士官学校物語・夏
1
 パーン パーン……パァーン
 銃声が館内に響き渡る。
「ふっふっふ。お前が今まで無事でいられたのは、俺が手加減していたからさ。遊びも終わりだ。俺を本気にさせたことを、あの世で後悔するんだな」
 黒髪の男が、かちりと撃鉄を起こす。
 弾は、なす術もなく立ちつくしている標的に当たった……ものと思われた。
「ありゃ?!」
 男が調子っぱずれな声を上げた。
 彼が穴を開けたのは、標的そのものではなく、後ろの壁だった。
「本気じゃなかったのか?」
 今まで台の上で脚を組んで悠然と見守っていたサービスが、とっと床に降り立って、伸びをする。切れ長の瞳を持つ、野性の猫を思わす顔に笑みを含んでいる。
「的が動けたら、とっくに逃げられてるな」
 今までジャンが狙っていた標的は、ご親切にも急所を身をもって知らせてくれている、青く塗られたベニヤ板の的だった。……まだ無傷である。
「こんな板っきれに遠慮することないんだよ。ジャン」
 サービスは、またくっくっと笑い出した。
 ジャンはコントロールに問題があるのが、サービスにもわかってきた。ある程度離れた場所から、小さい的に向かって当てるのが苦手のようなのだ。
 射撃のダメさかげんは、その延長上にあるのだろう。
「ちぇっ。難しいなぁ。サービス。教えてくれよ。コツを」
「だーめ。そういうのは人に聞くもんじゃないよ。自分で探しな」
 ふくれる相手にそう偉そうに云うことに、快感がなくもないサービスであった。
「ま、いっか。今日は諦めよ」
「あれ、もう止めるの? 真剣勝負はどうしたんだい」
 ジャンはプラプラと手を振った。「また明日にするよ」

 外では六時をまわったというのに、まだ青い空が広がっている。夏は夕暮れの存在を感じさせず、いつの間にか夜に変わってしまう。
 校庭に、ジャンは知人の姿を見つけた。
 風に揺れる、高く束ねた鮮やかな黄金色の髪。
 路地裏で刺された事件以来、ハーレムの姿を学校でたびたび見かけるようになっていた。
 声をかけようかとも思ったが、相手は気が付かずに行ってしまったようだった。

 ジャンとサービスの二人は、ちょうど今、理科実験室から出てきた高松と出会う。
「ご苦労さん。どうでしたか、成果は」
「だめ。全くなし」
 訊いてきた高松に、サービスは首を振る。
 高松とサービスの仲は、あれからどこでどう収まったのか、今は小康状態を保っている。
「そっちは収穫あった?」
「さっぱりですよ。なかなか満足のいくデータが取れなくて。――早くサービスと腕前が競えるようになるといいですね。ジャン」
「かなり遠い道のりかもな。サービスは上手いから」
 ジャンの言葉に、サービスは満更でもない表情をした。
「高松も見にくれば良かったのに。面白かったよ」
「俺は見せ物か」
「そっちも面白そうですがね、そういうわけにもいかないんですよ。実験が大幅に遅れてしまいましてね。今ちょっとスケジュールが込んでるんです」
「なんだかわからないけど、大変そうだなぁ」
「なに、好きでやってることですから」
「高松。その白衣、だいぶ汚れてるじゃないか」
 サービスが指摘する。
「ああ、これですか? これはですね、バクテリアや細菌を扱う実験で……ちょっと、逃げないでくださいよ二人ともー!」
 今日もまたいつもと同じ日々が続く。
 このまま何事もなく毎日が過ぎていくだろう―――誰もがそう思っていた。

士官学校物語・夏 第二話
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