Last eight years ~最後の八年間~ 7

「よーお、サービス!」
 ジャンの大きな声が聞こえた。彼はテラスの下にいるのだ。
「呼んでるぞ」
「そうだね」
 双子の兄に答えておいてサービスはテラスの下を覗き込んだ。
「今からそっち行くー?」
「いや、私の方から行くよ。またな、ハーレム」
 サービスは階下へ行って外へ出た。
「サービス!」
「ジャン……」
 ジャンはいつでも元気がいい。無駄に元気とはこのことだ。ハーレムも無駄に元気な方だが。
 でも、いつもジャンの明るさに、サービスは救われていた。シンタローとは違う意味で、ジャンには人を惹きつける力があるのだ。
「えへ。来てくれて嬉しいぜ、サービス」
 威厳の欠片もないでれっとした顔をジャンは見せた。これはもう仕様がない。だが――。
「髭ぐらい剃れ。みっともない」
「えー、大人の男って感じでいいじゃん?」
「そう思っているのはお前だけだ」
「そっか。サービスがそういうんだったら後で剃るよ」
「今すぐ剃れ」
「だって、サービスと離れたくないんだもん♪」
 サービスは呆れて溜息を吐いた。こいつ、昔からこんなだったか? 明るくはあったが、近年、ますます性格が軽くなってきた気がする。
 しかし、不意に見せる太陽のような笑みは変わらない。それだけで、サービスは満足であった。
(数々の罪を犯した私が――)
 ここで幸せを感じることにサービスはうしろめたさを覚えた。後で高松のところに行こう。そして、あのお茶を飲むのだ。
 若さを維持できるという、あのお茶を。
 そして、高松と共に過去のことについて語り合おう。ジャンも仲間に入れてやってもいい。
「サービス、ハーレムとどんな話してたんだい?」
「煙草について。あいつは今、禁煙しているらしい」
「ハーレムが? うっそ!」
「――と、思うだろう。だけど、僕が吸ってもあいつは吸わなかった」
「ははぁん。シンタローの影響だな」
「――はぁ?」
 ジャンの意見にサービスは自分でも些か間の抜けた声を出してしまったと思った。
「シンタローはね、ハーレムに長生きして欲しいんだよ。――愛してるから」
「シンタローが、ハーレムを愛してるだって?」
 あの二人が妙に仲良くなったことは知っていたが。
「俺はサービスを愛してる」
「ふん」
「だから、俺もサービスに長生きして欲しい。お茶の効能はどうだい?」
「まずまずというところだな」
「そっか。サービスは今も変わらず綺麗だぜ」
「ありがとう」
「昔からお前は美しかったな。ますます美しくなったよ」
「肌の手入れ方法を教えてやろうか?」
「是非ともご教授お願いします」
 そう言ってジャンはにしし、と笑う。
「シャンパン飲もうぜ。俺、買ってきたんだ」
「お前は貧乏なクセにそんなものを買う余裕があるのか?」
「今日はめでたい日だもん。ノンアルコールのヤツだぜ。サービスにも健康には気をつけてもらいたいもん」
「――私は高松のところでお茶を飲もうと思ってたんだが、お前も来るか?」
「いいねぇ、お茶。美容にいいヤツだし味も旨いし。じゃ、シャンパンは別の時にすっか」
「そのうちな」
 サービスとジャンが並んで高松の部屋に行くと――。
「ふ、ふ、まだ来ませんねぇ……グンマ様とキンタロー様」
 ぶつぶつ言う声が聞こえる。高松の独り言だ。
「ハロー、高松! ハッピーニューイヤー!」
「ジャン! サービス!」
 高松は、はっと驚いて、そして言った。
「グンマ様とキンタロー様は?」
「来ないと思うよ」
 サービスがあっさり言い切った。
「どうしてですか? 何か用事でも?」
「……俺、来たこと後悔してるよ」
「私もだ」
 ジャンとサービスがひそひそ話している。
「聞こえてますよ」
 高松の鋭い声が飛ぶ。
 辺り一面は鼻血の染み。きっとまた妄想で興奮したりして鼻血を出したに違いないのだ。何故出血多量で死なないのか謎だ。一部では団員達の多量の献血で生きているのではと囁かれている。
 グンマもキンタローも慣れてるとはいえ、新年早々鼻血まみれでは嫌だろう。
 でも、そのうち来そうな気はするのだが――。グンマもキンタローも高松を嫌いな訳ではないのだから。
「まぁいいでしょう。せっかく来たんです。お茶でもふるまってあげますよ」
「はぁい」
「じゃあ、ご馳走になるか」
 高松はジャンとサービスに特製の紅茶を淹れた。別に怪しい物は入っていない。高松の基準ではだが。
「はー、あったまるー。まだ寒いからな」
 ジャンが美味しそうに茶を啜る。見るからに幸福そうだ。
「まだ春には遠いものな」
「サービス、そんなこと言って。時の経つのはあっという間ですよ」
「それはお前が年取った証拠だろう?」
 サービスは高松に言ってやった。
「自分だっていい歳のくせして……」
「高松。四万円、利子つけて返せ」
「あなたは相変わらずお美しいですよ、サービス。美貌を保つお茶でいつまでも若くいてください。つきましては――」
「四万円については待ってやろう」
「おありがとうございます」
 高松は深々と頭を下げた。
「ていうか、このお茶の開発には俺も加わったんだがな」
「ジャン、あなたはずっと若いままだから実験台にもなりゃしないんですよ」
「そうだなぁ。俺、少なくとも一万年以上は生きてるもんなぁ」
 ジャンはへらりと笑う。
「……妖怪ですね」
「人間じゃない」
「二人とも酷い!」
 ジャンは高松とサービスの台詞に対して泣き真似をする。
 竹馬の友は相変わらずのようである。例え、昔すれ違いがあったとしても――将来どうなるか現在はまだわからないにしても。
 友とのこの時間を大切にしようとサービスは思った。
「高松ー、ハッピーニューイヤー!」
 サービス達が来てから数十分後、グンマが高松の部屋へ新年の挨拶に来た。キンタローを伴って。
 ――今年も鼻血のニューイヤーがやってきた。そこら中、高松の鼻血まみれだ。ジャンはまともに被害を受けたが、サービスは飄々とした顔で避難していた。
 夜も明けようとしている。


2017.2.22

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