Last eight years ~最後の八年間~ 8
「来てたのか。お前ら」
「うん。――やることもないしね」
ガンマ団本部の特戦部隊の詰所にロッド達が集まっていた。ロッド、マーカー、G――。いつものメンバーだ。
「リキッドちゃんがいれば暇を潰すこともできるんだけどねぇ――」
「リキッドは今、島だぞ」
リキッドはパプワ島の赤の番人なのだ。
「そんなに遠くもねえから今から行ってくれば?」
「そうだねぇ――」
そう言いながらもロッドは動こうとしない。どうした、と訊けば、
「だって今は新年だしぃ」
と言う、答えにならない答えをのたまった。
「新年というが、ただいつもと同じように日が変わっただけではないか。世間の連中が何故そんな大はしゃぎができるのか不思議だ」
マーカーが冷静に言う。
「相変わらずクールだね、マーカーちゃん」
マーカーのことをちゃんづけする男はロッドぐらいのものだろう。マーカーはふん、と鼻を鳴らした。
「お前は帰らんのか? ロッド。故郷とかあるだろ?」
ハーレムが訊いた。
「あるけど――手紙で済ませちまった。それに、俺にとってはここが第二の故郷だから」
ああ……。
ロッドの言っていたのはクサい台詞だけど、それでも実感があった。
(俺達は殺しを生業としてきたから――)
ハーレムが思った。でも、殺しはもう辞める。それで泣くヤツがあるから。
シンタロー、リキッド、そして――遺族。
あの心戦組も殺しを辞めたと聞くし。今、心戦組とガンマ団は友好関係にある。
心戦組の原田ウマ子とガン団のアラシヤマ。二人は結婚して何と子供までいる。
「飲みません? 隊長」
ロッドが酒瓶を取り出す。
「飲まない。禁酒してるんだ」
「一杯ぐらい、いいっしょ」
「でもなぁ……」
ハーレムが逡巡しているとマーカーが言った。
「隊長。あなたの分は私が飲みましょうか?」
「そうだな」
「ええー?! あのウワバミだった隊長が飲まないなんて!」
「飲み過ぎると心配するヤツがいるんだ」
「へぇー……」
ロッドが立ち上がってハーレムの顔を覗き込んだ。
「何だよ」
「心配するヤツって、体調のレコ?」
そう言ってロッドは小指を立てる。
「レコとは古い。――だがまぁ、その通りだ」
「隊長モテますもんね」
「何を言う。サービスの方が――」
「まぁ、確かにサービス様もお美しいですけどね」
ちゅっ。ロッドがハーレムの唇を奪った。――酒の味がした。これはウィスキーか。
「俺には隊長の方がいいんで。新年明けましておめでとう」
「ああ……」
ハーレムは毒気を抜かれた。
「マーカーちゃんも新年のご挨拶」
「――いらん」
マーカーはロッドをばっさり切って捨てた。
「もう――つれないんだからぁ。Gは?」
「酒臭いキスはごめんだ」
「うー、つれないヤツらばっかり。リキッドちゃーん」
ロッドは島があると思われる方向に向かって思いっきり叫んだ。だが、向こうにも選ぶ権利があるだろう。リキッドは今誰を好きなのか。
ハーレムもリキッドを可愛がっていた時期もあった。いじめに近いコミュニケーションであったが。
でも、リキッドは立派な大人になった。大人になって、パプワ島を守っている。
パプワ島、か――。
あの島は人を変える。いつぞやマーカーが言っていた台詞だ。ハーレムもそう思う。
(俺も――変われただろうか。変われるだろうか)
太陽の光が燦々と降り注ぐあの島で。
アラシヤマもいるそうだから遊びに行ってみようか。だが、今日は睡魔に身を任せよう。ハーレムは目を瞑った。
「隊長。無防備にしてっと襲っちゃいますよ」
「――襲えるなら襲え」
無理に決まっている。今はマーカーとGがいるし、それでも強硬手段に出るなら今度はハーレムが眼魔砲をお見舞いする。
まぁ、さっきのキスについては許してやってもいい――新年だから。
「ロッド、あんまりおいたは止すんだな」
「ちぇー。俺の友達は酒しかないのかよ」
ロッドはウィスキーをラッパ飲みして歌い出す。
「迷惑な酔っ払いだ」
マーカーが綺麗な眉を顰める。
「何だよ~、マーカーちゃん、俺酔ってねぇぞ~」
「目が据わってる。息が酒臭い。呂律が回ってない。大体酔ってないと言うのは酔っている証拠だ」
「マーカーちゃんも飲もうよ~」
「酒なら充分もらった」
「もっと付き合ってくれてもいいだろう? Gは~?」
「一杯だけなら付き合おう」
「お~、話わかるね~、昔は木石だの堅物だの思っていて悪かったよ」
「……思ってたのか……」
Gは些かショックを受けたらしかった。見かけによらずGも愉快な男だ。だが、初対面ではそういう面が見えにくい。
「静かにしろ~。俺は……寝るぞ」
そう言ってハーレムは目を閉じた。
――島の夢を見た。
白い砂浜、エメラルドグリーンの海、椰子の木。
きっと、あそこでハーレムの先祖達が生きてきたのだろう。
夏のバカンスも良いな。今は冬だけど、冬のパプワ島もそれはそれで良かった。
朝日がハーレムを照らす。眠い目を擦ると、ロッド達も寝こけていた。
ロッドは完全に潰れている。今、休暇中で良かったかもしれない。でなくば使い物にならなかったであろう。
Gとマーカーもそれぞれ寝ている。彼らにも帰るところがあっただろうに。
「ロッド、G、マーカー……俺に付き合わせちまった、かな」
ハーレムが呟いた。けれど、今更だ。この三人はハーレムの号令の元、いつでもどこでもついてきた。――ついてこなかったのはリキッドだけだ。
だが、それまでリキッドも人を殺めることに心を痛めながら何とか任務をこなしていたのだ。
「良かったな、リキッド、俺から逃げられて」
ハーレムがまたも呟く。――ロッドの目が開いた。
「おはようさん、隊長。何ナーバスになってんの?」
「聞いてたのか――ほっといてくれ」
「派手に散らかしたな――」
掃除が大変だとGが洩らした。こういうことはGの役割である。家庭的な男なのだ。ハーレムはGに任せることにした。
――だが、彼を手伝うということはちっとも頭に浮かんで来なかった。
その代わりにハーレムは心の中で思う。お前ら、俺の指揮の元、今までよく生きてこれたな。今年も宜しくな。絶対に死ぬなよ――と。
2017.3.6
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