Last eight years ~最後の八年間~ 18
「そうだべか……」
心なしか、ミヤギが力を落としたようだった。
「お前、イワテのことが心配なんだな」
「これでも弟だべ。それに、シンタロー総帥が義兄になったらさぞかし楽しかろ、と思ったんだべ。姉貴も総帥が好きだべし……」
しょげた後ろ姿を見せてミヤギはとぼとぼと歩いて行った。シンタローは思った。――姉さん思いなんだな。ミヤギは。顔だけ阿呆だけど、根は優しい。
まぁいい。俺にもコタローがいる。
早く仕事を終わらせてコタローに会おう。シンタローは執務室へ向かった。
「総帥、お茶だっちゃ」
トットリが熱いお茶を持ってきてくれた。
「おう、サンキュー」
トットリの淹れたお茶は旨い。疲れが吹っ飛びそうだ。
「あの……あまり根詰めない方がいいっちゃ。シンタロー総帥には僕らがいるっちゃ」
「おう、ありがとう」
「それから……ミヤギくんのお姉さんのこと、考えて欲しいっちゃ」
「聞いてたのか、お前」
「まぁ……ミヤギくんとはいつも一緒にいるから」
「でもなぁ……」
確かに、イワテは美人だし、自分を好いているようでもある。自分もイワテを嫌いじゃない。
結婚したら八方丸く収まるのはわかっている。
でも、シンタローには心に決めた人がいる。男だし、いい歳をしたおじさんだけど。
これだけは――譲れない。例えキンタローやロッド相手でも。
もし結ばれなければ独身を貫くことだって考えている。
ガンマ団総帥の座は――もう少し経ってから考えてみよう。マジックとも相談して。
「兄さん」
コタローがやって来た。
「コタロー……」
向こうからやって来るとは思わなかった。
「どうした。コタロー。お兄ちゃんに何か相談か?」
「その話し方やめてって言ってるでしょ? 僕だってもう大人だよ」
「ああ。――それで、コタロー。何か用か?」
「父さんがね、晩餐でも一緒にどうかって。ハーレム叔父さん、明日旅立ってしまうから。えーと、どこかの国で偉い人に会うんだって」
「そうか……寂しくなるな」
「そんな、永の別れじゃあるまいし。キンタローさんやグンマ兄さんやサービス叔父さんも一緒に来るよ、晩餐に」
「サービス叔父さんも一緒か。つーことは、あいつもいるな」
あいつとは、ジャンのことである。コタローは神妙な顔つきをして頷いた。そして続けた。
「今度は喧嘩は駄目だよ。――って言っても兄さんが勝手に喧嘩を売ってるだけだけど」
「わかってる。コタロー、会えて嬉しかった」
「ありがとう」
「コタローはん。別に通信でも伝えられる内容やったんやないでひょか?」
「んだよ、アラシヤマ。野暮言うんじゃねぇよ」
シンタローはアラシヤマにあかんべえをした。アラシヤマは、仕様がないお方やなぁ、と言いたそうに苦笑した。
「シンタロー総帥はブラコンだっちゃからねぇ」
と、トットリ。
「コージはシスコンだけどな」――シンタローも笑う。
「おっ、こっちに矛先が回ってくるとはのう。じゃが、無理もないじゃろ? ウマ子は世界一のおなごじゃけん。わしに似てな」
「まぁ、ウマ子はんは情け深いええ女どす。世界一かどうかはわからしまへんけど、わては愛してまっせ」
アラシヤマが口を挟む。シンタローが言った。
「俺が言えた義理じゃねぇかもしれんが――お前らの仲がいいのはよっくわかったから仕事しろ」
「そうどすな」
「だっちゃ」
「じゃ、僕、出て行くから」
「ああ」
コタローは開いた扉から行ってしまった。
最愛の弟に会えて、シンタローはご機嫌だ。
「あそこにも姉貴の恋敵だべ」
ミヤギがこっそりトットリにもらした。シンタローは聞かなかった振りをした。
「えーと、次の仕事は……」
シンタローは書類を漁った。
「おっ、あった」
シンタローは書類を確認して眉を顰めた。
ガンマ団特戦部隊をていのいい殺し屋軍団としか考えていない輩がまだいるのか――。
シンタローは溜息を吐いた。
せっかく、ハーレムが真人間になろうとしているのに、周りがそれを許さない。自業自得と言われればそれまでだが。
それに、ハーレムは殺しが嫌いではない。だが、シンタローはこれ以上、ハーレムに手を汚して欲しくなかった。綺麗事と言われてもいい。シンタローは総帥としても、ハーレムにこれ以上殺しを重ねて欲しくなかった。
「シンタロー総帥、お茶のお代わりいかがだっちゃか?」
「おお。トットリ。わりぃな。お茶くみみたいな仕事させて」
「好きでやってることだっちゃ」
「でも、今度はおらが淹れてやるべか?」
「ほんとだっちゃか? ミヤギくんのお茶は美味しいから嬉しいっちゃ」
「トットリのお茶だって旨いべ」
「ミヤギくんたら、人褒めるのも上手だっちゃ」
「アホらし」
ミヤギとトットリの褒め合いにアラシヤマは呆れたようだった。
「でも、一番旨いのはシンタロー総帥のお茶だっちゃ」
「ああ、それはわかるべ」
「シンタローはんは何でもできるさかい」
アラシヤマはさっきとはうってかわってさも自分のことのように自慢げに言う。――彼も昔はシンタローに何かというとつっかかって行ってしまう癖があったのだが。
「ウマ子はんも言ってましたわ。夫婦でお茶の淹れ方、シンタローはんに教えてもらいまひょ、と」
「そのうちな」
面倒くさくなってきたシンタローは適当に返事する。
皆、シンタローが総帥になってから変わって来た。
(俺が総帥になってから十年――いや、もっとか――経ったんだなぁ)
シンタローが時の流れを噛み締める。
今まで楽しかった。家族は優しいし、部下は忠実だし。ハーレムとの恋には邪魔者もいるが。
ガンマ団は、今のところ皆から感謝されている。K国の残党など、片づけなければならない問題は山積しているが。
メールが届いた。ジョン・フォレスト――自称マジックの親友だ。
「何だ?」
ジョンは、明日来ると言うことだった。
――そうか。ハーレムと入れ違いになるかもな。
その件をジョンにメールで知らせた。返事は割とすぐ来た。
「そうか。あの坊ちゃんに会えないのは残念だな。そう言えばシンタロー、ハーレムと言えばな――」
ずらずらと文字が並ぶ。ジョンはただ単にお喋りなだけではない。メールも長いのだ。――もう少し要点だけを言えと、ジョンに抗議してやるか。
マジックも言っていた。
「ジョンは悪い男ではないが、あのお喋りぐせには閉口するよ」
マジックは、口で言う程ジョンのことを迷惑には思っていなさそうだが、それでも、彼のお喋りには少しついて行けないようだ。ジョンの喋りには悪意がないので聞いていられるが。
シンタローは面白く思った。あのマジックにも苦手はあるのだ。
山南ケースケもマジックが好きだが、マジックはそれ程相手に対して執着していないらしい。――マジックは息子シンタローには執着しているが。
シンタローは何となく時計を見た。――後、二時間くらいで仕事が終わるだろう。そう言えば、コタローから晩餐は何時からか訊くのを忘れた。
だが、いずれ誰か迎えが来るだろう。キンタローかグンマかマジックか――またコタローが来てくれたら嬉しい。
2017.6.23
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