Last eight years ~最後の八年間~ 11

 その頃、ガンマ団総帥の執務室では――。
「疲れた……」
 くわぁ、と欠伸しながら書類を眺めているシンタローがいた。
「シンタローはん」
「うわぁっ?! ……って、何だ、アラシヤマか。脅かすなよ」
「だいぶ眠そうどすなぁ」
「ああ――ここ三、四日、寝てねぇ……」
 ドサッ。シンタローはついに寝落ちした。
「あーあ。慣れないデスクワークなんてやるからや……」
 アラシヤマが自分の上着を掛けてやる。シンタローはがーがー寝ていた。
「可愛い寝顔や。そっとしときまひょ」
 その時であった。外がやにわに騒々しくなったのは。
「何や?」
「姉貴ー。今は入らん方がええべ」
 顔だけ阿呆の声が聞こえる。
「あら、そう?」
「オラの勘は当たるべ。さ、早く帰るべ」
「ふん。ミヤギ。アンタなんかに止められるイワテ様じゃなくてよ。シンタロー総帥ー♪」
 ガチャッとドアが開いた。東北イワテとミヤギが現れた。
「あ……」
「アラシヤマだべ。まずいところへ……」
「ちょっと」
 東北イワテがずいっと前に進み出た。
「アラシヤマ~。アンタ妻帯者でしょ~? 何でシンタロー総帥の寝込みを襲っている訳~?」
「はぁ? 誰が寝込み襲ったって? そこらの欲求不満女とちゃいます」
「――ウマ子ちゃんに言いつけちゃおうっと」
「ウマ子はんはわての味方どす」
 言い合いを始めた二人。
「やめるべ! 姉貴! アラシヤマ! シンタローが起きてしまうでねぇべか!」
「とっくに起きてるけど……?」
「あ……」
「んだよ、うっせーな。ミヤギ」
「え? オラのせいだべか?」
「――だからアンタは顔だけ阿呆と言われるのよ……」
「……どすぇ」
 けれど、二人とも毒気を抜かれた感じだった。そういう意味ではミヤギも役に立つ。
「まぁいい、イワテ、ノックぐらいしてくれ……あ」
 シンタローは寝起きを邪魔されて頭がくらくらとなったらしい。
「あ、そうそう。私、シンタロー総帥にお弁当作ってきたんですの」
「急に話変えたな。姉貴……」
「弁当だったら自分で作れるからいらねぇよ」
「料理だったらわても得意どす」
「お、オラだって非常食なら……」
「食糧事情が戦後で止まってる弟は置いといて」
「なっ、勝手に置いとくんじゃねぇべ! 姉貴!」
「私のお弁当食べていただけます?」
「――後でな」
 そう言ってシンタローは瞼を閉じる。
「仕方ない。お腹も空いたことだし……シンタロー総帥には後で作ることにして……ミヤギ、これ食べちゃいましょ。あ、アラシヤマにも恵んでやってもいいわよ」
「わーい。姉貴の弁当だべー」
 今まで散々な目に合わされたのにミヤギはけろっと立ち直る。顔だけ阿呆と呼ばれる由縁である。
「ま、そういうことならお相伴させてもらいまひょ」
 アラシヤマも考え方が柔軟になった。
「ウマ子ちゃんの食事も美味しいでしょ?」
「――まぁ、確かに……」
 アラシヤマは照れ照れ。ウマ子の食事は熊の肝やイノシシの肉などダイナミックなものも多いのだが、意外とちゃんとした家庭料理も作れる。
「まぁ、育てたご両親が良かったんどすな」
「コージさんも?」
「あれは失敗例どすわ」
「姉貴……笑っとるべ……」
「なぁに。ミヤギ。お姉様が笑ってると不気味?」
「いや、そうじゃなくて――幸せそうに笑ってるなぁと」
「あら、だって、幸せだもの、ねぇ」
 イワテはアラシヤマに微笑みかける。
「家族や友達が増えましたわ」
「友達ねぇ……」
 ミヤギがもくもくとおにぎりを咀嚼する。美味しい。食べ慣れた味だ。
「旨いべ……」
「やぁだ。ミヤギったら泣いてるの?」
「姉貴のおむすびは久々だべ。旨いべ……」
「馬鹿ね……」
 イワテはもらい泣きをする。
「アンタ、おばあちゃんはもっと上手なんだから時々は帰ってあげなさい」
「えー?」
「ほら、私もついて行くからさ」
「姉貴がそう言うなら……」
「イワテはん」
 アラシヤマの顔が和んでいる。
「どうしたのよ。アラシヤマ。ニヤついて。――気持ち悪い」
「いや、兄妹ってのもええなぁと。わて、一人っ子やさかい」
「きっとアラシヤマのきょうだいに生まれたい魂がいなかったのね。可哀想に」
「でも、ええどす。今は楽しいどすから」
「はぁ……私、サナ子ちゃんとウズマサくんは将来苦労しそうに思うわ」
「――だべなぁ」
「でも、あの二人はええ子どす。心配あらへん。まぁ、わてはちょっといろんなことが重なったおかげでコミュ障になったさかい、意志の疎通がちゃんと図れるかどうかわからしまへんけどなぁ」
「あら。自分でも認めてんのね。人類とのコミュニケーション下手なこと」
「わぁ……姉貴言いたい放題だべ……」
「ええんどす。わてにはテヅカくんがおるさかい」
 テヅカくんとは、パプワ島で生活しているコウモリである。今はチワワのタケウチくんと一緒に魔法薬を作って売っている。名古屋ウィローのおかげだ。
 ただ、その薬というのが危なかったりぼったくりもいいとこの値段だったりするのだが――。
「わて、テヅカくんのこと信じてますわ。テヅカくーん! わてのところに戻ってくんなはれー!」
 アラシヤマは窓に向かって叫んだ。
「騒がしいなー、すっかり目が冴えちまったじゃねぇか」
「あ、シンタローはん。えろうすんまへんなぁ」
「シンタロー、せっかくだから残ってるおむすび食うべ。姉貴の愛情料理だべ」
 ミヤギが満点の笑顔ですすめる。
「やだ……ミヤギったらもう。後で改めて作るからいいのに……」
 そんなことを言いながらも、イワテは満更でもないようである。
「じゃ、もらうか。ありがとう――ミヤギ、イワテ」
「わてからも――おおきに。ミヤギはん、イワテはん」と、アラシヤマ。シンタローは大きな手でおにぎりを掴んで頬張った。


2017.4.13

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