Last eight years ~最後の八年間~ 25

「んで? 猫カフェは楽しかったか? ティラミス」
 チョコレートロマンスが訊く。
「そりゃあもう!」
 ティラミスが一生懸命猫の魅力について語る。――チョコレートロマンスが呆れて小さく欠伸をする程に。
「聞いてるのか? チョコレートロマンス」
「聞いてる聞いてる」
「言っとくけど、最初に質問したのはお前なんだぞ」
「ティラミス。お前が猫好きなのはよくわかった。……でも、本当はもっと別の理由があるんじゃないのか?」
「別の理由?」
 チョコレートロマンスが頷いてからこう言った。
「例えば、ハーレム様と分かり合えたとかさぁ」
「そうだなぁ……あの人、本当はそんなに嫌な人ではないのかもしれない」
「俺もそう思ってたよ。――でも、悔しいなぁ。ハーレム様にお前取られちまったみたいで」
「心配するな。僕はお前の方が好きだ」
「――気持ちだけ受け取っとくよ」
 チョコレートロマンスが嬉し気に口元を緩めた。いつも飄々としているこの男。長い付き合いだが、何を考えているのかわかりゃしない。
 雰囲気がちょっと、ハーレムといつも一緒にいる特戦部隊のロッドとかいう男に似ている。まぁ、チョコレートロマンスの方がいい男なのは間違いないのだが。
 ティラミスが相手の顔をじっと凝視した。
「どうした? ティラミス」
「何でも」
 僕は幸せだ――ティラミスは思った。幸せ過ぎて言葉が出ないことって、あるんだな。
「ま、何かあったら俺に言いな。こう見えても、相棒のつもりなんだからよ」
 チョコレートロマンスがティラミスの頭をぽんと撫でた。
 自分でも相棒のつもりだが、チョコレートロマンスの恋愛事情と言うのはいまいちよくわからない。モテない訳ではないと思うが。
 友としての贔屓目かもしれないけれど、チョコレートロマンスはいい男だ。しかし、特定の女性がいるのかどうかさえわからない。
 彼に想いを寄せている女性に相談される身にもなってくれよ――。
 でも、そういうところもひっくるめて、チョコレートロマンスが好きなのだ。別段恋ではないが。というか、そう思いたい。
(こいつを恋人にしたらいらぬ苦労が増しそうだものな――)
 尤も、それは相手がハーレムであっても同じだろうが――。
 だが、ハーレムはリキッドと言う青年が本命らしい。そこまで考えて、ティラミスはちょっと面白くなくなった。幸せな気持ちはどこかに行ってしまった。
「何だよぉ、暗い顔して。さっきはにやけてたくせに」
「チョコレートロマンス、お前にはわからないだろうな」
「そうだなぁ。お前らのことについては、あまりくちばし突っ込みたくないんだがな」
 充分突っ込んでるよ。――ティラミスは心の内でそう答えた。
 これも幸せ……なんだろうか。気持ちがくるくる動いて落ち着かない。
「今度は犬カフェでも一緒に行くか?」
「犬カフェなんてあるのか?」
「何だよ。知らなかったのか? 表通りに『ワンワンカーニバル』という店があるぜ」
「……行ってみようかな」
「総帥が動物好きで助かったよ。楽しいだろ? なぁ」
「――チョコレートロマンス。前から訊きたかったことだけど、どうして僕に構うんだ?」
「だから、それは相棒だから――」
「どうして僕なんかの相棒になろうとしたんだい? 利点はこれっぽっちもないだろう?」
「やれやれ。自己評価低いなお前。――お前、結構モテてるんだぞ」
「嘘だ!」
「嘘じゃないって。ハーレム様もさ、嫌な相手と猫カフェ行かないって」
「うっ……」
 確かに、誘ってくれたのは何らかの好意があるからかもしれない。だけど――。
「ハーレム様、僕に拷問したんだよね……」
「ああ、あの件か――」
 チョコレートロマンスが遠い記憶を探るように呆然とした顔をした。彼もその場にいたのだ。――ティラミスと一緒に拷問を受けたのだ。
「でも、あれでも被害は最小限に抑えてくれてたんだろうぜ。特戦部隊が本気出したら、俺達死んじまう」
「――かもね」
 でも、それは自分達の口を割らせる為であり、そして――。
「ハーレム様にズボン取り上げられたこと、僕は一生忘れない」
「一生忘れないんだったらもっと他のことにしろよ。例えば、さっきの話にも出てた猫カフェ行ったこととか」
「そうできたらいいんだけどね……」
「でも、あの時、ハーレム様何がしたかったんだろうね。キンタロー様とコタロー様と一緒に飛行船を乗っ取って」
「さぁ……遅めの反抗期じゃない?」
 それはハーレムの謎多き行動のひとつだ。ハーレムはやるとなったら必ずやる。けれど、どこに明確な目的があるのかわからない。
「案外、マジック様に見捨てられたようで寂しかったりして」
「子供ですか」
「ティラミス、慰めてやったら? リキッド様は島の連中に取られているし」
「嫌だ」
「何が嫌なんだ。ティラミス」
 低い声が降って来た。ハーレムだ。
「よぉ。ティラミス。チョコレートロマンス。元気か?」
「貴方が来るまではね。ハーレム様」
「おうおう。皮肉が上手くなったこと。昔は四角四面なヤツだったのに面白れぇヤツに育ったな」
「ハーレム様のお仕込みでしょう」
 チョコレートロマンスが言った。
「なるほどな。――実は、犬カフェ行こうと思ってな。ティラミス、チョコレートロマンスも来るか?」
「あ、俺、犬好きだから行きます!」
「チョコレートロマンス!」
「まぁまぁ。相棒として上司と部下の仲を取り持つのも仕事だよ」
 チョコレートロマンスがティラミスの肩を軽く叩く。ティラミスはチョコレートロマンスにはどうしても逆らえない。だから相棒なのだろうか。
「僕の上司はマジック様だけです」
「ハーレム様だってマジック様の弟だぜ。それにさ、ハーレム様と誰かが談笑している時に、妙に寂しそうな顔してるじゃないか。お前」
「な……!」
 ティラミスはチョコレートロマンスにそんな風に見られていることを初めて知った。そして、そんな己が恥ずかしかった。
 僕は確かによくハーレム様を見ている――。
 ハーレムがどんな風に自分を思っているのかは知らないが。
「可愛い犬がいっぱいだってなぁ。ティラミスも行くだろう? 勿論」
 断定が前提か。ハーレム隊長――この人は。
「……ったく、仕様がありませんねぇ……」
 ティラミスがソファから立ち上がりかけた。その時だった。
「ハーレム叔父さん、ここにいたんだね」
 シンタロー総帥のまだ若い声。
「シンタロー!」
 ハーレムの顔が途端に輝いた。
「その……今日、昼飯一緒にどうかな……ほら、作戦会議もしたいし」
「おう。喜んで。――じゃあな、お前ら。犬カフェはまた今度にしよう」
 シンタローとハーレムは揃って行ってしまった。
 ハーレム様は僕達と一緒に犬カフェ行くはずだったのに――。この僕達と――。
「ほんとはこっちが先約だったのに――」
 ティラミスが独り言つ。
「まぁ、かち合う時は仕方ないさね。今日は俺のおごりだ」
 チョコレートロマンスは今日も優しい。ティラミスは頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「あまり高いメニューは遠慮してくれよ。――しかし、いつからシンタロー様はハーレム様に懐くようになったのかな……?」


2017.9.11

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