ナポリを見て死ね
6
 その後――。
 皆が寝静まった頃、ハーレムはGを外に呼び出した。
「何か御用でしょうか」
「G。話がある」
 ハーレムは真顔で言った。
「話、とは」
「俺は、俺の組織を作りたい」
「組織を――」
 それは、マジックの意に反することを示している。Gはそう思った。
 もちろん、Gは、ハーレムのやることには、全て賛成したい。
 だが、マジック向こうに回して、果たしてハーレムが勝てるかどうか――Gは、自分の身ではなく、ハーレムの安否を気遣っていた。
「もちろん、兄貴の承諾は得るつもりだ」
 Gの心中を察してか、ハーレムはつけ加えた。
「このままで、充分ではありませんか? あなたは既に隊長でしょうに」
 Gは言った。
「兄貴の選んだ兵の長か。ふん」
 ハーレムは鼻を鳴らした。
「俺は、少数精鋭の組織を作りたいんだ。仕事は戦闘中心。名前も既に決めてある」
「何でしょう」
 Gの質問に、ハーレムの目がきらりと光る。
「ガンマ団特戦部隊」
「特戦……」
「おまえ、俺の右腕になってくれないか。それから、飛龍も手に入れたい」
「飛龍を」
「しかしまあ、あいつのことはこの際おいておく。――G。おまえ、俺について来るか?」
「――はい」
 当然のことを訊く、とGは思った。
 だが、改めて覚悟の程を試したのだろう。
 ハーレムが士官学校を中退して、ガンマ団に入ってから、Gは、影になりひなたになりついてきた。
 その時から、彼がGの主だった。
 だから、どこまでも従って行くつもりなのは、ハーレムも知っていたはずだ。
 ハーレムは、単なる上官ではなく、Gの命そのものだった。
「私は、あなたに忠誠を誓う所存です」
「そうか」
 ハーレムは晴れ晴れとした顔になった。
「そう言う台詞は、普通なら胡散臭く思う俺だが、おまえの言葉なら、素直に聞けるな」
「嬉しいです」
 Gの口元も、微かに緩んだ。

(ロッド……)
 ハーレムは横になった時、なにゆえか知らずが、あの少年を思い出した。
(面白いヤツだ)
 あの子が大人になった時、どんな立派な風使いになっているだろうと考えた。
 あいつも戦力になってくれれば。
 大きくなった時に。無理強いはしないが。
 今はとりあえず、Gの協力を得て、満足なハーレムだった。Gとは長い付き合いだ。答えは予想していたにしても。

 翌日、ガンマ団員は海に出かけた。
 歩哨に選ばれた兵士は、自分の不幸を嘆いた。彼らだって、海で遊びたいのだ。
 戦争中だと言うのに、随分余裕だが、ハーレムの率いる団員達は、やりたいことをやる、享楽的な主義なのだ。
 それは、隊長の性格の反映であることは、言うまでもない。
 しかも、ベルヒ軍は、ガンマ団を恐れている。
 ハーレム達にとって、こんな楽な相手はなかった。
 油断は禁物だが、好きなことができないなら、死んだ方がマシ。彼らは、伊達や酔狂で生きているのだった(あ、このフレーズ、前に聞いたことがあるな。気に入ってるから使わせてもらおう)。
「ロッド。あそこまで競争しないか?」
 ギュスターヴが提案した。
「いいね」
「せっかくだから、なんか賭けよう」
「何を?」
「ロッド。俺が勝ったら、一晩、おまえを好きにしていいか?」
「じゃあ、オレが勝ったら、一日アンタを召使いにするよ」
「了解」
 ギュスターヴはウィンクをした。

「飛龍」
 ハーレムは、崖の上から遊んでいる者達を眺めている男に呼びかけた。
「どうした。おまえは見張りではなかろう」
「隊長。私が水を苦手としていることは知っているでしょう」
 飛龍が笑った。
「ちょうどいい。言いたいことがある。貴様、俺の直属の部下にならんか?」
「今でも部下でしょう」
「それもそうだが。――俺が新しく作成する組織で、俺の力になってもらいたい」
 ハーレムは煙草を取り出した。
「火を」
 飛龍は、ポッと小さな炎を出し、ハーレムの煙草に火をつけた。
 ハーレムは旨そうに煙を吐いた。
「ハーレム隊長……その組織はいつできるんですか?」
「そうさなぁ――早ければ早いほどいい」
「そうですか」
 飛龍は何か考え事をしている風だった。
「どうした。飛龍」
「いえ――息子のことを考えていましたので」
「息子?」
「ええ。海龍のことです」
「ああ。そんなヤツがいると聞いたな。いくつぐらいだ」
「ロッド――そう。あの子と同じくらいです」
「そうか、まだまだ子供だな」
「いえ。すぐに大人になります」
 飛龍の目が真剣な光を帯びた。
「あなたの組織に入れるなら、海龍を。あの子もかなりの力の使い手です」
「ほう。で、おまえはどうする?」
「しばらく海龍の代わりをいたします」
「そうか――そのあと、おまえはあの山寺を継ぐんだな」
「おっしゃる通りです」
「わかった。おまえの好きにしろ」
「ありがとうございます」
 飛龍は、中国式の礼をした。
「いずれ、海龍にも会わせてくれ」
 ハーレムが頼む――と言うより、命令だったが、飛龍は嬉しそうな顔をした。笑みを浮かべながら言った。
「はい。あの子は気難しいですが、あなたのことは気に入るでしょう」

ナポリを見て死ね 7
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