Last eight years ~最後の八年間~ 19

「やぁ、美味しいですねぇ、このビーフ・ストロガノフ」
 山南ケースケはご機嫌で料理を褒めそやしていた。
「おい、親父、何で山南がいるんだよ」
「仕方ないじゃないか。彼が来たいと言ったんだから。追い返す訳にもいかないだろう?」
「はーい、マジック様の不肖の息子シンタロー君、この料理は一体誰が作ったのかなぁ?」
「――だよ」
「はぁ? もっと大きな声で」
「だから、山南! アンタの敬愛する親父だよ」
「そう! この晩餐のメニューはマジック様が手ずから作ったものなのでーす!」
「おう、山南よぉ。んなこた皆知ってるっつの」
 ハーレムが口を挟んだ。
「何ですか、マジック様の愚弟! 君なんかご飯も炊けないでしょ!」
「そんなことねぇよ。――この仕事が終わったら俺の手料理を皆にふるまおうと……思ってる……」
「はぁ?!」
 一同は間の抜けた声を出してしまった。
「まさかっ!」
「ハーレム叔父様が料理?!」
「ちゃんと食べられる物出してくれるんでしょうね!」
「うっせーぞ。シンタロー、グンマ、高松」
「その時は私もついててあげようか? わからないことがあったら何でも教えてあげるからね、ハーレム」
 マジックが心配そうにおろおろし出す。
「それがいいね。ついでに君も一緒に習った方がいい。――ジャン」
 サービスの嫌味にジャンの顔が嬉しそうに輝いた。
「うん。頑張ろうね。ハーレム」
「てめぇと一緒にされたくはないが、仕方ねぇな……」
「君達が仲良くできるなら、私は喜んで教えてあげるよ」
 マジックもいつも通りの威厳を取り戻した。
「ハーレム。飯炊きなんてそんなことはしなくていい。結婚したら俺が毎日作ってやるからな」
 キンタローが言った。
「はぁ? 結婚? だから考えてねぇって」
「キンタロー様、今はまだ、誰の物にならなくてもいいですから!」
 高松が焦り出す。高松はルーザーそっくりのキンタローを傍に置いておきたいのだ。
 そこへ浮浪者姿の不審人物が現れた。
「はーい。皆さん、元気でしたか!」
「ジョン!」
 マジックの自称親友、ジョン・フォレストが現れた。
「何だ、来るのは明日なんじゃなかったのか?」
 シンタローが訊く。
「いやぁ、仕事が思いの外早く終わってねぇ」
「おい、親父。いつも思うんだが、ジョンってどんな仕事してるんだよ」
 シンタローがでマジックに訊く。マジックも答える。
「それがわからないんだ。尋ねる度に違う答えが返って来るもんだから――」
「ちょっとシンタロー君! くっつき過ぎですよ! 私のマジック様に!」
 山南が邪魔に入る。
「は? 私はシンちゃんの物だよ!」
「んな訳あるか! クソ親父!」
「ま……マジック様に対してクソ親父とは……!」
 山南がぶるぶると怒りで震えている。
「オッサン達煩いねぇ、サービス叔父さん」
 コタローがサービスに話しかける。
「そうだね」
「僕、サービス叔父さんがこの中で一番まともな気がして来たよ」
「お褒めに預かり光栄です、と言うべきかな。あまり嬉しくはないがな」
「飯――俺の分はないんだね」
 ジョンはがっかりしたようだった。マジックがナイフを動かしながら言う。
「押しかけゲストのくせに煩いぞ。ジョン。そこら辺に適当な物があるからそれを食べろ」
「押しかけゲストは山南さんも一緒だけどね」
 コタローが冷静にツッコんだ。
「ケースケ君は事前にここに来る旨伝えてくれたんだ。まぁ、ケースケ君には世話になってるからねぇ」
「マジックファンクラブとかいう変態の集まりの話で来たんだろ? どうせ」
「誰が変態ですか。誰が」
「だから、てめーだよ」
 ハーレムがフォークで山南を差した。
「こら、ハーレム。フォークで人を差すな」
「マナーに反しているしね」
 サービスとコタローのコンビがハーレムを注意する。ハーレムは慣れたもので、ひょいと肩を竦めると、またもぐもぐと口を動かし始める。
「ハーレム叔父さん……サービス叔父さんとコタローに謝るとかしろよ。山南はいいけど」
「ちょっと、シンタロー君。何で私はいいんですか!」
「そりゃあやっぱり押しかけゲストだからじゃないかな」
 のんびりジョンが言う。
「ああ、旨い酒だ」
「ジョン。勝手に飲むな」
 マジックが不服そうな声を上げる。
「ジョン君。君だって押しかけて来た人間じゃないか」
 山南とジョンがバチバチと火花を散らす。いや、実際に火花を放っているのは山南だけで、ジョンはあくまで受け流している。
「賑やかなのもいいけど、もう少し静かに食べて欲しいなぁ」
 ジャンは呆れたように呟いた。
「それ、貴方が言いますか、ジャン……」
 高松も口さがない。いやぁ、とジャンはへらっと笑った。ジョンは欠伸をした。
「ま、いいや。食いもんないならどっかその辺で寝てるわ。明日の朝食は期待していいだろ?」
「何故だ」
「前もって俺がいるのがわかっていれば、マジックも飯作ってくれるだろ?」
「――ハーレムが作ったやつでもいいのか?」
 マジックが反撃した。ハーレムが言った。
「俺は明日は出立すると言っておいたはずだが」
「うーん。そうだねぇ。ハーレムの作った珍味も久々に味わってみたい気もするけど」と、ジョンはニコニコ。
「うわぁ……あのハーレム叔父さんの料理を珍味だって」
「世の中いろんな感覚の人がいるな。コタロー」
 シンタローが答える。
「ハーレム。帰ってきたらお兄ちゃんが料理を基本から教えてあげるからね」
 ――だから死ぬんじゃない。無事で帰って来るんだよ。その目はそう語っているようだった。
「んなに味音痴じゃねぇよ。俺は」
 ハーレムは自炊ができる。それができなくて特戦部隊の隊長を名乗れる訳がない。マジックには敵わないながらもそこそこの物は作れる――と本人は思っている。
「まぁ、正直ロッドやマーカーの方が飯作るの上手いんだけどな」
「ハーレム叔父さん、飯でロッドに釣られないようにしてくださいよ」
 シンタローは一応釘を刺しておく。
「シンタロー、それは俺に対する皮肉か? 俺はあくまでもフェアな戦いをしたいのであって、飯で釣ろうと言う心算では――」
「何だよ。んなことわかってるよ。キンタロー」
「ハーレム叔父様、人気者だね」
 事情を知っているグンマが独り言つ。まぁ、あまり深く考えない方がいいですよ、と高松がグンマに忠告した。


2017.7.9

次へ→

BACK
/HOME