Last eight years ~最後の八年間~ 3

「もうこんな時間か――」
 シンタローが呟く。夜明けにはまだ間がある。
「シンタロー、疲れたろ。ミルクでもどうだ?」
「そうだな。酒にも飽き飽きしてたところなんだ。もらうよ」
 シンタローはいとこのキンタローに礼を言った。
 キンタローとは戸籍上のいとこである。彼らにもいろいろ事情はあるのだがここでは触れない。
(そういえば、キンタローに『お前を殺す』と言われたこともあったっけなぁ……)
 それも遠い過去の話である。
 雪が降って来た。
「綺麗な雪だな」
「どうせならクリスマスに降ってくれれば良いのに。そしたらホワイトクリスマスになるのによぉ……」
 キンタローとシンタローが話し合う。シンタローは本当にホワイトクリスマスが好きなのだ。
「24日はコタローの誕生日だな」
「ああ。パプワと一緒に祝うよ。――コタローとパプワは同じ誕生日なんだからな」
「運命を感じるな」
「そうだな」
 グンマがソファで気持ちよさそうに寝ている。
「グンマのヤツ――寝てるな」
「毛布でも掛けるか?」
「後で部屋に運んで行ってやるよ」
 シンタローが言った。
「なぁ、シンタロー。……コタローとパプワの誕生日を祝えるようになって良かったな」
 シンタローにはキンタローの言わんとしていることがわかった。
「そうだな。――パプワとコタローは険悪な仲になったこともあるからな」
「かつての俺達と同じようにな」
「そうだな……」
「ハーレム叔父貴はどうしているだろうか――」
 キンタローが窓の外を向いた。キンタローはハーレムのことを考えているのだろう――自分もそうなのだから。
(ったく、このキンタローも俺も、どうかしている。あんなアル中相手に――)
 けれど、ハーレムはかつての隊長の威厳を取り戻しつつある。それを喜ばしく思うものの、可愛らしかった少年時代のハーレムも知っているシンタローは複雑な気分だった。
 こんなことを言うとキンタローに殺されるかもしれないけど――。
 シンタローはハーレムと寝たことがある。シンタローが未だに結婚しないのはハーレムの存在も大きい。
 パプワでさえくり子と結婚したというのに――しかも、子供までできている。
 俺もいい歳なんだよな――。
 溜息まじりにシンタローは考える。
 ミルクがゆっくりと冷めていく。シンタローはコップに口をつける。
「――いい味だ」
「お前も休むといい。シンタロー」
「そうだな……明日もあることだしな。眠れるかどうかわからんけど」
「う……ん……」
 グンマが寝返りを打つ。こんなところを高松に見られたら鼻血ものであろう。
「シン……ちゃん……?」
「おう、起きちまったか? グンマ」
「うん。今ね――パプワ島の夢見てたの」
 グンマは幸せそうに笑う。
「近いうちに現実のパプワ島に行けるぜ」
 シンタローは自分の心が暖かく溶けていくのがわかった。暖炉の炎のせいかもしれない。
「コタローちゃんもパプワくんも仲良くなってよかったね。みんな仲良くなって最高だね」
「うん……そうだな」
 それはシンタローが一番感じていたことだった。
 パプワもコタローもシンタローにとってかけがえのない存在だ。コタローもパプワを頼りにしているようなところがある。それがシンタローにとっては嬉しい。
 皆変わっていくんだなぁ……。
 全てがいい方に行くように信じている現在。まさか、あんなことが未来に待ち受けようとは考えもしなかった。
 ――とにかく、シンタロー達にとっては今が一番幸せな時であった。
 グンマがまた寝入ってしまう。シンタローとキンタローが顔を見合わせてくすっと笑い合う。
 ミルクの入ったカップは空になった。
「どうする? お開きにするか?」
「シンタロー」
「何だ? キンタロー」
「あの……な。ありがとう」
「礼を言われるようなこと全然してないぜ。俺は」
「けれど――俺に良くしてくれた……」
「ああ、あれは――」
 キンタローの失った二十四年間。それは自分のせいで失くしたのだとシンタローは思った。二十四年。大変なこともあった。泣きたいくらい辛い時もあった。けれども、楽しい時の方が多かった。
 俺は、幸せだった――。
「お前の二十四年間、俺が奪ったようなモンだからさ」
「でも、シンタロー。お前が悪い訳ではない」
「そう言ってもらえると嬉しいぜ」
「――ニセ者と言って悪かった」
「そんなこと、わざわざ謝んなくていいぜ。アスも悪いんだからな」
「ああ――」
「それに、お前は乗り越えたんだ。父親を」
 キンタローの父親、ルーザー。ハーレムはまだルーザーに引っ掛かりがあるらしく、事あるごとにキンタローの好意を躱しているような気がする。それでもだいぶ良くなってきたような気はするが。
「父さん……」
 キンタローは髪型までルーザーに似せた。いや、似せたのはキンタローの髪を切った高松だったのかもしれないが。高松はまだルーザーを慕っている。
 高松達の間でもいろいろあったかもしれないがそれはシンタロー達には直接関係がない。――関係はあるのかもしれないが、実感は湧かない。
 ルーザー……。
 あの男、キンタローの父が息子の呪縛を解いたのだ。
 だが――。
「キンタロー、お前には世話になっている。ほんとはいいヤツなのもわかってる。でも、お前には――子供時代と言うのがないんだよな」
「ああ。だが、コタローもパプワもそれぞれ大切な時間を奪われているしな。『失われた時を求めて』ての、あったろ? マルセル・プルーストの」
「名前だけは聞いたことがある」
 キンタローの言葉にシンタローは頷いてから答えた。そして続ける。
「お前も――失われた時を求めているのか?」
「俺はそんなことはしない。シンタロー、俺はお前達と過ごしている時間が大切だ。一日が一年の長さに感じられることがある。きっと神様が俺の失った時を改めてプレゼントしてくれているのだろうな」
「キンタロー……」
 キンタローはどこでこんなに強くなったのだろう。それを聞いてみたかった。
 俺よりも辛いはずだと思ってたのに――いつの間にこんなに柔軟な考えを身に着けていたのだろう。シンタローは思った。
 きっと、幸せは人それぞれなのかもしれない。
 パプワ――お前もそうだったのか?
 俺達に時間を与えてくれたお前は、失った時間を取り戻せているか?
 シンタローはカーテンを閉めた。
「キンタロー。俺、グンマを部屋に連れて行くよ。お前はどうする?」
「俺も部屋に戻る」
「研究か? 程々にしろよ」
「いや、今日はマジック叔父貴の誕生日で疲れた。俺はもう寝る」
「ああ、俺はまたこの部屋に戻って眠りにつくまでぼーっと考え事でもしてるさ。ここは俺のお気に入りの場所だからな。――後片付けは俺がやっとくから」
 シンタローとキンタローはお休み、と言い合って部屋を出る。暖炉の火が消えそうになっていた。
 グンマをベッドに寝かしつける。グンマが微笑んだような気がした。
 誕生日おめでとう、親父、とシンタローは離れた部屋にいるマジックに対して心の中で呟いた。

2016.12.27

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