは持ってってください!」 ハーレムは、離れの近くに着くと、早速トランシーバーで高松に連絡した。 「こちら、ハーレム。今、離れの前にいる」 「じゃあ、私の秘密兵器の出番ですね」 「そっちの方は、おまえに任せる」 「――手遅れになる前に、訊きたいことがあるんですが」 「なんだ?」 「あなた、本当にステラを幸せにする自信はあるんですか?」 「ある!」 ハーレムは断言した。 「でも、あなた、立派な夫にはなれそうもないですよ」 「なってみないうちから、わからん」 「けれど、相手もあることですし、今までの、我儘勝手は通りませんよ」 「…………」 「まぁ、いいですけれどね。これで、ライバルもいなくなるというものだし」 「ライバルって……俺とステラのどっちがライバルなんだ?」 「両方です」 ハーレムは、はははと笑った。 「ステラを愛してらっしゃるんでしょうね」 「わからん。だが、恋はしている」 「――無駄な望みでも、一応は応援しますよ。恋が成就することを」 これは、高松の心の純真なところから出た台詞だった。 ハーレムはどう答えていいかわからず、トランシーバーを邪魔にならないように、懐にしのばせた。 ハーレムは塀伝いに、離れの二階へひらりと飛び移った。ステラの部屋は、塀の近くだ。 ハーレムは、窓をノックした。 それを開けてバルコニーに現われたのは、妙齢の、今が盛りと咲き誇っている花を思わせる、だが神秘的な女性の姿だった。 「ステラ、俺と一緒に逃げよう!」 「逃げようって……ここから?」 「ああ」 「どこへ逃げるの?」 「ルーザーのいないところ」 「ハーレムは、まだあの人を毛嫌いしているの?」 「まぁな」 ハーレムは、うやうやしく、ステラの手の甲にキスをした。 「俺と、来ないか?」 「…………」 ステラは、返事をしなかった。彼女の眼には、これまでになかった、冷たいものがある。それは、普段なら、ほんの微かにわかるぐらいだったが、夜闇の中では、はっきりと目立つ。 「来いッ!」 ハーレムは荒々しく、ステラを体ごと抱き上げた。驚く程軽い。ハーレムは、バルコニーから、飛び降りた。足に痺れが来たが、そんなことには構ってられなかった。 「あ、ああああああっ」 一人の警備員が、大きく欠伸した。 「暇だなぁっ!」 「暇なのはいいことだよ」 もう一人の警備員が言った。 「ん? なんだ?」 彼らの前に現われたのは――巨大な植物の蔓! 「うっぎゃああああっ!」 途端にモニターは砂嵐になった。 「セキュリティのメインシステムは破壊しました! この間にステラを連れて逃げてください!」 「おう!」 ハーレムは走った。離れの庭も、広い。なんとか、ここを脱出しなければ! ハーレムは、ステラの手を引いて走った。 その途端、彼らに、眩いばかりの照明が当たった。 「止まりなさい!」 その声に、ハーレムは仰天した。ルーザーの声だ。 ハーレムは、なおも走ろうとしたが、ステラの足は、動かない。どうやら、意志的にやっているみたいだ。風に柳の風情に見えるが、一度決めたら、てこでも動かない。そう云った彼女の性質が、よく表されていた。 「セキュリティシステムは、高松が壊したはず――なんでここに兄貴が?」 「君なら、こう行動すると思ってね。独自のシステムを急拵えして、見張ってたんだ」 ルーザーが答えた。 「ついでに、高松君から脅された警備員も、僕にそのことを教えてくれたよ。今では、言われるままにしたことを、後悔してるって。情報も、提供してくれたよ」 こそこそとルーザーの後ろに、警備員は隠れた。 「貴様~……ルーザーの犬め」 「悪いのは君達の方だ。さぁ、ステラの手を離しなさい」 ハーレムの手は、名残惜しげに、ステラの手から離れた。 「ハーレム、どうしてこんなことをするんだい?」 ルーザーは、優しいが、諭すように、弟に訊いた。人がどう動くかは読めても、どうしてそういった行動に出たかまでは読めないルーザーである。 ハーレムは答えた。 「ステラをおまえから守るためだ」 「本当?」 ルーザーは意外そうな声を出した。 「ステラ、本当に君は、僕から逃げたかったのかい?」 「…………」 ステラは、黙ったままだった。 「君は、褒似に似ているね」 ルーザーはそう評した。 「君に選ばせよう。ステラ。ここに残るか、彼と共に逃げるか」 ルーザーは、ハーレムの方を指差した。 「――ここに残るわ」 ステラは、かすれ声で、囁くように言った。 「ステラ!」 「ごめんなさい。ハーレム」 ハーレムが何か言おうとするのを押しとどめたのは、ステラの流した、一滴の涙だった。 「貴方のこと、嫌いじゃなかったわ」 「じゃあ、ステラは離れでお休み」 ルーザーは、慈愛に満ち溢れた目で、ステラに言った。 ステラは、力が抜けて、まるで彷徨うように歩いて帰った。 彼女が帰って行くのを見届けると、ルーザーはたちまち、口元を歪め、歯を剥いて、怒った顔を見せた。 「さぁ、高松君を呼んできなさい」 「わぁった」 ハーレムはトランシーバーを懐から出した。 「こちら、ハーレム。悪いニュースだ」 「……捕まったんですね」 「簡潔に言えばそうなる」 「簡潔も何も、事実じゃないですか」 「貸しなさい」 ルーザーは、トランシーバーをハーレムからひったくった。 「高松君。何故、君までこんな企みに参加したのかい?」 「るっ、ルーザー様ッ!」 「高松君。場合によっては、軍法会議にかけられても仕方がないよ」 ルーザーが、厳しい口調で言った。 「兄貴、悪いのは俺だ!」 ハーレムが口を挟んだ。 「俺が――俺が、ステラを好きになった、だから――」 「けれど、無罪放免にはできない。君達二人は共犯者だ」 「わかってる。でも、あいつがこんなことやったのも、おまえを慕ってのことなんだ」 「そうなのか?」 「……はい」 「兄貴。高松を殺さないでくれ。優秀な助手を失うと、何かと不都合が起きるだろう?」 「それは、僕が決めることだ」 「ルーザー様! 私は、誰よりも貴方を愛しております! 軍法会議も、死刑も厭いません!」 「悪いけど、僕は婚約者がいる身の上でね」 ルーザーはにべもなく言った。 「今回は多目に見るよ。ただし、次はないと思いなさい」 ルーザーは、トランシーバーを踏みつけて壊した。 それが己の似姿に思えて、ハーレムは肌に粟が立った。 STELLA 4 BACK/HOME |