幸せをあなたに~アラシヤマ編~

「こんにちは~……どす」
「おや、アラシヤマ。どうしたんじゃ? 体中ボロボロじゃぞ」
 原田ウマ子が訊いてくる。体は大きくて男顔負けのムキムキだが、本当はいい娘なのだ。因みに武者の(原田)コージの妹でもある。
 これは二人が籍を入れる前のお話。
「ちょっと……シンタローはんに眼魔砲食らいましてん」
「シンタロー……!」
 ウマ子は鬼の形相で呟いた。
「ちょっとこらしめてやるけぇ、アラシヤマはそこで怪我の治療をするんじゃぞ。やり方は分かるじゃろ?」
「暴力はあきまへんえ、ウマ子はん!」
 アラシヤマが必死になって止める。
「何故止める」
「わてが悪いよって……わてが手縫いのパンツを贈ろうとしたから……」
「パンツ?」
 さすがのウマ子も呆けたような顔をした。
「そうどす。だからシンタローはんは多分悪くありまへん」
「多分て……」
「わて、他にプレゼント思いつかなかったから……」
 沈黙が降りた。やがてウマ子が口を開いた。
「こっちに来い……アラシヤマ」
「な……何や?」
「わしが慰めてやるけん」
「間に合ってますわ」
「ただの膝枕じゃ。不埒なことはせん」
 アラシヤマが正座したウマ子の膝の上に寝そべった。
(何これ……)
 アラシヤマは思ったが、ウマ子の膝枕は思いの他暖かかった。
 アラシヤマがうとうとし出す。ウマ子はアラシヤマの艶やかな髪を手で梳く。
「わしなぁ、おぬしらが羨ましいんじゃ」
「そうどすか……」
 眠気に誘われながらアラシヤマがウマ子に答える。ウマ子が言う。
「シンタローといる時は、リッちゃんも、アラシヤマも、素の自分を出す。だから――」
 ウマ子はにっこり笑った。
「シンタローに妬いてんのかもしれないな、わし」
「ウマ子はん……」
「のんびり休むことじゃ。アラシヤマは悪くない。アラシヤマはいい子じゃ」
「わて、あんさんより年上なんやから、いい子という言い方は――」
「ああ、いや、すまんのう」
「……ええんどす。ウマ子はんは優しいから――つい甘えてしまうんどすぇ」
「そういえば、わしの家によく来るようになったなぁ」
「ウマ子はん。大好きどすぇ。シンタローはんも……」
 そう言って、アラシヤマは健康的な寝息を立てながら夢の世界へ入って行った。

 ――気が付くと朝だった。
「わっ、ウマ子はん! もしかしてずっとこの体勢だったんどすか?!」
「ああ、そうじゃ」
 ウマ子は蕩けるような目をしていた。
「辛かったんやないどすか?」
「そうでもない。何より、アラシヤマの無防備な寝顔を見られたことが嬉しかったんじゃあ」
「そうどすか――おおきに」
 アラシヤマも微笑んだ。
「アラシヤマは美人じゃのう」
「男で美人かて、そんなの意味ないやろ?」
「わしには……世界一の漢に見える」
「世界一って……わての世界一はシンタローはんどすぇ」
「そうじゃ。だから悩んじょる」
 いつもだったらここで乙女☆美ジョンが発動されること必至だが、ウマ子はそうしなかった。
「……? 大人しいどすな。ウマ子はん。あれ、やんないんどすか?」
「あれ?」
「乙女☆美ジョンと言って吹っ飛ばすやつ」
「ああ、あれか……。わし、アラシヤマに凶暴女と思われたくないんじゃ。今のウマ子は恋する乙女じゃ」
「恋……? 誰に?」
「わかんないか……鈍いのぉ」
 ウマ子が仕方なさそうに溜息を漏らす。少々呆れているのであるらしかった。
 シンタローがいなかったら、ウマ子に恋をしていた。そう、アラシヤマは思った。
「ウマ子はん。……女の中では一番好きや」
「人類全体から見れば?」
「それは……わかるやろ」
 アラシヤマは自分の頬に血が上るのがわかった。
 人間で一番好きなのはシンタロー。ライバル視しながらいつも彼の背中を追っていた。
「ああ。わかるな。おぬし、わしの乙女☆美ジョンを警戒しているんじゃな?」
「そうどす。ウマ子はんにまで攻撃されたらわて、立つ瀬がありまへん」
「それは、わしを頼っていると思っていいんじゃろか」
「まぁ……そうどすな。ウマ子はんに対する感情は今はわてにもようわからしまへん」
「将来はわかるようになるかのう」
「それは運命に身を任せまひょ」
 ウマ子は優しい。だから、つい甘えたくなる。ウマ子に対して、よくわからないと言いながら母親に対する感情に近いものもアラシヤマは持っていた。
 そして――
(やはりこの子は女の子なんや)
 と、改めて気付いた。
 例え髭を伸ばしていても。足がすね毛だらけでも。体格が男顔負けでも。
 多分、自分の方がウマ子より強い。
 それは男と女の差であるのかもしれなかった。
(そういえば、わてのお父はんとお母はんは言うとったなぁ……女の子の前では紳士でいなさいって)
「あー、だめじゃー」
「どうしたんどす? ウマ子はん」
「アラシヤマの前だと思い切り暴れられないんじゃあ……」
 そう言ってウマ子は頬を赤く染める。可愛い――と、アラシヤマは思った。
「朝食作りまひょか? わて、こう見えても料理得意なんどすわ」
「ああ。ありがと。アラシヤマ。じゃあ、わしは食糧調達に行こう。熊の肝は疲労に良いんじゃ」
「わて、熊の肝はいりまへん。何かありあわせのもので作りますわ」
「わしもやる」
「あんさんはええんどす。ここはわてに好きにやらせてくれまへんか? 昨日のお礼に」
「あんなこと――気にしなくていいんじゃが……わしも料理は得意じゃけん、一緒に作ろう」
 ウマ子は花嫁修業として調理も習っていたと言う。
 無駄な努力――そう、リキッド辺りは言うであろうか。しかし、外見はどうあれ、ウマ子は本質は可愛い女の子なのだ。だから、厄介だ。
 しかし、アラシヤマはウマ子を本当に可愛いと思う。容姿なぞ気にしない。
「おお。ちゃんと面取りをして偉いどすな」
「マーマに厳しくしつけられたけん」
 出来上がった朝食はとてもよく出来ていた。味噌汁の香りが食欲をそそる。自分ひとりではこんなに楽しくなかっただろう。
 ウマ子はんみたいはおなごと結婚できる男は幸せやな――アラシヤマは本気でそう思った。

後書き
山之辺黄菜里さんから前作『幸せをあなたに』のアラシヤマが不幸なのが気になる、というようなコメントをいただきました。
そこで降って湧いたのがこの作品のアイディアです。
アラシヤマもウマ子も幸せになって欲しいです。
山之辺黄菜里さん、ありがとうございます。この小説は黄菜里さんに捧げます。
2015.5.26

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