Last eight years ~最後の八年間~ 16

「うーん……清々しい朝だ」
 ハーレムが何年ぶりかの心地よい朝に浸っていると――。ティラミスとチョコレートロマンスが向こうからやって来た。
「あ、ティラミスー。チョコロマー」
「げっ!」
 ティラミスが嫌そうな顔をする。――俺も昔はルーザーに対してあんな顔してたんだろうな。
「あっ、俺急がなきゃ。じゃあなティラミス」
「待ってくれ、チョコレートロマンスー!」
「おい、露骨に邪魔者扱いしなくてもいいじゃねぇか。昔のことに対しては――悪かったよ」
 ハーレムがティラミスに謝る。
「べ、別に、昔のことなんか引き摺ってませんよ。貴方には今現在迷惑かけられてる最中ですのでね」
「――少し歩こうや」
「嫌です」
「反抗的になったな。昔はもっと素直だったのに」
「こう言う性格は昔からです。尤も、昔は貴方が怖かったから――」
「今は怖くないのか?」
「――そうですね。貴方も私も大人になりましたしね」
「そうか。強くないか。俺もルーザー兄貴が怖くなくなった」
「ルーザー様が亡くなったからでしょう?」
 なるほど。そうかもしれない。
 だが、それだけではない。朝起こしに来るルーザーそっくりのキンタローに対して動転した態度を見せたこともあったからだ。
 シンタローが笑いながら、
「ハーレム叔父さん。キンタローがしょげてたぜ」
 と言われたのも、一度や二度ではない。キンタローはどうやらハーレムのことを本気で好きらしいのだ。
 シンタローの方がまだしもだ。
 キンタローも嫌いではないのだが、あの男を見るとルーザーを思い出す。
 ルーザー……。
(アンタは俺を嫌いではなかったんだな)
 だが、ルーザーのやること為すこと、全てハーレムのカンに障った。高松は心酔していたが。
「どうしました? 黙りこくってしまって」
 ティラミスが心配そうに覗き込む。
「何でもねぇよ。考え事だ。昔のな」
「はいはい」
「その書類、重たそうだな」
「ええ」
「半分持ってやろうか?」
「いいです。遠慮しておきます」
「どうして」
「後で手伝い賃寄越せ、とか言うんでしょう?」
「そんなこすい真似はしない。まぁ、ただ――」
 バサバサッ。書類が落ちた。
 ハーレムがティラミスにキスしたのだ。
「これが手伝い賃だ」
 ティラミスは真っ赤になった。可愛い奴だ。
「何てことするんですか! 書類が落ちてしまったでしょう!」
「手伝ってやる」
「いりません!」
「いいから人の好意は親切に受け取りやがれ!」
 ハーレムとティラミスは書類を拾って行く。
「順番滅茶苦茶で構わないな?」
「構いませんよ。どうせコージさん達に渡す書類です。――彼らの仕事は多くなってしまいますが」
「お前……結構性格悪いな」
「貴方ほどでは……」
「俺は真人間に生まれ変わるんだ」
 ティラミスがぷっと吹き出した。
「何だ?」
 ハーレムが訊く。
「貴方が真人間に生まれ変わるなんて、地球が滅亡しても有り得ませんよ」
「むっ。失敬な――まぁ、一応俺もいい歳だしな」
「殊勝な心がけって言えばいいんでしょうかね。それにしても、腹立つのはチョコロマです。どこへ消えたんでしょうね、あいつ……!」
「お前でも『あいつ』と言うのか。きっと気をきかせたつもりなんだろうよ」
「そんな気遣い要りませんよ」
「そうか? 俺は感謝してるぜ」
「ああ、もう! 僕には迷惑でしかありません!」
「滾るなよ。俺も好きなヤツは別にいる」
「そうですか。それは良かったです」
「おい、何怒ってんだ? ティラミス!」
「怒ってなどいません!」
「お前は俺が好きなんだ! そうだろう?」
「好きじゃありません!」

「あー、あー、何やってんだか。人がせっかく身を引いたと言うのに」
 そう独り言ちたのはチョコレートロマンス。ハーレムとティラミスがギャーギャー言い合っているのを物陰から眺めている。因みに、チョコレートロマンスは自分の分の仕事をちゃっかり終らせてしまっていた。
「それにしても……お人好しだねぇ、俺も」

「よっ、シンタロー」
「失礼します。シンタロー総帥」
「ティラミス……にハーレム叔父さん?」
 シンタローが首を傾げている。ハーレムが適当なところに書類を置く。
「チョコレートロマンスの野郎が逃げちまったんで代わりに手伝ってやった」
「邪魔した――の間違いではないですか?」
 ティラミスがハーレムを睨みつけながら毒づく。
「あー、昔のお前はあんなに可愛かったのによぉ」
 ハーレムが嘆息する。
「何でもいい。叔父さんが仕事をするのはいいことだ」
「シンタロー総帥、ハーレム隊長に甘過ぎます」
「そうかねぇ……人間、褒めた方が伸びると思うけどねぇ……」
「おお、わかってんじゃねぇか。シンタロー」
 ハーレムがシンタローに近寄ってバンバンと相手の肩を叩く。
「いってーなー、もう」
 シンタローも今度は少し眉を顰めた。
「じゃ、後は宜しくお願いしますね」
 ティラミスは部屋を出て行った。ハーレムがティラミスの見えなくなった背中に手を振る。――シンタローがハーレムに訊く。
「……一体どういうつもりだ? ティラミスの邪魔――と言うか、手伝いなんかし出して」
「おう、俺はアルコールもギャンブルも絶って真人間になるんだ」
「――ハーレム叔父さんが真人間になったら、俺プロポーズしてもいいな」
「あきまへんえ! ハーレム隊長はあきまへん!」
 アラシヤマが猛烈に反対した。
「冗談だぜ」
 シンタローは笑った。


2017.6.4

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