Last eight years ~最後の八年間~ 23
高松、サービス、ジャンの三人は高松の部屋に遊びに来ている。竹馬の友の三人は今でもちょくちょく会っているのだ。近くに住んでいるせいもある。
「はい、送信完了っと――高松、さっきの月の写真、お前のパソコンとケータイに送っといたぜ。サービスのケータイにもな」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「ついでにキンタローとグンマの隠し撮り写真も……」
「ええっ?!」
「嘘だよ」
高松は危うく鼻血を噴くところだったらしい。
「あまり興奮させないでください。体に悪いですから」
「同性の隠し撮り写真で興奮するのもどうかと思うがな……」
紅茶を優雅に飲みながら、サービスが尤もなことを言う。今はこの部屋を汚して欲しくない。鼻血を出すんだったら、自分のいない時にして欲しいものだ。
「そうだ。月の写真、SNSにも送っとこうと」
ジャンがケータイをいじっている。彼らは『天文学同好会』というグループに参加している。
「よしっ、こっちも送信完了!」
ジャンは満足そうだ。
「『天文学同好会』ですか?」
「うん!」
「データを世界中の人々と共有できる。いい時代になりましたね」
「便利だよな」
「私にはついていけない」
サービスが異を唱えた。高松がふふん、と嘲笑う。
「そう言うのは年取った証拠ですよ」
「お前だって同い年だろうが。――四万円、早く返せ」
「四万円? 何のことですかぁ?」
「とぼけやがって……それとももうボケたんじゃないだろうな」
「サービス……アンタ、その口の悪さ、ハーレムにそっくりですよ」
「あいつと一緒にするな」
ハーレムはサービスの双子の兄である。
ジャンはサービスと高松の掛け合い漫才を見ながらニコニコしていた。
「いやぁ、懐かしいねぇ、思い出すなぁ、あの頃を」
「じじむさいぞ。ジャン」
「仕方がありませんよ。この中では一番じじいですからね。彼は。見た目は一番若いですが」
「――俺、必死でお前らのようなナイスミドルになろうとしたんだぜ」
ジャンが高松に反駁する。
「それで、あの無精髭ですか」
「――高松。ジャンのセンスのないのは昔からだ」
「二人ともひっでぇ~」
ジャンは言葉とは裏腹にけらけらと笑っている。
「何だこいつ――もう酒が入ってんのか?」
「まだですよ。この人は素面でもあんな感じです」
「でもさぁ、ほんと、懐かしかったんだぜ。また会えて良かったよ。サービスに高松」
ジャンが、サービスと高松、それぞれにハグをする。
「何するんですか。ジャン」
そう言いながらも、高松はそう嫌そうでもなかった。
「あ、ケータイにメールが来てる。『月の写真ありがとう』だって」
「誰からですか?」
「ケビンからだよ。お礼の写真も添付されてるよ。ほら」
そこには、月の写真が。
「ほほぉ。あっちでは月がこんな風に見えているんですねぇ」
「どれどれ?」
「あ、サービスも見てみなよぉ~」
「何だかこっちで見るのと同じような写真だな」
「そんなことありませんよ。ほら、こっちの方が綺麗な弧を描いているでしょう?」
「どんな違いがあるんだか」
サービスは頭を振った。
「私は到底天文学者にはなれそうにないな」
「私だって専門は生物ですからね。天文学はまぁ、趣味ということで」
「俺のは趣味じゃない!」
ジャンは力説した。
「俺達はいつか宇宙へ進出するんだ!」
「はいはい。――不老不死のアンタだったら可能かもしれませんね」
ジャンは、赤の番人を辞める時、不老不死の体をもらったのだ。――高松とサービスはそう聞いている。
「サービス、お前の美貌を永遠に留めておく為に俺ら鋭意研究中だからな」
ジャンが言う。
「それはサービスはていのいいモルモットと言うことですか?」
「高松!」
「いや、冗談冗談。冗談ですから怒らないでくださいよ」
高松は笑っていたが、目が鋭く光っていたのをサービスは見逃さなかった。サービスは思った。自分は今、何を飲まされているのだろうか。
永遠の美貌を保つ為の紅茶。そう高松は言っていたが――。自分をモルモットにしているのは高松の方ではないだろうか。
でも、この紅茶は実際旨い。皇帝の紅茶も敵わない。高松が味にこだわったのだろう。この男は案外グルメだ。
グンマの作った手料理で何日間か寝込んだこともあるにはあるが――。グンマも今ではまともな料理を作る。
ジャンの料理は、よく出来た時と失敗した時の差が激しい。
シンタローとは違うところだ。同じ顔をしていても。シンタローの趣味は料理だ。
本人は否定するかもしれないが、シンタローはマジックの影響を多大に受けている。だから、あそこまでブラコンなのかもしれない。
シンタローもコタローのことでは鼻血を噴くことが多い。高松もシンタローも出血多量で死なないように、サービスは密かに祈った。鼻血ブースケはどうでもいいが。
「この月の写真、待ち受けにしようっと」
ジャンは月が気に入っているらしい。
「酒でも出しますか?」
「待ってました~」
ジャンがパチパチと手を叩く。
「いいけど、私はワインしか飲まんぞ」
サービスが言う。
「くっ……相変わらず我儘ですね……そう言うと思ってカーヴから取っておきましたよ。今日は何となくアンタらが来そうな感じがして」
「やっぱりテレパシーだ!」
ジャンは目を輝かせた。この男は超科学でも研究した方がいいのではないだろうか。
「勘ですよ、勘」
「勘も科学的に解明できれば……」
ジャンは真顔でぶつぶつ呟いている。冗談かと思えば、案外本気のようだ。科学者という立場はジャンに向いているのかもしれない。――ジャンは研究熱心だと聞くし。
――彼の美的センスは最悪だが。パプワ島で長年生物達に囲まれていれば当然かもしれない。
「'96年物のボルドーワインですよ」
「もっといい物がお前のカーヴにはありそうな気がするが?」
「そんな秘蔵のワインは、もっとおめでたい日に出すもんですよ」
「何年ものでもいいじゃん。飲めれば」
ジャンはすっかり酒飲みになっていた。
そういえば、ハーレムも酒飲みだったが、今は禁酒しているらしい。どれぐらい続くか見ものだ。
高松がワイングラスを棚から取ってくる。ちりちりん、とワイングラスの触れ合う音がする。高松はワイングラスに酒を注ぐ。
サービスとしてはもっと古いワインが飲みたかったが仕方がない。
「乾杯」
三人のグラスがちりん、と合わさる。ジャンが旨そうに酒を飲む。しかし、あんな飲み方ではワインに失礼ではないだろうか。
サービスはゆっくりと口に含ませながら嚥下する。年が若いとは言え、流石に高松の選んだボルドー。美味だった。
2017.8.22
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