Last eight years ~最後の八年間~ 6

 新年へのカウントダウンが始まる。
「5……4……3……2……1……0! ハッピーニューイヤー!」
 そこかしこで皆がキスをする。因みにガンマ団は男所帯である。
「マジック様ー! ささっ、新年の熱きベーゼを!」
 山南がマジックを追いかける。
「シンちゃーん!」
 ――そのマジックはシンタローが目当てだ。
「げぇっ! ――頼むコタロー! お兄ちゃんを助けてくれ!」
「えー、やだよ! 減るもんじゃないし大人しくキスされれば?」
「コタロー!」
 殺生な、とばかりシンタローが泣く。
「あー、うっせぇ!」
「あ、こら、ハーレム、どこへ行く」
「ちょっとこのバカ騒ぎから離れる」
 ――ハーレムは部屋を出ようとする。彼ともキスをしたかった面々は一斉に追いかけた。
「ま……待ってください!」
「あーん?」
 ハーレムはぎろりと睨んだ。その眼光の鋭さに人々は怯んだ。

「はぁ……」
 休憩室に入ってハーレムはほっと一息吐いた。
「一服やるか……シンタローに見られたら怒られること必至だな」
 ハーレムは片頬笑みをした。シンタローはこの頃やたらハーレムの健康にうるさく口を出すようになった。前はてんでほっといていたのに。
 まぁ、気にかけてくれているというのは嬉しいことだな……。
 テレビでは何をやっているのだろう。ハーレムはテレビのリモコンを押した。――動画特集をやっている。面白そうだとハーレムは思って眺めていた。
「ん?」
 見るとハーレムがパプワ島の生物に追いかけられる場面が現れている。ハーレムはリモコンを取り落した。
「なんじゃこりゃーーーーーーーーーー!」

「僕が送ったの」
 そう言った後、ごめんね、とグンマが小さく謝った。
「グンマ、お前なぁ……」
「止めてください! グンマ様を殴るのだけは!」
 怒り心頭のハーレムと彼を止めようとする高松。   
「あ、そういえば、『変な生き物に追いかけられているあの獅子舞は何者だ!』とか『新年早々濃い顔見せんなや』とかいうコメントがたくさん来てたよ。それから『獅子舞様結婚して!』というのも結構あるよ」
「獅子舞……」
 ハーレムは怒る気が無くなって力を抜いた。陰でそう呼ばれているのは知っていたが。――高松がハーレムから離れる。
「あははははは」
 マジック達が画面を見て笑う。コタローもだ。
「なに録画観てんだ兄貴!」
「いやー、いつ見ても面白いねぇ。このシーンは」
「そっスね~」
 ハーレムの部下のロッドが朗らかに言う。同じくハーレムの部下のGとマーカーも笑いを堪えている。
「おやおや。生物達にかかったらハーレム叔父さんも形無しじゃねぇか」
 シンタローがにやにやしている。
「懐かしいな――」
 キンタローは追憶に浸っているようだ。ぽつんと呟く。
「何でこんな動画がお前らの話題にならなければならないんだ! どうして俺ばかり笑われるんだ!」
「逃げたからだ」
 マジックはいともあっさりと言い切る。
「まぁ、そりゃ逃げたのは特戦部隊隊長としてあるまじきことかもしれんが、この場合人としては当たり前の反応で……」
「親父もパプワ島に行った時、生物に追いかけられてたぜ」
「兄貴ー! 人のこと言えねぇじゃねぇか!」
 ハーレムが涙を流しながら絶叫する。
「ビデオがなくて残念だったねぇ」
 シンタローがうんうん、と面白がってんだか同情してるんだか――とにかく頷く。
「お父様が撮っておいた昔のビデオを僕が動画サイトに投稿したの」
 グンマがにこにこしながら言った。にやにやに見えないのは人柄だろう。
「つーことは、あの俺の姿が世界中で流れているのか?」
「そうだよ」
「勘弁してくれよ……」
 ハーレムがソファに座って頭を抱える。シンタローが慰めるように肩を叩いた。
「そうだな。俺もイトウやタンノには散々苦労したもんな」
 シンタローが気持ちはわかる、と言いたげな目をしている。
「シンタロー……」
「でもまぁ、当時の記録がなくて良かったぜ。恥ずかしくてそれだけで死ねるからな」
「くっそう……」
 ハーレムが歯噛みをする。同じような目に遭ったのに、この状況の違いは何だ?
 まぁ、ガンマ団の長が生物に追いかけられている姿なんて流れたらいい笑い者になるだろうが……。
 これで良かったのかもしれない。ハーレムは人に笑われることには慣れている。
「ふぅ……」
「なぁ、マジで大丈夫か? ハーレム叔父さん」
 いつもならここでまた何か憎まれ口を叩くシンタローであるが、今は本当に心配しているようだった。
「いや、何でもねぇ」
「外の空気に当たってきたら?」
「シンちゃん。今は寒いよ」
 グンマが言う。ハーレムが口元を歪ませた。
「そうだな。寒いな。――でも、冷たい空気は嫌いじゃねぇ。ちょっと行ってくるわ」

 テラスには先客がいた。
「ハーレム……」
 双子の弟のサービスだった。
「よぉ……」
 何となくサービスの邪魔をしたような気がしたハーレムはテラスの手すりに体を預けた。
「気をつけてね」
「そうそう落ちねぇよ」
 ――話題が見つからない。気まずい沈黙が流れる。
「吸う?」
 サービスが煙草を勧めた。
「いや……いい」
「ふぅん……前はヘビースモーカーだったのにね、君。――僕は吸うよ」
 サービスが煙草に火を点けた。
 別に我慢しているのではない。ハーレムは酒も煙草も欲しくなくなってしまったのだ。健康的になったのか、或いは他に原因でもあるのか……。
(シンタロー……)
 ハーレムの頭の中にシンタローの笑顔が浮かんだ。シンタローが心配するなら、酒も、煙草も、止める。
 散々体を苛め尽くしてからの決断だったが。
 でも、たまにゃいいだろ? シンタロー。
 こういうところがハーレムの未練がましいところだった。
「変わったね、ハーレム」
 サービスの台詞にハーレムは静かにかぶりを振った。変わったと言うなら、シンタローも……それは、あの南の島のおかげかもしれなかった。


2017.2.14

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