Last eight years ~最後の八年間~ 2

「ハッピーバースデー、マージック!」
 浮浪者姿の長い黒髪の男が来た。それは――。
「貴様か」
「俺だ」
 彼の名はジョン・フォレスト。マジックの自称親友である。マジックは、この男はいつまで経っても変わらんな、性格も、見た目も――と思った。
 ジョンは初めて見知った時からちっとも変わっていない。
 サービスの親友ジャンには若さの秘訣を教えてくれとねだられるが――サービスの為にだ、勿論――ジョンは飄々とかわし続ける。
 マジックもジョンの正体を突き止めた訳ではない。それでいいと思う。謎の多い男だが、マジックの知ったことではない。
「よっ、マジック。――あそこに倒れているのは君の賢弟かい?」
「――愚弟だ」
「あーあ、すっかり酔いつぶれちまってら。ハーレムって酒に弱かったかい?」
「いや、酒豪の筈だが――このところ激務で疲れてたんだろう」
「それで休ませているって訳か、優しいね」
「マジック様~、ムニャ」
 マジック鉢巻きに法被姿の山南が寝言を言う。
「こいつか。マジックの取り巻きと言うのは」
「正確にはその一人だ」
「モテるねぇ。マジック」
「変な輩ばかりで疲れることもあるよ」
 例えば、ミツヤや山南のような――。ジョンもその変人の一人だ。悪い奴ではないとは思うが。
「まだ半殺し屋集団やってんの?」
「もう引退したと言ってるだろう。後はシンタローに任せてある」
「軍で培ったノウハウを平和利用すればいいのに」
「戦争は科学を発達させる早道だからな。平和時には欠伸をするような輩でも、敵国を倒す為となると途端にムキになるからな」
 ジョンは縛った髪を揺らした。
「それを利用してきたのが君じゃないか」
「――違いない」
 マジックが酒瓶を持ってきた。
「飲むかい?」
「もち」
 ジョンとマジックのグラスにウィスキーが注がれる。ハーレムが持ってきたワインはとっくに飲み干した。酒なんぞ持ってきてどうしようもない弟だ。本当ならばハーレムはアルコール中毒を治さなければならないところだが、今日だけは許してやる、と飲酒の許可を与えたところがマジックの甘いところだ。――マジック自身、そう考えている。
「皆は元気かい?」
「元気だ」
「それは良かった。いや、このところ妙な予感がしてさ」
「年のせいじゃないのか?」
 マジックの台詞にジョンはくすりと笑った。
「君には言われたくないな」
「私だって君には言われたくない」
「――んで、妙な予感の話だけど……」
 ジョンは喋り出した。この男が喋り出すと長い。ついいらいらして、
「貴様は何が言いたいんだ!」
 と、怒鳴りたくなってしまう。
 けれど――ジョンは今回はいきなり本題に入った。
「今が一番幸せな時期ではないかと思ってね。我々にとって。というか、君達にとって」
 そういや、この男は嘘かほんとか知らんが運命を先読みすることができたんだっけな――マジックは思い出す。
「じゃあ、将来はどうなるんだ?」
「――それは知らない方がいいと思うよ」
 ジョンは謎めいた瞳でマジックをひた、と見つめた。ミツヤと同じ優男だが、ミツヤにはない有無を言わさぬ迫力がある。
「我々が幸せだと言ったが、ルーザーはどうなるんだ? あいつは実の息子に殺されたんだぞ」
「ルーザーも承知の上さ。そうだな……ルーザーなんてのもいたんだっけな」
「野暮を承知で訊こう。あいつは今、どうしている」
「宇宙にいるよ。ひっそりとね。多次元の空間とでも言うべきかな」
「我々はそこに行けるかな」
「アンタが生きているうちはまず無理だろうね」
「――お前もな」
 けれど、異次元にあったパプワ島にもマジックの息子コタローは到着し、彼らの活躍で島は復活した。ガンマ団にも今はパプワ島支部があるくらいだ。ほんのあばら家だが。
 だから、弟ルーザーもきっと――。
 マジックはそこに希望を繋いでいる。
 そして――気がかりなこともある。
 すまないね。ハーレム。
 ルーザーとハーレムの関係は知っていた。知っていて、黙っていた。
 ハーレムもルーザーとのことは自分で何とかできなくては青の一族とは言えない。そう思って黙殺した。
 自分は何て傲慢な兄だったことだろうと思う。何もかもを知っていて――結局何もできなかった。
 止めればよかった、ルーザーの為にも――。
 けれど、マジックはルーザーをも失うことが怖かったのだ。マジック四兄弟は無駄な者は排除し、彼らだけで身を摺り寄せていた。
 そして、サービスの秘石眼コントロールの失敗……。
 あの時、マジックはサービスを追放することもできた。だが、そうはしなかった。マジックにとってサービスもやはり可愛い弟だったのだ。
 ハーレムも――昔は可愛い弟だった。
 競馬と酒で身を持ち崩したこともあったが、何とか今は真面目に特戦部隊の隊長として働いている。法外な給金をねだられるのは何だが。あれもハーレムなりの甘えなのだ。不器用な愛されたがりの甘ったれな弟としての。
 そういえば、第一のパプワ島から赤の一族が出て行った時からハーレムはマジック――そして、シンタローの為に働いて来た。
 シンタローとも確執があったと聞くが、その辺のことはわからない。いや、おぼろげながら掴んではいたが、本人達の仲を引っ掻き回すようなことだけはしたくなかった。シンタローに嫌われても困るし。
「そうそう。あのコタローちゃんも随分大きくなったねぇ」
 ジョンがにこにこしながら言う。
「ああ。今のあの子はとてもいい子だよ。息子達とも仲がいいし」
「グンマにキンタローもいい子に育ったらしいね」
「ああ――特にキンタローの様変わりには私も驚いた」
「キンタローの二つ名が傑作だったねぇ。何? 『お気遣いの紳士』って言うの?」
「どこで聞いた」
「ジョン・フォレストの情報網を侮っちゃいけませんぜ」
 ジョンがちっちっと指を揺らすとマジックは呆れながら黙っていた。
「何だよ、こういう時は何かリアクション返すもんだぜ。――まぁ、団員の話で知ったのさ」
 ジョンに捕まったその団員は関係ない親戚の話や恋愛の話、政治経済の話、今飼ってる犬の名前まで漏れなく吐き出させられたことであろう――マジックは架空の団員に同情した。
「ん、ん~んっ……」
「よぉ、起きたか? ハーレム」
「何だ。ジョンか……ちっ、情けねぇ。これっぱかりの量の酒でこの俺がつぶれちまうなんざ……」
「年を考えろ、ハーレム」
「兄貴もな――その山南の馬鹿はまだ寝ているのか?」
「馬鹿とは酷い。これでも大切な私のファンだよ」
「でも、ストーカーだぜ」
「まぁ、そうには違いないが……」
 マジックが言葉を探しているようだ。ジョンがしーっと唇に人差し指を当てた。
「大丈夫。その男は眠っている」
 マジックが事もなげに言う。起きてたって別段構わないが。しかし、マジックはなんだかんだで山南にも世話になっている。マジックは続けた。
「この男のようなのが一番幸せかもしれないな」
「心戦組の参謀で、切れ者だとは聞いていたが――」
 ジョンは呟く。山南はすぅー、すぅーと天下泰平な寝息を立てている。ハーレムは山南の額をこつんと軽く叩いて、「こら」とマジックに小声で窘められた。
 心戦組はアラシヤマとウマ子が結婚したおかげで同盟関係を結んだ。それに、彼らはマジック達と共に死地を潜り抜けてきた仲間だ。アラシヤマといえば――。
「今日、アラシヤマがこの部屋に来たよ」
「知ってる。あの天然根暗も二児のパパか。俺も年取る訳だなぁ」
 そう言ったジョンはまだ二十代前半にしか見えない。お前は今年で幾つになったんだ――マジックはそう訊きたかったが何となく煙に巻かれそうなだけの気がして黙していた。

2016.12.20

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