Last eight years ~最後の八年間~ 28

 カッカッカッ――。ガンマ団の廊下を赤い服の男が軍靴の音を立てて歩き去って行く。
 目指すはジャンと高松達のラボ。
「よぉ、シンタロー」
「何の用ですか。シンタロー総帥」
 ジャンと高松には目もくれず、シンタローは宣言した。
「ガンマ団科学技術研究所のプロジェクトを直ちに中止する。ただし、ノアの開発だけはしても良し!」
「はぁ? 何ですってぇ?」
「耳まで遠くなったか。ここは夢見る老人の戯言でいいようにされるには勿体ないんだよ」
「お言葉ですが総帥」
 ジャンの言葉遣いが改まる。
「私どもは正規にこのプロジェクトを進めております。実際予算も充分ありますし」
「永遠の若さを保つ為の研究か。セリザワに泣きつかれたぞ。実験台にされそうになったと言ってな」
「昔からのテーマを追い求める為なら仕方ないでしょう」
 高松がのんびりと答えた。
「キンタロー。お前はどう思う?」
 高松を無視してシンタローがキンタローに尋ねる。
「――仕方ないんじゃないか。俺も……ジャンと高松に賛成だ」
「てめぇまでボケたか。そんなことしてもハーレムは帰って来ないぞ」
「…………」
 そう。こんなことをしてもシンタロー達の最後の八年間は帰って来ない。
「ハーレムは……静かに眠らせとくのが一番いいんだ」
「ならどうして貴様は生きている!」
「キンちゃん!」
 グンマがキンタローに鋭い叱責の言葉を放つ。
「ハーレムの蘇生が自然でないなら……お前は存在自体不自然だろう。――そしてこの俺もな」
 キンタローが台詞の最後の方で自嘲する。
「寿命が尽きたらとっくに死ぬさ。そこのゾンビと違ってな」
 シンタローはジャンを指差した。
「え? お、俺?」
「言葉が過ぎますよ。シンタローくん」
 高松が注意する。
「悪いがオブラートにくるんで包めるほど器用じゃないんでね」
 シンタローは嘯く。
「シンタローくん。貴方の命令はきけません」
「俺達は自力でやって行きますよ。これからは」
「ああ、そうかいそうかい。じゃあ団の予算はあてにしないことだな」
「勿論」
「はなから雀の涙しかなかったじゃないか」
 高松とジャンが口々に答える。
 その中でキンタローだけが疑問を湛えた目でこちらを見つめていた。
「キンタロー……話がしたい」
「わかった」
「すぐに返してくださいよ。キンタロー様は大事なスタッフなんですから」
「うるせぇ」
 捨て台詞を吐くとシンタローはラボから出て行った。キンタローも後に続いた。

「悪いクセだぞ。シンタロー。どうしてお前はいつもそう喧嘩腰なんだ。だからハーレムともぶつかり合ってたんだ」
「損な性分だが仕方ないさ。嘘吐きよりはましだと思うぜ」
「そうか……酒でも飲むか?」
 シンタローは時計を見遣った。――八時十五分。もう窓の外は暗くなっている。
「そうだな……これでもちったぁ俺も反省しているんだ」
 シンタローの台詞にキンタローがくすっと笑った。
「……あんだよ」
「いや、ハーレム叔父貴に似ているなと思って」
「あんな獅子舞に似てたまるかよ」
「行き場のない俺とコタローを拾ってくれたのはハーレム叔父貴だ。当時の俺だって闇雲に力を発揮するだけが戦いではないことはわかっていた。ハーレムが、戦い方を教えてくれた」
「コタローは立派に更生した。お前もそうなれ」
「少なくともお前よりは紳士になったつもりだが?」
「どうだか」
 シンタローはせせら笑った。
「ルーザーの息子だからいい子になろうと努力してるだけなんじゃないのか?」
「――違いない。今でも血が沸騰する程腹が立つ時もあるしな」
「まぁ、だが……ルーザー叔父さんよりは理解があるって評判だぜ」
「話はちゃんと聞くようにしてるからな」
 キンタローは些か得意げだ。
「お前も話術が上手になったじゃないか。けなしておいて褒める」
「交渉術の初歩だぜ」
 シンタローは渡されたグラスを傾けた。
「――いい酒だ」
「シンタロー。以前のハーレム叔父貴みたく、酒に飲まれないように気をつけろよ。そう言えば、こんな詩があったな。一杯目、人、酒を飲む――」
「三杯目は酒、人を飲むだろ? わかってるよ。そのぐらい」
「ハーレム叔父貴は意志が強かったな。あの飲兵衛がある時期を境にぴたっと飲まなくなった」
「アルコールは害があるからな。百薬の長なんぞと言っても」
「叔父貴は酒を断ったら長生きできると思っていた。だけど――あの男は根っからの戦士だったな」
「ああ」
 シンタローを庇って死んでしまったことを指すのだろう。このことについては、シンタローはあまり深く考えてみたくはない。それでも、一生分泣いたのだ。
「あの男の死によって、俺達の青春は――終わってしまったと思うんだ」
「ハーレムが青春の象徴か」
「そう」
 グラスを両手で囲みながらシンタローが神妙な顔で頷いた。
「俺達の『最後の八年間』は二度と帰って来ないんだ。そう思うと、何か切なくてね」
 シンタローが胸を押さえた。
「シンタロー?」
「大丈夫だ」
 そう言ってシンタローは片頬笑みをした。キンタローが物憂げな顔をした。
「ハーレムがいなくなったガンマ団は――どうなるかな」
「てめーらが暴走しなきゃ何とかやって行けるんじゃねぇの? 俺達はまだ若い。将来だってある」
「将来か――」
 キンタローがぼそっと呟く。キンタローの過去の大半はシンタローが持って行った。だから、シンタローはその奪った人生を返さなければならない義務があると考えている。
「そんな顔するな。シンタロー」
「どんな顔だよ!」
「お前が心配しなくても俺とグンマでジャンと高松を説得してみせる」
「お前は奴らに賛成ではなかったのか? 考えが変わったのか? 高松はともかくジャンは簡単に説得できるかねぇ。あいつは難物だぞ」
「サービス叔父貴の力を借りる」
「サービス叔父さんを巻き込むのか?」
「この場合は仕方がない。セリザワまで駆り出された時にはやり過ぎだと思ったからな。セリザワはハーレム叔父貴をただ慕ってやって来ただけなのに」
(ハーレム叔父さん……)
 きっとこの先、ガンマ団の迷走が始まる。でも――
(俺は止めて見せる。例えどんなに困難な道でも)
 人にはそれぞれ宿命と言うものがある。これからいろんな物事に出会うだろう。その時に強く自分を持てるよう、シンタローは失った大切な存在の名において固く約束した。

後書き
最後の八年間シリーズは、これで一応終わりです。
まだ、次回作はあるのですがね。
オリジナルキャラも出ましたね。イザベラはいくつになったんだろう……。
シンタローも強くなったと思います。最後、シリアスになりましたね。
読んでくださった皆様方、ありがとうございます。
2017.10.25

BACK/HOME