ナポリを見て死ね 「行くぞー、そら」 「おうっと」 ロッドが蹴り返す。 そういえば、ペンネともこうして遊んだなぁ。 少年はふっと物思いに耽った。 ペンネは今頃どうしてるだろう。 (あいつはベルヒ軍だから、もうしばらく会ってねぇなぁ) ベルヒ軍の奴らは元気かな。 ぼーっとなったロッドのところに、ボールが来た。 「ロッドー、さっさと蹴ろよー」 ジャスティンという年若い兵が言った。 ロッドはペンネのことを気にしながらも、ひとまずはボールのやり取りに専念することにした。 ベルヒ軍本部―― 「ようこそおいでくださいました。ピアス少佐」 「ふん。呼ばれたから来たまでだ」 ポート軍曹の金壺眼は憎悪でぎらぎら光っていた。 それにしてもいい女だ。 娼婦にも、こんな美人は滅多にいない。 身に付けた迫力さえなければ、一晩寝ることを所望したことだろう。 「ベルヒ軍は不利なようだな。今の時点では」 「はっ」 だからおまえが呼ばれたんだ――ポート軍曹は心密かに毒づいた。 「ガンマ団の弱点と呼べるものはないか?」 「はっ。それが調査もままなりませんで」 「役に立たんな。これだから田舎の軍隊は」 イタリア軍がそんなにお偉いか。 ポート軍曹にも言いたいことは山ほどあったが、とりあえずこの場は凌ごうと、我慢した。 「これからは私が指揮を執る。貴様は更迭された後のことでも考えておけ」 女だてらに……。 軍曹は少佐を憎んだが、どうしようもない。 せいぜい、今の地位に甘んじてるが良い。俺はアンタの昇進を邪魔してやるからな。 軍曹は思った。 ここでは、彼女を思い切り利用しようと考えた。 「俺、ちょっと森に行ってくるわ」 ボールの蹴り合いにも飽きたロッドがそう言った。 「気をつけろよ。森には何が潜んでるか、わかんねぇかんな」 「おう」 兵士達に見送られ、ロッドは森へと向かった。 ここの黒スグリは美味しいんだよな。紫蘇もたくさん生えてるし。あ、そうそう。ヘビイチゴはなってるかな。 ヘビイチゴは、俗に有害とされているが、それは誤りらしい。 広辞苑からの引用である。 あまり旨くはないが、赤くて可愛い実がなる。これでジャムを作る人もいるようだ。 何故知ってるか? インターネットで調べてみた。インターネットはいろいろ調べることができて、便利だ。いい世の中になったものだ。 しかし、この話の舞台では、まだインターネットは登場してない。マイコンもどうだかな。 それはともかく、旨い木の実が取れるので、ロッドもみんなもこの森が気に入っている。 少年は鼻歌を歌い始めた。 歯で皮を剥がして、木の実をこりっと噛んだ時だった。 「ロッド!」 ペンネの声だった。 「ペンネ……久しぶり!」 ロッドは嬉しさに頬を紅潮させて、片手を上げた。友との再会は嬉しい。 「ロッド、どうしたんだよ。しばらく顔も見せないで」 「いや、悪かった、悪かったと思ってるよ」 ロッドはベルヒ軍の人々も気に入っていたが、この頃はガンマ団の陣地にいることが多かった。 ベルヒ軍の兵士達と、ガンマ団の精鋭達。 敵対しているが、どちらも悪い奴らじゃない。 ひとりひとり接していると、みんなとてもいい人なのに、何で集団だと戦争したがるんだろう。 お互いにいいとこを認め合えば、戦争なんてなくなるのにな。 だが、戦争で食っているロッドに、そんなこといえた義理ではなかった。それに、彼は戦争が嫌いというわけではない。 ロッドもその年頃の少年達のように、戦争に憧れている部分もあった。 「ロッド……また俺達のところに遊びに来ないか?」 ペンネの誘いに、 「また今度にするよ」 と答えた。 ガンマ団のところにすっかり世話になっているロッドは、あるうしろめたさも感じていたのだ。 「そんな……遠慮するなよ」 「遠慮なんかしてないって」 ロッドは、ふと、この年長の少年が疎ましくなった。 「それとも、来れないわけでもあるの?」 「い、いや。そんなことはないけど」 「なら、暇があったら来いよ。待ってるから」 「うーん……」 ロッドは、ガンマ団のことを言ったものかどうか迷った。 ベルヒ軍にも大いに世話になっているけれども――。 ペンネは、腰を屈めて、ロッドの肩を叩いた。 「みんな、歓迎すると思うよ」 「う……うん」 今日のロッドは歯切れが悪い。ペンネは立ち上がって、上からじろじろと眺めた。 「なんか、ロッド、いつもの君と違うみたい」 「どんな風に?」 「なんか……ちょっとはっきりしないっていうか……」 「そりゃ、オレだってそんな時はあるよ」 「だったら俺、君の話を聞きた――」 その時だった。パァン!と銃声が上がった。 ペンネが撃たれた。 続いて、二発、三発。 「ペンネ!」 ロッドは脳の一部分が麻痺したように思った。叫んだのは反射的にである。 ペンネはうつ伏せになった。しかし、自分の意志ではなく。 即死だった。彼が倒れる寸前、弾丸の貫通した胸から血が滲み出ていたのを、ロッドは見たような気がした。背中からも出血している。 「ロッド!」 現れたのはギュスターヴである。長距離でも撃てるライフルでペンネを殺したのだ。硝煙の匂いが、まだする。 「大丈夫か? ベルヒ軍のヤツに、なんかされなかったか?」 ああ、そうか……ギュスターヴは俺を助けようとしてくれたのだ。 戦争だもんな。でも、納得がいかない。 「……そいつ、俺の兄貴分だったんだ」 ロッドはギュスターヴに背を向けた。泣いているところは、見られたくなかった。 ナポリを見て死ね 9 BACK/HOME |