ナポリを見て死ね
8
 ロッドとガンマ団の兵士達は、サッカーボールの蹴り合いに興じていた。
「行くぞー、そら」
「おうっと」
 ロッドが蹴り返す。
 そういえば、ペンネともこうして遊んだなぁ。
 少年はふっと物思いに耽った。
 ペンネは今頃どうしてるだろう。
(あいつはベルヒ軍だから、もうしばらく会ってねぇなぁ)
 ベルヒ軍の奴らは元気かな。
 ぼーっとなったロッドのところに、ボールが来た。
「ロッドー、さっさと蹴ろよー」
 ジャスティンという年若い兵が言った。
 ロッドはペンネのことを気にしながらも、ひとまずはボールのやり取りに専念することにした。

 ベルヒ軍本部――
「ようこそおいでくださいました。ピアス少佐」
「ふん。呼ばれたから来たまでだ」
 ポート軍曹の金壺眼は憎悪でぎらぎら光っていた。
 それにしてもいい女だ。
 娼婦にも、こんな美人は滅多にいない。
 身に付けた迫力さえなければ、一晩寝ることを所望したことだろう。
「ベルヒ軍は不利なようだな。今の時点では」
「はっ」
 だからおまえが呼ばれたんだ――ポート軍曹は心密かに毒づいた。
「ガンマ団の弱点と呼べるものはないか?」
「はっ。それが調査もままなりませんで」
「役に立たんな。これだから田舎の軍隊は」
 イタリア軍がそんなにお偉いか。
 ポート軍曹にも言いたいことは山ほどあったが、とりあえずこの場は凌ごうと、我慢した。
「これからは私が指揮を執る。貴様は更迭された後のことでも考えておけ」
 女だてらに……。
 軍曹は少佐を憎んだが、どうしようもない。
 せいぜい、今の地位に甘んじてるが良い。俺はアンタの昇進を邪魔してやるからな。
 軍曹は思った。
 ここでは、彼女を思い切り利用しようと考えた。

「俺、ちょっと森に行ってくるわ」
 ボールの蹴り合いにも飽きたロッドがそう言った。
「気をつけろよ。森には何が潜んでるか、わかんねぇかんな」
「おう」
 兵士達に見送られ、ロッドは森へと向かった。
 ここの黒スグリは美味しいんだよな。紫蘇もたくさん生えてるし。あ、そうそう。ヘビイチゴはなってるかな。
 ヘビイチゴは、俗に有害とされているが、それは誤りらしい。
 広辞苑からの引用である。
 あまり旨くはないが、赤くて可愛い実がなる。これでジャムを作る人もいるようだ。
 何故知ってるか? インターネットで調べてみた。インターネットはいろいろ調べることができて、便利だ。いい世の中になったものだ。
 しかし、この話の舞台では、まだインターネットは登場してない。マイコンもどうだかな。
 それはともかく、旨い木の実が取れるので、ロッドもみんなもこの森が気に入っている。
 少年は鼻歌を歌い始めた。
 歯で皮を剥がして、木の実をこりっと噛んだ時だった。
「ロッド!」
 ペンネの声だった。
「ペンネ……久しぶり!」
 ロッドは嬉しさに頬を紅潮させて、片手を上げた。友との再会は嬉しい。
「ロッド、どうしたんだよ。しばらく顔も見せないで」
「いや、悪かった、悪かったと思ってるよ」
 ロッドはベルヒ軍の人々も気に入っていたが、この頃はガンマ団の陣地にいることが多かった。
 ベルヒ軍の兵士達と、ガンマ団の精鋭達。
 敵対しているが、どちらも悪い奴らじゃない。
 ひとりひとり接していると、みんなとてもいい人なのに、何で集団だと戦争したがるんだろう。
 お互いにいいとこを認め合えば、戦争なんてなくなるのにな。
 だが、戦争で食っているロッドに、そんなこといえた義理ではなかった。それに、彼は戦争が嫌いというわけではない。
 ロッドもその年頃の少年達のように、戦争に憧れている部分もあった。
「ロッド……また俺達のところに遊びに来ないか?」
 ペンネの誘いに、
「また今度にするよ」
 と答えた。
 ガンマ団のところにすっかり世話になっているロッドは、あるうしろめたさも感じていたのだ。
「そんな……遠慮するなよ」
「遠慮なんかしてないって」
 ロッドは、ふと、この年長の少年が疎ましくなった。
「それとも、来れないわけでもあるの?」
「い、いや。そんなことはないけど」
「なら、暇があったら来いよ。待ってるから」
「うーん……」
 ロッドは、ガンマ団のことを言ったものかどうか迷った。
 ベルヒ軍にも大いに世話になっているけれども――。
 ペンネは、腰を屈めて、ロッドの肩を叩いた。
「みんな、歓迎すると思うよ」
「う……うん」
 今日のロッドは歯切れが悪い。ペンネは立ち上がって、上からじろじろと眺めた。
「なんか、ロッド、いつもの君と違うみたい」
「どんな風に?」
「なんか……ちょっとはっきりしないっていうか……」
「そりゃ、オレだってそんな時はあるよ」
「だったら俺、君の話を聞きた――」
 その時だった。パァン!と銃声が上がった。
 ペンネが撃たれた。
 続いて、二発、三発。
「ペンネ!」
 ロッドは脳の一部分が麻痺したように思った。叫んだのは反射的にである。
 ペンネはうつ伏せになった。しかし、自分の意志ではなく。
 即死だった。彼が倒れる寸前、弾丸の貫通した胸から血が滲み出ていたのを、ロッドは見たような気がした。背中からも出血している。
「ロッド!」
 現れたのはギュスターヴである。長距離でも撃てるライフルでペンネを殺したのだ。硝煙の匂いが、まだする。
「大丈夫か? ベルヒ軍のヤツに、なんかされなかったか?」
 ああ、そうか……ギュスターヴは俺を助けようとしてくれたのだ。
 戦争だもんな。でも、納得がいかない。
「……そいつ、俺の兄貴分だったんだ」
 ロッドはギュスターヴに背を向けた。泣いているところは、見られたくなかった。

ナポリを見て死ね 9
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