Last eight years ~最後の八年間~ 22

「おーい、サービスー」
 ジャンがサービスを呼ばわる。もう外はすっかり暗くなっている。ハーレム達のいるピシディア国ではもう朝である。
 ――だが、今回は、ジャン、サービス、高松にスポットを置きたい。
 サービスの部屋の窓が開いた。
「何か用か」
「うん。久々に高松のところ行こうと思って。サービスも来ない?」
「そうだな。旧交を温め合うのも悪くないか」
「突然行って高松のことびっくりさせてやろうぜ」
「あいつは僕達が行ったところでびっくりもしないと思うが――今行くから待ってろ」
「へーい」
 サービスは言葉通りすぐに降りて来た。
「何だ、ジャン。無精髭は剃ったのか」
「サービス、お前に言われて剃ったんだよ」
「お前はその顔の方が似合う」
「元々童顔だから髭がないと年下扱いされるんだよな。永遠の十八歳と言ってもいいことばかりじゃないやね」
「それは自慢か?」
 サービスが眉を顰める。
「何をおっしゃるうさぎさん♪」
 ジャンがお道化た。こいつも変わらないなぁ、とサービスは思う。否、昔より性格が軽くなったような気がする。
 ――まぁ、一旦は死んだんだ。性格が変わるのも無理もない。
「赤の番人は不老不死だからな。楽しいこともあったけど、やっぱり、サービスや高松と一緒にいたあの時が一番輝いていた」
 赤の番人。確かに苦労はしそうだな。サービスが口角を上げた。
「サービス、笑った。笑うと綺麗だなぁ、やっぱり。もっと笑えよ」
「お前が傍にいてくれたら、笑ってやってもいい」
「ほんと? じゃあ、ずっとお前の傍にいるぜ」
 ジャンも笑った。
 笑顔が似合うのはお前の方だよ。ジャン。お前の笑顔はいつ見ても変わらない。安心する。
 サービスが見つめていると――。
「あ、高松だ。おーい」
「ジャンにサービス。何ですか?」
「今、お前のところに向かおうと思ってたんだ。そしたらお前に会えたんでテレパシーが通じているのかな、やっぱり」
 ジャンが高松に向かって嬉しそうに言う。
「何がテレパシーですか。非科学的なこと言わないでください」
「はいはい」
「ちょっと――散歩に出ていたんですよ。今日は月が綺麗なんで」
「高松って月好きだったっけ?」
「嫌いではありません」
「俺も好きだよ」
 高松とジャンが月を見上げる。
 しかし、ジャンには太陽の方が似合う。サービスはずっとそう思っていた。
 初めて会ったあの頃から、サービスはジャンを太陽みたいな男だと思っていた。
 だから、反発もしたけれど――太陽の輝きに魅せられる人は少なくはない。
 サービスも月が好きだ。月にはロマンがある。月に関する様々な神話が作られるのも当然だろう。
「高松。お前の部屋に遊びに行ってもいいか?」
 ジャンが高松の肩を抱きながら馴れ馴れしく訊く。
「いいですけど?」
「ジャン――高松の部屋は鼻血で汚れてるぞ」
 サービスが言った。高松は稀有の鼻血体質なのだ。特に、グンマやキンタローが来た時に噴出する鼻血の量はすごい。
 よく出血多量で死なないなぁ、と、サービスは呆れながらも感心する。こいつも不死の男なのかもしれない。
「失礼ですね、サービス。ちゃんと掃除はしてますよ」
 その掃除もグンマやキンタローが再び来たら無駄になってしまうのだろうが……。
 そう言えば、学生時代から高松は掃除魔だったとサービスは記憶している。グンマやキンタローが帰った後、鼻歌でも歌いながら鼻血の染みを落としているのかもしれない。
「おっ、ジャン。髭剃りましたね」
「うん。サービスや皆に言われたからね。でも、シンタローと間違われないかな」
「アンタはシンタロー君と違ってアホ面だから大丈夫ですよ」
 高松が軽口を叩く。これも昔馴染みだからこそ言えることだ。
「シンタローの方がいい男だしな」
 サービスも高松に便乗する。
「何だよー、サービスまでー」
「こんなことでへらへらしてるから馬鹿にされるんですよ」
 高松が苦笑する。――ジャンは高松の肩に回していた腕を解いた。
「俺、馬鹿にされてんの?」
「されてるよ」
 サービスが続ける。
「誰に?」
「僕に」
「あっそ、サービスだったら構わないや」
「私はこんなに馬鹿にされても笑っているアンタのこと、尊敬してますよ」
「高松ー。それって褒めてんの? けなしてんの?」
「どっちもですねぇ」
 ジャンがいればその場は明るくなる。
 良かった。ジャンが無事で。――サービスだって、ジャンに対して「いつまで『実は生きていた』ことを内緒にしているつもりだったんだ!」と胸ぐら掴みたくなることもあるけれど。
 ジャン、サービス、高松は三位一体だ。
 学生時代から、
「お前らを見ていると飽きない」
 といつも言われてきた。今もそうだろう。
 口の悪いハーレム辺りには三馬鹿トリオって呼ばれているようだが。ハーレムには友達がいないから羨ましいのだろう。
 ――いや、あの男がいた。川原士郎。もう随分前に亡くなったけど。
 カワハラが死んだ時は、ハーレムも落ち込んだらしい。でも――カワハラの魂はいつもハーレムと共にいるから。サービスにはわかるのだ。
 実はカワハラが生きていた、ということは流石にないだろうけれど。
 それに、ハーレムには特戦部隊の部下達がいる。退屈はしないだろう。
 サービスがジャンや高松といて退屈しないように。
 ジャンはケータイを取り出し、カシャカシャと写真を撮る。写真もジャンの趣味のひとつだ。ジャンには趣味が多い。
「ジャン、その月の写真、後で送ってくださいませんか? デジカメ忘れて来てしまったもので」
「いいぜ」
 高松の頼みにジャンが気軽に答える。
「私にも……」
「サービスもこういう綺麗なもの好きだったよな。うん。サービスの分もまとめて送るよ」
「ありがとう」
 ジャンが目を見開いて、それからこう言う。
「サービス……よく笑うようになったな。昔に戻ったみたいだ――ううん。昔よりもっと笑えるようにしてやるよ」
「私が笑うのがそんなに嬉しいのか?」
「嬉しいぜ。親友が喜んでるとさ。……けど、サービスに惚れる人間がこれ以上増えたら困るなぁ、なんて――ライバルがいっぱいでさ」
「ふふ……」
 サービスは可笑しくなってつい忍び笑いをする。これまでは無意識のことも多かったが、今は、「ああ、笑えてるなぁ」と自覚している。
「あ、その顔もいいな」
 ジャンは一生懸命サービスの写真を撮っている。
「ほら、ジャン、サービス。行きますよ」
 高松が二人を呼ばわる。ジャンはケータイの手を止めた。そして、サービスの袖を引っ張る。
「あ、待てよ、高松。ほら、サービスも行こうぜ」


2017.8.12

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