Last eight years ~最後の八年間~ 17

「なぁんだ。冗談だべか」
「びっくりしたっちゃ」
 ミヤギとトットリも笑い合う。ハーレムは多少複雑な顔をしていた。
「でも……こんな冗談姉貴の前では言えないべなぁ」
「ハーレムだって特戦部隊の隊長なんだ。女のイワテに手を上げることはしねぇさ」
「だな。本気出したらイワテが死んじまう」
 シンタローの言葉にハーレムが頷きながら言った。
「ハーレム隊長は姉貴の恐ろしさをわかってないべ……かえってハーレム隊長が殺されるかもしれねぇべ……」
 ミヤギが震え出す。
「まぁいい。お前ら仕事やっとけ。ハーレム叔父さんですらやってるんだからな」
「『ハーレム叔父さんですら』とはどういう意味だ。それに、俺は俺で部隊を束ねるのに忙しい」
「――頑張れ」
「おう、お前もな」
 そうしてハーレムは部屋を出て行った。
「でも、妙な感じだっちゃね」
 トットリが言う。
「何が?」
「シンタローとハーレム隊長……昔は仲悪かったのに、今ではほのぼのとした空気さえ漂うっちゃ」
「ほう……」
 トットリは忍者だから空気を読むのに長けているのだろうか。
「そういえばそうじゃのう」
「一触即発の空気がなくなったどす」
 コージとアラシヤマも気付いていたか。
「そうだべか?」
 顔だけ阿呆のミヤギだけが何もわかっていない。
 キンタロー、お前もこれを聞いたら怒るだろうか。
 けれど、ハーレムを渡す訳にはいかない。これだけはわかってくれ。
 それが、長い間かけてキンタローがやっと見つけた幸福だったとしても――。
 シンタローはキンタローに心の中で許しを乞うた。

 昼になって、シンタローが食堂でマカロニグラタンを突いていると――。
「ここいいですか? シンタロー総帥」
 亜麻色の髪にラベンダー色の瞳。特戦部隊のロッドであった。頭にはガンマ団の店で売っている赤を基調としたバンダナを巻いている。
「さぁさ、君、ちょっと俺は総帥と話がしたいんだ。どっか行ってくんない?」
 ロッドはシンタローの向いに座っていた団員を追い立てた。団員は仕方なさそうにトレイを持ってどこかへ行ってしまった。
「何だ? 話って」
「ハーレム隊長のことなんすけどねぇ……」
 ロッドが狡そうに舌で指を舐めた。
「ハーレム叔父さんが?」
「単刀直入に言いましょう。――俺らの隊長を盗らないでください」
「おめーら、リキッドが本命じゃなかったのかよ」
「勿論、リキッドちゃんはリキッドちゃんで可愛いよ。だけど俺ら、隊長も好きなんで」
「――それは初めて聞いたな」
「好きでなきゃあんな獅子舞と一緒にいないでしょう」
「確かに」
 シンタローが頷いた。
 ハーレムを獅子舞と言いながらも、ロッド達は彼についてきた。
「マーカーもGも――隊長のこと大好きっすよ。リキッドちゃんも――多分好きだったと思う」
 特にGが――Gは長年強かな愛情をハーレムに注いでいる。
「ふぅん、ハーレム叔父さん、意外にモテるんだ」
 あの酒臭いアル中男をねぇ――人徳と言うヤツだろうか。いや、ハーレムにはそんなものはない。
 何であんなに魅力的なのかわからない。悪の魅力とでも言うのだろうか。しかも、サービスの双子の兄であるだけのことはあって、よく見るとなかなか美しい顔をしている。
 だが、美しさならシンタローも負けない。男らしい、精悍な顔をしていると自分でも思う。年齢を重ねたシンタローの顔は、若い時より更に色香が出て来た。
「Gなんか、平静を装っちゃいるけど、心の中ではきっと半狂乱でっせ」
 シンタローはGにはあまり興味がなかった。ライバルの一人とは数えていたが。
「シンタロー総帥。隊長は今――アンタに夢中です」
「知ってる」
 どちらも初恋同士なのだ。真人間になるとハーレムが誓ったのも、自分のせいではあるまいか。――強ち自惚ればかりとは言えない。
 キンタローのこともあるかもしれないが。
 シンタローはふと、ハーレムのことを金庫に入れて自分だけが眺められるようにしたい、との欲求に駆られた。
「隊長はね、俺らのアイドルなんです。マーカーちゃんも顔には出さないだけで……」
「ふん」
「リキッドちゃんはパプワ島ですしねぇ――会おうと思えば会えるけど」
「リキッドは確か、土方とか言うホモと仲良かったんじゃなかったか?」
「ホモって……俺らだってホモかもしれませんよ。まぁ、俺は女も好きですけどね」
「自慢にならねぇな」
「まぁね」
 ロッドはぺろっと舌を出した。
「――隊長も男女問わず人気ありますよ。それにね――」
 ロッドが含み笑いをした。
「隊長、男知ってますよ」
「それも知ってる」
 ロッドに言うことはないが、シンタローは一度ハーレムを抱いたことがある。若い頃のハーレムを。
 シンタローが甘美な記憶に浸っていると、ロッドは鼻白んだのか、
「じゃあね、総帥。キンタロー様にも伝えておいてください」
 と言って、空になった食器をトレイに乗せて返しに行った。
 ――ロッドを特戦部隊から追放しようかと思った。けれど、そうしても何もならない。ロッドは有能な戦士なのだから。
 今のは悋気がさせた思考だ。
 パプワ……。
 俺とお前は違う道を歩き始めたんだな。
 パプワだけだ。自分が会った中で心底真人間と言える人間は。くり子もそうか。
 パプワとくり子は健全な愛を育み合っている。もう子供も生まれている。
 それからウマ子。
 ああいう見た目だからどう思われているかわからないが、ウマ子も情け深い、いい女だ。アラシヤマも夢中になっているらしい。――アラシヤマはシンタローにも夢中だが。
 そして、ウズマサにサナ子。原田夫妻の双子。
 彼らだけはまともに育って欲しい。自分達は歪んでいるから――
(ふ、らしくもないな、俺……)
 サナ子はリキッドが好きらしい。リキッドも真っ当だが、リキッドにだけは渡したくないなぁ、という思いもある。リキッド以外なら祝福できるかもしれないが。
 サナ子はリキッドのどこがいいのだろう。
 あの娘だったらきっと可愛らしい娘に育つだろう。ハーレムをシンタローから忘れさせる程に――。
 いやいや、何考えてんだ、俺。サナ子にもハーレムにも失礼ではないか。サナ子をハーレムの代わりにするなんて。
 シンタローはいい加減自分が嫌になってきた。――見慣れた長い金髪の青年が通りかかる。
「シンタロー総帥。さっさと食べるべ」
「ミヤギ……いつの間に」
「いつかばあちゃんもガンマ団に挨拶に来たいと言ってたべ」
「イワテの祖母でもあるんだな。楽しみにしてる」
「んで、総帥に頼みがあるんだべ……ばあちゃんももう年だ。姉貴も婚期をすっかり逃してしまっただ。だから……姉貴の婚約者として紹介させてもらえないだべか」
「それは駄目だ」
 シンタローが厳しい声で言った。
「オレは、自分に嘘はつけない」


2017.6.13

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