STELLA ステラの歩く姿が見えた。 「ステラ」 呼びかけたが、ステラはちらと彼の方を向いただけで、また前を向いて歩き始めた。 ハーレムは、隣に来て、一緒に歩足を並べた。 二人とも、しばらく何も喋らなかった。 (どうして、ルーザーを選んだんだ) 口をきいたら、ステラを責めそうだった。 だが、彼の男としての矜持が、そんな女々しい真似を許さなかった。 それに、これ以上ステラを泣かせたくなかった。 小川の近くに来た。 ステラは、じっと川の流れを見つめていた。 やがて、沈黙を破って、ステラの綺麗な唇から、台詞が零れた。 「――恋をしていたの」 「え?」 唐突な彼女の言葉に、ハーレムは間抜けな声しか出せなかった。 「ルーザー兄貴に?」 「貴方に」 小川を凝視しながら、ステラは告白した。 「貴方が、私と逃げようとしたとき、私は数分間、貴方に恋をしたの。――初恋だったわ」 「短い恋だったな」 短か過ぎる恋。ハーレムは、心の奥底で苦さを感じていた。 「でも、貴方とでは、上手くいかないこと、わかってた」 「…………」 「貴方と私は、あまりにも似通っているから――」 「それで、ルーザーを選んだのか」 「ええ」 ステラもハーレムも、また口を噤んでしまった。またしばらくしんとしてしまった。 漸く、ハーレムが口を開いた。 「なぁ、ステラ。俺のこと、少しでもいいから好きだったって言うんなら――さよならのキスをしてくれないか?」 「ええ」 ハーレムの唇に、ステラの唇が、小鳥の羽のように、柔らかく触れた。 「あばよ」 ハーレムは、ポケットに手を突っ込んで、跳ぶような足取りで、そこを離れた。 (私がはっきりさせておかなかったのが悪かったんだわ) ステラは心の中で呟いた。 (ハーレム――私と貴方は同じなの。愛したい、愛したいと、愛する対象を求めている。でも、ルーザーは違う。あの人は、愛されたがっている――) ステラが研究所に入ると、ルーザーが出迎えてくれた。と、思うと、いきなり抱きしめられた。 「ステラ、ステラ、もう離さない」 人目があるのも気にせず、ルーザーは言った。 「怖かった――君とハーレムがいなくなることが。ゆうべ一晩考えた……悪夢しか見なかったよ」 「大丈夫よ。ルーザー、大丈夫よ」 自分にも言い聞かすように、ステラは言った。 「私はどこにも行かないわ。ずっと貴方と一緒よ」 「ほんとかい?」 「本当よ」 「じゃあ、結婚してくれるかい?」 「ええ。貴方からプロポーズされたら、喜んで嫁ぐつもりでいたわ」 「――ステラ」 ルーザーはもう一度、強く抱きしめた。 (愛したい――愛したい――愛したい) 「結婚しましょう。ルーザー。愛してるわ」 「で? 結局ステラは諦めるんですか?」 「まぁな」 学生寮の高松の部屋で、ハーレムと高松が、空を見上げながら話し込んでいた。 「キス一つで別れるなんて、中学生じゃあるまいし」 「仕方ねぇだろ」 「あなた、『ステラを幸せにする!』と大言壮語吐いた割には、大したことありませんねぇ」 「何とでも言え。ステラが選んだことだ。俺は降りる。おまえは勝手にやってな」 「その予定ですよ。私は認めません」 「おまえが認めなくても、結婚の準備はどんどん整って行くぞ。それに、おまえはステラに敵わない」 「ルーザー様に敵わなかった貴方が何言いますか」 「ステラは、特別だからな。ルーザーだって、あんな婚約者がいるのに、おまえになんか転ばないさ」 「まだわからないでしょう」 「苦労するぞ」 「わかってます。あなたはどうするおつもりですか?」 「俺か? 俺は、落ち着く先が決まるまで、流離うつもりさ」 「――本当に、不器用な性格ですね」 高松は、妙に納得したように、溜め息まじりに呟いた。 「それに、俺は平気さ。俺は、男だからな」 ハーレムは、己の決意を表明した、さっぱりした顔で、高松の方に向き直った。 「ちょっと、芝居がかってますね」 高松は言ったが、決して嫌味には聞こえなかった。 「こんなセリフ、一度使ってみたかったんだ。文句あるか」 「ないですけど……」 高松は笑いをこらえた。ハーレムはムッとしたが、やがて、言いたい言葉を見つけたようだった。 「まぁ、相手が生っちろい野郎なのが、拍子抜けだけどな」 「誰が生っちろいですか! このメラニン色素過多!」 「戦場にいるとな、どうしても日焼けするんだよ。元は白いんだぜ」 「まぁ、あなたの顔が白かろうが黒かろうが、どうでもいんですけどね」 些か乱暴に、高松は話を打ち切った。 「さてと、私、サービス達と一緒に食事するんですが、貴方もどうです?」 「遠慮しとく。これから用事だ」 「――どこかに行かれるんですか?」 「さぁな。マジック兄貴次第だ」 この男は、どこかへ飛んでいくつもりだ、と高松は悟った。 地雷、爆発の音。硝煙の匂い。 そんなところに身を置きたいのだろう。 (早速自分で言ったことを、実践するわけですか) 高松は、強いて止めはしなかった。 若い体は、苦い初恋の名残を過ぎゆく年月の中に落していくだろう。そして、いつの日か、思い出は贅肉を削ぎ取られ、いずれ過去の話の種になっていくだろう。 (私にも、そんな時期が来るんでしょうかねぇ) 取り敢えず、今は、ルーザーへの情熱に身を委ねようと、高松は思った。 後書き 終わったーーーーーっ!! ようやく終わりました。ハーレムの初恋話。 もう五年以上も温めてきた物語です。 その結果がこれだ、というのは、私の筆力の結果なんですけど。 大門さんと、携帯メルで話していて、 「ハーレムの初恋話、読みたいです」 とのご返事が返ってきたので、じゃあ、ここでひとつ、書いてみようかと、筆をとった……いや、正確には、パソコンのディプレイに向かった次第です。 献辞も大門さん宛てにしました。 それでは。私は今、70パーセントくらい満足です(中途半端だな)。 |