Last eight years ~最後の八年間~ 1
ハーレムが死んだ――。
それは残されたシンタロー達にとって崩壊の序曲となった。しかし、それは未来の話である。
そして今――。
シンタロー達にとって最も幸せだった八年間が始まる――。
「親父、誕生日おめでとう」
「ありがとう、シンちゃん」
「おめでとうございます。マジック様」
「何だよ、アラシヤマ、おめー来たの」
シンタローもマジックの祝いに来たアラシヤマを無碍に眼魔砲の餌食にはしなかった。
マジックが怖い訳ではない。怖いのはアラシヤマの嫁のウマ子である。
「へぇ。心友の御尊父のお祝いよってに」
シンタローは何も言えなかった。アラシヤマを『心友』という言葉を餌に釣り上げたのは他ならぬ自分であったからである。それに、アラシヤマはそれ程イヤな奴ではなくなってきていた。
アラシヤマは二児の父である。子供の力は根暗のアラシヤマの性格も変えるようである。
「マジック様、これ、わてとウマ子はんからどす」
「おお、嬉しいね。中身は何かな?」
「開けてみてください」
マジックは包みを開けて出て来たセーターを着てみる。白い、毛糸で作った薔薇の花をあしらったお洒落なセーターだ。
「これは暖かい。ありがとう。サイズもぴったりだ。アラシヤマ君。ウマ子くんにも宜しく言っておいてくれ」
「へぇ。このセーターはウマ子はんとの共作どす」
「ウマ子は来てねーのか? アラシヤマ」
シンタローの問いにアラシヤマが答える。
「ウマ子はんはウズマサの看病どす」
「へぇ……あのやんちゃ坊主が珍しい。風邪でも引いたか」
「……サナ子から風邪が移ったんどすわ」
「サナ子ちゃんは元気か?」
「サナ子は元気どす。でも、ウズマサの心配ばかりしとりましてなぁ……『ウズマサ、ウズマサ』ってそればっかりや」
「優しい子なんだよ」
シンタローがつい弁護する。アラシヤマも頷いた。
「へぇ。わてとウマ子はんの娘ですよってに」
「ウズマサ、早く良くなるといいな」
「ウズマサは丈夫やから、明日になればきっと良くなってますさかい。サナ子の方が心配や。サナ子は体が弱ぉてなぁ……」
「サナ子ちゃん、ウマ子の小さい頃に体質が似てるんだってな。ほんとかどうか知らんけど」
「ウマ子はんは今では頼りになる肝っ玉母さんや」
「子供が出来ておめーも少しは強くなったんじゃねぇの?」
「照れますわ……」
「アラシヤマ、帰らなくていいのか?」
「邪魔者を排除しに来たね、シンちゃん」
マジックがツッコむがシンタローは無視する。
「そうどすわな。ウズマサのことも心配やし」
「はは、同じ父親として気持ちはわかるよ、アラシヤマ君。私も初めてシンちゃんが熱出した時はあたふたと焦って妻に呆れられたもんだよ」
「同類どすな」
ははははは、とマジックとアラシヤマが笑い合った。
(そういうもんかねぇ……)
シンタローはもういい歳なのに浮いた噂ひとつない。なかなかのいい男であるにも関わらず――である。
それはガンマ団総帥の仕事が忙しいのと、後は――。
「兄さん、ここにいるって聞いたんだけど……」
革のつなぎを着たコタローやって来た。
「コタローーーーーーーー!!」
シンタローが大量の鼻血を出す。
「うわっ……相変わらずだね。兄さん……」
「ああ、済まん」
「ティッシュどうぞ」
アラシヤマがさっと差し出す。
「サンキュ、アラシヤマ」
シンタローはティッシュを鼻に詰める。ティッシュはみるみる赤に染まった。
「ははははは、マジカル☆マージック!」
今やすっかり聞き慣れてしまった声がする。
「おい……また変態が来たぞ」
「お久しぶりです。マジック様。ご生誕おめでとうございます。マジック様と我々マジック様ファンにとって悦ばしい一日です」
「またストーカーしに来たのかい? 山南君」
「ただのストーカーじゃありません!」
ストーカーであることは認めるんだ……。シンタローはあんぐりと口を開けた。マジックの熱狂的ストーカー、山南ケースケの登場である。
「今日はバースデーケーキを作ってきました。特大ですよ。そこらのチンケなセーターとは比べ物になりません!」
あ、こいつ、親父の部屋に盗聴器しかけてたな。シンタローはすぐに気が付いた。
まぁいいや。どうせ俺には関係ないし。シンタローは他人事のように思う。
「ケーキかい……ご馳走ばかりで胃がもたれてるんだよ」
「じゃ、これ、皆で分けて食うか」
「じゃあ僕が運ぶよ。みんなー、ケーキだよー!」
「あっ、コタロー、待ってくれー!」
「はわー! マジック様の為に作ったケーキがー!!」
山南が焦る。シンタローはマジック達を後にして部屋を去った。
「食べでがありそうなケーキだね」
「コタロー、あんなにご馳走食べた後でこのケーキじゃお腹いっぱいにならないかい?」
「……シンタロー兄さんの心配性。ケーキは別腹。それに皆で食べるから大丈夫だよ。――ほんと、兄さんは相変わらずだなぁ。僕のこと気にかけてくれるのは嬉しいけど」
「いやぁ、だって、コタローは可愛いからなぁ」
「あーあ、また鼻血出してるよ。汚れたところは拭いてよね」
「はーい。ああ、コタロー、お兄ちゃんはコタローが可愛過ぎて生きているのが辛いよ……」
シンタローがMに走ってると――。
「シンタロー」
ハーレムと行き当たった。
「あっ、ハーレム叔父さん!」
「まぁた鼻血出してんのか? 仕様がないヤツだなぁ」
「ねぇー、叔父さん、僕、兄さんが心配で仕様がないよ」
「何だ? やけにしおらしいじゃないか」
「うん。兄さんが出血多量で死んだら遺産相続の時にどのぐらいもらえるか心配なの」
「……そっちかよ」
「はぁ~、金銭感覚がしっかりしてて頼もしい~」
「シンタロー、おめーもそこ、感心するとこじゃねぇから! ったく、俺の双子の弟によく似てんな。コタローは」
「サービス叔父さんのことだね。うん。サービス叔父さんは僕の尊敬する叔父さんだよ」
「おお、コタロー、奇遇だなぁ。実はお兄ちゃんもそうなんだ」
「あの魔女がそんなにいいかねぇ……」
「ところでハーレム叔父さんはどこに行くとこだったの?」
「兄貴のところさ。誕生日だから酒でも酌み交わそうと思ってな」
「ふーん。行ってらっしゃい」
ハーレムが酒瓶を持ったまま去って行った。
やがて――マジックの部屋の方から建物中にハーレムのものと思われる悲鳴が響いて来た。
「さぁ、あっちは気にせずグンマんところへ行こうな」
と、シンタローはコタローに向かってにやりと笑った。
2016.12.12
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