Last eight years ~最後の八年間~ 9
――ドッカーン!
特戦部隊本部に大音響が轟いた。
「な、何だ?! 敵襲か?!」
ハーレムは慌てて跳ね起きた。この特戦部隊の隊長ハーレムは寝込みに命を狙われることも珍しくない。
それにしては敵の気配はないけれども――。ハーレムはこういうことには聡いのだ。
「おい、賊はどこだ!」
ロッドが妙な顔をして立っている。
「どうしたロッド。変な顔して」
「隊長に変な顔なんて言われたくないなぁ……ほら、あそこですよ」
ロッドが指差す方向にハーレムは向かう。
「ハーレム隊長~……」
情けない声を出したのはセリザワであった。台所が真っ黒に焦げている。
「セリザワ……」
「皆に――ううん。ハーレム隊長に手料理振る舞おうとして……そしたらいきなりオーブンが爆発したんだよ~……」
そう言って泣いている。
「そ、そうか……」
ハーレムは何と言ったらいいか考えを巡らせている。大丈夫だとか、それは災難だったとか。そもそもセリザワは料理が壊滅的に下手だ。下手なんてもんじゃない。彼が料理をすると必ずどこかがいかれる。
「セリザワ……もう二度と料理すんなと言ってあっただろう」
「でも、オレ、隊長にどうしても料理を作ってやりたくてさぁ……好きな人に手料理食べさせたいと言うのはそんなに変?」
これにはハーレムも引き攣った。
「Gに教えてもらってたんだけど……」
そういえば傍らにGが立っている。ところどころ焦げて黒くなって。
Gに教えてもらってこれかい。ハーレムは思った。俺だってもっとマシに作れるぞ。
オーブンを爆発させるなんて一体どこまで料理下手なんだ。いや、既にそういう問題ではないかもしれない。
「セリザワ~」
ハーレムに怒りが込み上げてきた。
「は、はい……」
ハーレムが叫んだ。
「台所へは今後一切出入り禁止!」
「うっうっうっ、えっえっえっ……」
セリザワは泣いている。それを慰めているのはロッドだった。セリザワの茶色の髪をロッドは撫でている。
「まぁねぇ、隊長もキツイところがあるからねぇ……」
ロッドが呟く。今、台所ではGが掃除をしている。
「でも、料理なんてGに任せていれば良かったのに。何だって台所なんかに」
「俺、自分の手料理食べて『旨い!』と喜ぶ隊長の顔が見たくってさぁ――」
「気持ちはわかるけど」
「気持ちがわかっててもロッド、セリザワを台所に近付けないよう見張っているんだな」
マーカーが冷笑する。
「それはないよ、マーカーちゃん。オレだっていろいろ忙しいんだから」
「女と遊ぶのが忙しいのか」
「ま~たまたぁ」
だが、マーカーの言う通りだった。ロッドはバイセクシャルで男も女も好きだ。
セリザワの長い髪を梳いてやりながら、綺麗な髪だな、と思う。
どうしてこんな可愛い男にハーレムは冷たいんだろう。確かに実年齢はもういい歳ではあるし、それにしては幼い感じもするのであるが。
でも、この少年めいた彼を見ていると――
ロッドはセリザワの項にキスをした。セリザワが慌てて立ち上がる。
「な……っ! 何するっ……!」
「えー?! キスすんのそんなにダメ? 慰めようと思ったのにさ」
「俺は隊長にしかキスさせないの!」
また隊長か。セリザワはハーレム隊長を命の恩人として事あるごとに纏わりついている。ハーレムはしきりと再びアラスカに飛ばしたがっているが。
(いいじゃんか。こういうヤツが一人ぐらいいても)
特戦部隊のメンバーは皆ハーレムが大好きだが、愛情表現に関しては一筋縄でいかない者が多い。素直だったのはリキッドだけかもしれない。そのリキッドも今はここにいない。
ロッドにとっては、真っ直ぐなくらいのセリザワがむしろ眩しい。
「ごめんね」
ロッドは形だけ謝る。
「反省してるからここに座って」
セリザワは何か言おうとしたが結局ロッドに従った。
「アンタは本当にハーレム隊長が好きなんだねぇ。オレも嫌いではないけどさ」
「アンタは恋敵だよ。ロッド」
「そっか。セリザワにはバレてるか」
「ふー……隊長は魅力的だから皆あの人を好きになるんだ」
「そうだね……」
ロッドは同類に対する憐れみを持って言う。
何であんな獅子舞が好きなんだろう。横暴だし我儘勝手だし冷酷だし。
それに――ロッド達の気持ちに気付かない。
気付いてたら気付いてたでこれまた酷い人間だと思うのだが。
「セリザワ……もう隊長なんて愛するのやめたら?」
「ロッドにはわからないよ。俺にとってハーレム隊長は神だよ」
「何でそんなに神格化するの?」
「だって……あそこで助けてもらわなかったら俺は実験とか称する虐待で命を落としていたかもしれないから」
「あー……」
なるほど、それでハーレムが神か。
でも、確かにわかるような気はする。皆――口の悪いマーカーでさえも隊長を認め慕っている。
隊長がセリザワを助けたのは実は良いことなのだ。その後アラスカに飛ばしたのはあれだが。
「セリザワ……いつかアンタの好意は隊長に届くよ」
ロッドにはそんなおためごかししか口にできなかった。
もしかして――いや、もしかしなくてもハーレムはセリザワの気持ちに気付いていて、だから自分の傍から離そうとしたのかもしれないが。
有り得ないことじゃない。自分とそりが合わない人間に対してもいびって追い出していた隊長なのだから。
では、どんな目に遭わされてもここにいる自分達は何なのか。
ロッドはマーカーに視線を遣る。マーカーはいつもと同じ冷笑を顔に貼り付けていたが目だけが、
(お前の気持ちはわかるよ)
と言いたげに共感を表していた。
Gは昔からハーレムの忠臣でいろいろ諌めていたりしている。その大部分は無駄なものであるが、自分が間違っていたと悟るとハーレム隊長は言うことを聞く。
リキッドは可愛い弟分だ。ハーレムが自分でそう言っていた。
(俺だったらやだな、こんな兄……)
と、ロッドは思ったものであるが。しかし、確かにリキッドはロッド達にとっても弟のようなものであった。
その中でセリザワの立ち位置だけが中途半端だ。
確かに力は強い。隊長を愛しているのも本当だろう。しかし――。
セリザワは自分に正直過ぎた。そして、ハーレムを愛し過ぎた。
ハーレムは言い寄られるのが実は苦手なんじゃないかと思う。ロッドだって冗談で言い寄ったら眼魔砲で消し炭にされたし。
愛、というのはハーレムにとって重いものなのかもしれない。それでなくとも、ハーレムの周りには彼を好きになり、その傍にいたい、という人間が大勢いるんだから。
ロッドは少し、自分の報われない恋に深い溜息を吐いた。マーカーも、Gも――そして、セリザワも、隊長が好きだがその想いは決して成就することはないだろう。
ロッドにはハーレムの瞳の中に今誰がいるのかわかっているからだ。
シンタロー総帥――。
二人はいつの間にかそんな関係になっていた。どうしてシンタローに恋に落ちたのかわからないけれど、ハーレムはシンタローを愛している。愛しているというのが語弊があるなら、少なくとも認めてはいる。そして、きっとシンタローも……。そのきっかけとなった出来事を知ることができないのがロッドには悔しい。二人がもうベッドを共にしたかもわからない。だが――。
(オレ達にできるのは二人を見守っていることだけだよね)
後、ハーレムの夜の無聊を慰めるとか、敵と一緒に戦うとか。
でも、隊長は絶対に殺させはしない。ロッドはそれを新年の誓いとした。
セリザワが落ち着いて来た。ロッドはGの様子を見る為に台所へ行く。台所はピカピカに磨かれていた。元より綺麗になっているんじゃないかと思う程に。
2017.3.16
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