Last eight years ~最後の八年間~ 27
結局、ハーレムには随分可愛がってもらった。
シンタローがジャンそっくりに成長するに従って、ハーレムの態度は冷たくなったが、ハーレムもいろいろ辛かったと思う。
けれど――。
最後の八年間、ハーレムと過ごした日々は、最高だった。
思い出を美化している。そうかもしれない。だが――とても楽しかった。
ハーレムには人を明るくする力がある。本人が明るいせいかもしれない。
(ハーレム……)
シンタローもいつかきっと天国へ行く。それまで待っててくれるだろうか。
彼に会ったら、二人で酒を酌み交わしたい。それで、下界のことをどうのこうのと言うのだ。
それが、楽しみでもあった。
ハーレムにとっても最晩年の数年間は幸せなものであったことを、いつもシンタローは祈っている。
「シンちゃーん。ご飯食べない?」
「ん」
シンタローはグンマの誘いに仕事しながら生返事で答える。
だが、シンタローはハーレムの死のショックから立ち直りかかっていた。家族のおかげもある。そして――。
「兄さん」
コタローがやって来た。金色の髪に青い目、黒い眉。なかなかの美青年だ。
「コタロー。すっかり美しく育って……」
シンタローは鼻血を拭きながら言う。――グンマがコタローに尋ねた。
「コタローくんもご飯、食べるよね」
「あ、僕、パプワくん達によばれているから」
「すっごい仲良しだよねぇ。コタローくんとパプワくんは」
「だって、僕、パプワくん大好きだから」
最初の頃はあんなに憎み合ってた二人。それが今は意気投合しているのだから人生はわからない。
わからないといえば、自分がハーレムに恋することだってわからなかった。
人は、一寸先のことだってわからないのだ。
だから――闇雲にハーレムのことを悲しむのはもうやめた。また、新しくいいことが起こるかもしれないし。
シンタローが半病人のようになったって、ハーレムは喜ばないだろう。
「シンちゃん。栄養はちゃんと摂らないと」
「そうだよ、シンタロー兄さん。グンマ兄さんの言う通りだよ。あ、シンタロー兄さんも一緒にパプワ島へ行かない? きっと歓迎されるよ」
「そうだなぁ……」
シンタローは思案した。パプワはシンタローの友達だ。
(今日からお前も友達だ)
そう言われてから随分経つ。パプワも大人になって、今では一児の父だ。くり子も美しく成長した。
リキッドがちゃんとパプワ達の面倒を見ているか抜き打ちでチェックするのも面白いかもしれない。
「よし、行こう」
「僕は留守番してるね」
「何だ。グンマは行かないのか」
シンタローが訊く。
「僕は家族で過ごしたいしね。僕が行ってしまうとキンちゃんも高松も寂しいだろうし」
グンマはウィンクした。
「楽しんで来てね。――パプワくんにも宜しく」
「ああ。わかってる」
グンマに対し、シンタローは鷹揚に応える。
久々にパプワに会える。ハーレムもパプワが好きみたいだった。
パプワは無茶苦茶をする割には皆から好かれていた。カムイじいちゃの育て方が良かったのかもしれない。パプワは心優しい青年に育っていた。
勿論、生物達とも仲が良い。
パプワはシンタローに似ていて、どっちがパプワでどっちがシンタローか当てるゲームをよくしていた。
仕事に区切りをつけたシンタローが立ち上がった。
「シンタローさん!」
リキッドが嬉しそうに言う。
「リキッド。パプワは?」
「元気っすよ。ほら、入った入った」
コタローとシンタローはリキッドに背中を押される。
――ここはいつ見ても変わんねぇな。
シンタローは思った。ハーレムのことを思い出しても、この島にいれば何だか元気になれそうな気がする。
青い空白い雲。立ち並ぶ椰子の木。ここは天国に一番近い島。
「料理作ったっすよ」
リキッドがご飯をよそう。
「私も花嫁修業でいっぱいお料理習いましたから」
くり子が笑う。
「美味しそうだな」
ご馳走が並ぶ。
「きゃ~、シンタローさ~ん」
「帰って来てくれたのね~」
イトウとタンノが駆け寄ってくる。シンタローは眼魔砲で吹き飛ばした。
「全く。変わんねぇなぁ」
「――お料理は無事でしたわ」
くり子がほっとしたように言う。そして、イトウとタンノの様子を見る。
「イトウさんもタンノさんも大丈夫ですか?」
「平気よ、このくらい」
「これも愛の証なのよね」
「何が愛の証じゃ」
「シンタローさんがまだ結婚しないのはあたし達がいるからなのよね」
「ちっがーう!」
タンノの言葉にシンタローは叫んだ。
「あら、でも、好きな人いるんじゃありませんこと?」
くり子はなかなかに鋭い。パプワも頷いた。
「シンタロー。早く家庭を持て。お前とだったら結婚したいという人は大勢いるだろ?」
パプワが言った。
「それが、そう言う気にもなれねぇしなぁ……好きな人に先立たれるのはごめんだし」
「家族はいいぞ。なぁ、ジュニア」
「うん!」
パプワもすっかり父親の顔だった。やはり、自分も結婚した方がいいのだろうか。候補もいることだし。
――時は流れて行く。子供達も成長する。そして死ぬ。シンタローは一度死んだ。そんな体験を味わった身としては、死はそう悪いものとは思えない。
死は終わりではなく、何かの始まりなのだ。不意に、シンタローは食物連鎖を連想した。
自分も年を取ったとシンタローは思った。
年を取ると、つい自分の考えに耽ってしまう。
今を思いっきり楽しめば、幸せが寄って来てまたどんどん楽しくなるから――ハーレムが生前に言っていた言葉だ。まさか、あの時はハーレムが死ぬなんて思いも寄らなかった。
ハーレムの死によって、『死』というものがどんなものであるかを感じ取れるようになったような気がした。
ルーザーは遠い人だったが、ハーレムは身近な存在である。
(ハーレム叔父さん、今頃、ルーザー叔父さんと仲良くしていますか?)
シンタローは天国にいるはずのハーレムに問うた。――それとも、彼の魂はもう生まれ変わって地上に降り立っているだろうか。
いつか、いつかでいいから亡くなった大事な人達と会いたい。
それが、シンタローの願いである。
会いたい。
ハーレムやルーザーや、母親にも。
――そう。きっと会える。彼らは自分の心の中にも住んでいる。例え死が立ちはだかろうとも、死者への想いは消えない。
2017.10.14
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