Last eight years ~最後の八年間~ 21

「ピシディアにようこそ。プレキットです。――お話は伺いました」
 プレキットと言えば、ピシディア国の最高権力者と言っても過言ではない。
「こちらこそ、貴殿と会談することが出来て光栄です」
 ハーレムも丁寧に、相手の機嫌を損ねないように話す。ハーレムは若い時から語学が得意であった。意外な才能である。
「私もガンマ団とは協力したいと考えていました」
「願ったりです」
 ハーレムとプレキットが握手をした。パッ、パッとカメラのフラッシュが焚かれる。
「では、交渉成立ということで」
 プレキットがにっこりと笑った。ハーレムも笑顔だった。

「ふー、それにしても、今回は傍で見ていても緊張したっすね」
 ロッドが深呼吸をしてから言った。
 夜のピシディアの港町をハーレムとロッドがぶらぶらしている。Gとマーカーは飛行船に帰っていた。
「でも、シンタロー総帥が出番なしというとこは面白かったっすね」
「まぁな」
「でも、ハーレム隊長が話し合いでカタをつけるなんてねぇ……武力も使わずに」
「無駄な戦いは避けた方がいい」
「へぇー。昔は『黄金の死神』と言われたハーレム隊長のお言葉とは思えませんね」
「うっせ。お前ら陰で俺のことを『黄金の獅子舞』と呼んでただろ」
「うはぁ、バレちゃってましたか」
「長い付き合いだからな。それに、俺は獅子舞が嫌いではない」
「じゃあ、今度から堂々と獅子舞様と呼んでいいですか?」
「やめろ」
「へーい」
 ロッドが肩を竦めた。
 港町はけばけばしくて明るいが、どこか哀しくて切ない。
「哀しい色やね……」
 ロッドが呟く。
「え?」
 ハーレムが思わず声に出す。
「いやね、日本の歌にそういうタイトルのがあるんすよ。確か、オオサカのことを歌った歌だったかなぁ。俺も大好きっす」
 ロッドが答える。
「ふぅん……そういえば慰安旅行のカラオケで歌ってたな。お前」
「えへへ。美声だったっしょ」
「俺の方が声はいい」
「へいへい。そういうことにしておきましょ」
 ロッドがふっ、と笑う。
「あー、歌いたくなってきたな」
「我慢しろ。奇異な目で見られたくなかったらな」
「皆聞き惚れると思いますがねぇ。でも、隊長が言うんならやめましょ――酒場には行かないんすか?」
「行かん。俺はもう酒は止めた」
「うん。そう聞いてたけど……一杯ぐらいいいじゃありませんか」
「――お前は俺を誘惑する気か?」
「えへへ。いいじゃありませんか。酒の一杯ぐらい」
「悪魔の囁きだな」
「それはひどいおっしゃりよう――こんなセリフ、どこかで見たような気がするんすよ」
「俺は知らんな。酒場なら一人で行け」
「隊長がいないとつまんないっす」
 ロッドがハーレムの腕を取ってしなだれかかった。
「どうした?」
 と、ハーレム。
「んー。酒場がダメならラブホがいいかな、と思って」
「もっとダメだ。スキャンダルはご法度だからな」
「ちぇー」
「おい、腕を放せ」
「わかりましたよ。俺、隊長といられればそれでいいんで」
「――お前、変わんないな」
「そうっすか?」
 ロッドが橋の欄干に頬杖をついた。夜の風が生ぬるい。
「悪くない国っすね。ここ。イタリアに似てる」
 ロッドはイタリア人なのだ。
「久しぶりにフェリちゃんに会いたいな」
 フェリちゃんとはフェリシアーノのことで、イタリアという国の擬人化されたキャラクターである。
「おめーらいつもメールで連絡し合ってるだろ」
「実際に会って話したいんす。メールだけじゃやっぱり限度がありますもんね」
「フェイスブックでも話してるだろ」
「んー、そうなんすけどねぇ……直接会って話すのとはちょっと違いますしねぇ」
 ロッドがくるくると髪をいじる。
「隊長、無聊を慰めてくださいませんか?」
 そう言って、彼はニヤリと笑む。
「断る」
「なに、いかがわしいことは考えてませんよ。朝まで隊長とここでだべっていられれば」
「マーカーが寂しがるだろ。お前らいっつも一緒にいるからな」
「そうっすかねぇ……まぁ、マーカーちゃんはいい友達だから」
「友達か……」
 そう言うのは自分にはいなかったな、とハーレムは心の中で思う。いや――学生時代にはそれなりにいたはずだが、みんなバラバラになってしまった。
 マジックにもジョン・フォレストがいるが。
 自分には、ジャンや高松ぐらいか――あれは悪友とでも言うべき存在だろうな。
 ハーレムが吹き出す。
「何すか? 思い出し笑いっすか?」
「まぁな」
「何考えてたんすか?」
「友達って、俺にはいたかなぁ、と考えていたんだよ。――そしたら、ジャンや高松のことを思い出した」
「えー? あの人達はサービス様の友達でしょう?」
「――違いない」
「寂しそうな顔しないでくださいよ。隊長には俺がいるじゃないっすか。ね」
「お前など友達ではない?」
「え? じゃ、恋人?」
「――ただの部下だ」
「ちぇー。やっぱりリキッドちゃんの後釜には座れないか」
「お前な、勘違いしてるようだが、リキッドとは何もなかったぞ」
「ええっ?! 隊長こんなに魅力的なのに?! 勿体ないことしてんなぁ……」
「――今、つくづくリキッドがお前みたいな性格でなかったことを感謝するよ」
「でも、今度リキッドちゃんに会ったら、焼けぼっくいに火がつくかもね」
「下らんことばっかり喋るな。お前は」
「マーカーちゃんにも言われますよ。それ」
 ははは、とロッドが笑う。ハーレムはロッドを見つめた。一見、軽くて陽気でスケベに見える男。地中海みたいな明るい海の似合う彼。
 そして、どこか哀しさを秘めた彼。
「マーカーちゃんも来れば良かったのに……」
 ロッドの声がぽつりと洩れて風に攫われて行った。


2017.8.4

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